第25話 一代男爵 ナカムラ卿

謁見後に簡単な叙爵式と説明があった。


これによりガリア王国の末端の一代限りではあるが貴族となり、正式にワグナー子爵家に仕える事になった。もちろんパウロのジョシュワ家がギリギリまで引き留めにかかったのは言うまでもない。


謁見から3日後、侯爵よりハイマン家の整理の為という名目で財務・内政や警備の各役人が5人帰り道に付いてくる事になった。子爵家になりハイマン家の領地をそのまま引き継ぐ事になったので、人数が足りなかくなることを見通しての派遣で、そのままワグナー家に組み込む手筈になっている。


そしてワグナー新子爵領内にジョシュワ商会が

支店を作る事になった。

ハジメに商売の匂いを感じ取ったのであろう、さすがのパウロである。


出立の日

10人と文官5人の15人でアウレリアを経ち一路アドリアーノープルを目指す。行きと違い目立ったアクシデントもなく11日で辿り着いた。


『やっと着きましたな。これからが忙しくなりそうですね、お館様。』

カークスが労いの言葉をかける


『まぁな…しかし子爵とはな。閣下も思い切った事をする。』

言葉ではハイマン家とワグナー家の立場が逆になっただけだが、コトはそんなに簡単では無い。

ハイマン家の家臣はあまりに面白くないだろうし、ワグナー家の家臣も急な事で戸惑いも有るだろう。なによりルーカス自身が1番戸惑っていた。

何しろ旧男爵領はアドリアノープルから西に半日くらい歩いた山あいの小さな町で人口は約500人。対する旧子爵領はアドリアノープルを囲むように町3つと村1つで人口2800人である。いきなり約6倍の数を統治していかないといけない。


そんなある日、ルーカスの執務室で作業中のケリーがルーカスに話しかける。


『ねえお父様。いっその事、一つの小さな町をハジメ殿に任せてみたら?もしかしたら面白い事になるかもよ。』


『そんな簡単に…いやまて、それは面白いかもしれんな。たしか200人ほどの村が一つあったな。名前がミルズか。ケリーよ、すまんがハジメを呼んできてきてくれないか?おそらく下の執務室か鍛錬場かどちらかにいると思う。』


『わかりました、探してきます。』ケリーがルーカスの執務室を出た。


数分後


コンコンと扉をノックする音が聞こえる

『ハジメです。お呼びでしょうか?』

『おお、入ってくれ。』

『失礼します。』ガチャと扉が開く。

『呼び立ててすまんな。まぁ座ってくれ、ケリーお茶をくれ。仕事はどうだ少し慣れてきたか?』


『ええ皆さん親切ですし、内容もそこまで難しくはないので。そしてシアさんがよく教えてくれますし。』


やはりシアの加入が大きかった。元々は宮廷子爵家の息子である。実務面はしっかり出来ているし、ハジメと同じで頭の回転が早い。


『それは何よりだ。ところで男爵になった事だし、一つの村を見てもらいたいのだ。村の名はミルズで人口は約200人だ。俺の代官としてだが、気負いせず思うようにやって欲しい。もちろん最終的な責任は俺が持つから安心してくれ。』


『かしこまりました、ご期待に添えるよう励みます。シアさんも連れて行って宜しいですか?』

『勿論だ。あと仲の良いレゴットとライブリーも連れていくと良い。2人は何かあった時にはこっちに戻ってきてもらうが基本的にはそちらで働いてもらおう。たまに連絡要員としてケリーも遊ばせにいかせるよ。まぁ馬で1日もあれば着く距離だからまず安心だろうけどな。』



『ありがとうございます。それでは早速赴任の用意をします。』


2日後、ハジメとシアレゴットとライブリーの4人でミルズ村に向かった。


突き出た半島にあるアドリアノープルの付け根の西にあるのがワグナー領のルウムで、そこから北に馬で約1日行った所にミルズ村がある。村の背中には標高1000m級のミルズ山があり、その豊富な水資源を使って麦の栽培が盛んだ。


ミルズ村に到着したが、村人の表情は皆暗くハジメ達を見る目は嫌悪と言うよりも恐怖の様だ。ハジメは近くにいた60代くらいの疲れた表情の男性に声を掛ける。

『すまないが、村の長を呼んで来てくれないか。赴任の挨拶がしたい。本日よりミルズ村の代官になったハジメ・ナカムラと言う。宜しく頼む。』


『ひぃ、代官様!もうこの村に増税されても収穫がありません。どうか何卒ご容赦ください。』

『うん?何か勘違いをしていないか?税の徴収に来たのではない。とにかく長を呼んできてくれないか?』


『はい?と、とにかくこちらでお待ちください。すぐに連れてきます!』


間も無くして、先ほどの男性が村長を連れてきてくれた。


村長とシアが話しをする。


『本日よりミルズ村の代官になったハジメ・ナカムラ男爵である。私は副官のシアと申す。村の主だった人を代官屋敷に集めて欲しい。因みに屋敷は何処か?』


『へい。私が長を務めております、ジョンでごぜぃます。代官様のお屋敷は村の奥にある丘の所です、ご案内します。』


たった200人しかいない村に不釣り合いな代官屋敷が丘の上にあった。中に入ると何かが置いてあったような台やら 空の棚が目立つ。


『村長よ、棚が沢山あるのに中身が空だが何が入っていたのだ?』

村長は下を向き口籠る。


『なるほど、言いにくい事を聞いてしまった様だな。すまなかった。そして村人の表情と態度で分かったよ。後で皆に伝えるつもりだが、まずは先に村長に言っておく。私は無理な税の徴収をしないし、おそらく皆んなの取り分が多くなる様にしたいと思っている。その為のアイデアもあるから安心して欲しい。』

(おそらく前任のハイマン子爵の代官が壺やら金目のものを飾っていたのだろう。解任された際に急いで持ち出していったな。それも横領した裏金で買った物と考えられるな。これは思ったより出だしが肝心だな。)


その後、シアとレゴットで税の帳票のチェックや村の財産の確認に入るが、やはりどうやっても計算が合わない。


『ハジメ様、コレは酷い。杜撰にも程がある。』シアがハジメに話しかける

例の件依頼シアはハジメの事を様をつけて呼ぶ様になっていた。


『うーん。かなり無理矢理な税の徴収だな。そりゃ村人もあの顔色になるよ、また新しい代官に毟り取られると思うさ。』レゴットも呆れている。


『うん、コレはまずい。まずは適正な税の額を示して村長と話し合って欲しい。そして次に我々が今までの代官と違う所をしっかり示して信頼してもらう事から始めないとな。』


シアとレゴットが頷く。


『戻ったぞ、村の柵もほとんどがボロボロになっている。家畜が野犬に襲われているらしいし、野菜も被害にあっている。村の予算が全然足りてない様だ。家も何軒か隙間風があったりして大変そうだったぞ。』


『ありがとう、ライブリーさん。そちらも早急に手配しないと行けないですね。まずはやまがわに面している柵の復旧と強化ですね。』


『あ、あのぉ。恐れ多いのですが、直すにしても村にはお金がほとんど無いんです。お察しの通り前の代官様がほとんどを自分の為に使っていて、今年も何人かの餓死者も出してしまいました。』涙ながらに村長は語る。


『それは本当にすまなかった。前任に代わり皆にお詫びしないといけないな。後で落ち着いたらと思ったが、まずやらないと行けない事は話しをする事だ。村長よ、村の広場にできるだけ皆を集めてくれないか。体調が優れない者は大丈夫だ。皆に直接話がしたい。』





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る