第21話 5年前の悪夢
これは今から5年前の話し。
侯爵領内の古くなっていた河川の橋の補修、新設に伴う工事の責任者がレルマン伯爵家で現場の指揮を取っていたのがクイル家であった。
レルマン家は元々質素を良しとする優れた家柄だったが先々代からの浪費が祟り財産も底をつき、まさに家計が火の車だった。
そんな折に新規で大きな橋を掛ける責任者になったので、どうにか工事費用の中抜きを出来ないかと思案していた。
そして現場指揮を配下のクイル家に任せて侯爵家から費用はしっかり取り、使う建材は安く粗悪な物を使わせていた。たまらずクイル家の当時の当主アジアの父が伯爵家に直談判をしに来てきた。
『伯爵様、せっかくの新しい新規工事でこの様な事をされていたら益々伯爵家の評判が悪くなります。どうかお考えを直して頂きたく思います。』
『先祖代々我々に仕えてきておきながら、口答えするとは、けしからん!そんな事は今の時代どこの家でもやっている事だ。なぜ庶民が使う橋を我々貴族が面倒見てやらねばならんのだ!あんな奴らが使うものなど最低のもので充分なのだ。』
『民あっての貴族なのです!なぜお分かりいただけぬか。初代レルマン公は民から信頼された名君であらせられたのに。』
『貴様、本格的に逆らうだけではなく寄子の分際で主に説教するとは!おい、誰かこの者を地下の牢にぶち込んでおけ!!貴様には追って沙汰を言い渡す。』
その5日後。工事費用の横領という無実の罪でアシアの父は口封じの為に斬首となり、クイル家は取り潰しになる。伯爵は自分の横領をなすりつけ侯爵へ告げ口をして咎めを回避した。
そしてアシアは貴族社会ではもう生きていけず、戦場で使われる傭兵になり、そのまま傭兵崩れの盗賊団に身をやつしていった。
盗賊団といえど犯罪者の集りでしかなくで基本的に頭の出来が良い者などいない。
そんな中でアシアは仲間を率いて徐々に頭角を表して4年も経つ頃には伯爵家に復讐する為に30人程度の自分の盗賊集団を作っていた。
そして時計の針は現在に戻る。
『テメェに何が分かる。田舎貴族が。』
この言葉に、アシアの全てが表れていた。
この世界の宮廷貴族とは自分の所領が無く給料によって職や立場を得ている貴族を指す。
そして自分達が仕事をしているのは侯爵の領都アウレリアの城の中。
現代で言うところの霞ヶ関の高級官僚の様なポジションだ。地方の役所の職員とはプライドが違うのだ。
『みすぼらしい田舎貴族で悪かったな。これでも民のために贅沢はしないでいるんだ贅沢三昧だった宮廷貴族なんかに馬鹿にされる筋合いは無い。そしてお前はそんな田舎貴族に蔑まれる盗賊にまで堕ちた男なんだ。』
『俺だって好きでこんな事をしてる訳じゃねぇ!!俺だってやり直せるチャンスさえあれば…。』
アシアは叫びながら間合いを一気に詰めてきた。ただそれは怒りに身を任せた単調な突進にしかならなかった。
『お前には同情はする。しかし罪は償わねばならぬ』
叩きつけられた斧をしっかり避け切って右肩に向かって炎の剣が振り切られる。
肩当てが炎の火傷と切創で焦げ付き恵まれた体格と防具のお陰で辛うじて腕の切断までは免れたがもう2度とその腕は上がる事は無いだろう。
『勝負は見えたと思うが、まだ抵抗するか?それとも大人しく捕まり罪を償うか?』
右肩を押さえうずくまるアシアの鼻先に炎を解いた剣先をつきつけルーカスが問う。
その時
『お待ち下さいませ!』
『ルーカス様、お待ち下さい。』
途中の監禁部屋に居たはずのハジメとレゴットが女性達を連れて入ってきた。
『あぁ、アシアさん。そんなお姿になって。聖騎士様どうにかアシアさんをお助け願います。』
ハジメはルーカスの元に行き、耳元で何やら言葉を交わす。ルーカスは頷き、剣を納めた。
そしてハジメはアシアの肩の治療をする。
事情が事情なので出血だけの治療にとどめ筋や腱といった部位はまだ回復させていない。
約10分後
残った盗賊を捕縛して並べアシアに両足首に縄をつける。
『レゴットよ話を聞こう。』ルーカスがレゴットに問いかける。
『はっ!ではまずこちらのおわすお方ですが、ジョシュワ家のご令嬢のカレン様でございます。』
『ジョシュワ家当主のランカーの次女カレン・ジョシュワでございます。お助け頂き本当にありがとうございました。』
ボロボロになった身なりだか片膝をついてルーカスの右手を添える所謂カーテシーを優雅にこなす。本来ならばジョシュワ家が子爵家なのでワグナー家より格上なのでこの挨拶はなくても良いのだが、助けて頂いた謝意とジョシュワ家の教育の良さが見てとれた一面だほう。
『ご挨拶ありがとうございます、ワグナー家当主のルーカス・ワグナーでございます。この度はお助けでき光栄に思いますが、同じく監禁されていた方で亡くなってしまって居た人もいるとお聞きしましたので、喜びの言葉は控えたいと存じます、無礼をお許しください。』
『いえ、私もナカムラ様に助けて頂けなかったら同じ運命にありました。改めてナカムラ様、ありがとうございましたこのご恩は必ずジョシュワ家としてお返しいたします。』
カレンはハジメにも頭を下げた。
『ではお互いの紹介も済みましたので、お話しさせていただきます。実はこの盗賊団は元々頭領はアシア殿ですが、実質的にはバンダルが行なっていたようです。アシア殿は貴族のみを誘拐して身代金だけを得ようとしていたのですが、バンダルは強盗や殺人・強姦など非道な行いが目立ち、近々制裁を加える所だったようです。そしてカレン様も身代金の為だけの誘拐のはずがバンダルや手下達によって…。』
『うむ。もう良い。カレン様にも辛い想いをさせてしまい申し訳ございません。』
『いえ。アシアさんは私には乱暴な事は一切しませんでした。言葉こそ粗暴でしたが、やはりその所作というのは隠せないものがあって。気にはなっていました。先ほどのお話を聞いて納得しました。』
『そうでしたか、ふーむ。カレン様、一つお尋ねします。』
ルーカスが静かにただ真剣な表情でカレンに問いかける。
『なんでごさいますか?』
『もし、仮に。仮にこの男が今後貴方の前に現れたも貴方はこの男の事を知らない人間として扱う事は出来ますか?』
『それは…。なるほど。そういう事ですか。私はアシアだった男は見たくありませんが、生まれ変わった人でしたらまたお会いしても良いと考えてます。』
『それでは失礼をして。カレン様念のため私の後までお下がり下さい。』カレンを後ろに退避させてルーカスは鞘から剣を引き抜き構える。そして。
アシアの鼻先を一閃する。
『今アシア・クイルはここに死んだ。これからはただのシアと名乗れ。家名はまだ許せぬが働きによってはいずれ新たな家を興すのも良いだろう。カレン様、この者はワグナー家でお預かりしても良いでしょうか?』
『えぇ。ルーカス様良きようにお願いします。』
『ありがとうございます、では、シアよ。そなたはこれより横にいるハジメ殿の警護と貴族の慣習を教えて欲しい。ハジメ殿も宜しく頼む。』
俯きながら肩を震わせアシアだった男は無言で頷いた、これでシアという男が誕生した。このシアがハジメの良き相談相手として永らく仕えていくのだが、それはまだ先のお話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます