第15話 ワグナー家内会議

証拠となる物を慌ただしく搬出し、一旦ワグナー家で保管することになった。

今夜は念のため警備の兵を増やしている。


食事も終えて、ルーカスとケリーとハジメは食後のお茶を飲みながら話している。


『ざっと数えても、数年分に当たる税収を隠していた事になるな。帳簿に照らし合わせると5年程前から麦の収穫量を絶妙に少なくしてる。』

書類をテーブルに置き、腕組みをしてルーカスが唸る。


『なるほどですね。川の決壊で周囲の村での穀物の収穫ができない事にして税を誤魔化し、更にその為に補修工事をしている様に見せてるんだ。だから何度も何度も顔を出していたと言う事か。』

幸いに言語問題は転移時に解決しているので、書類の不備はすぐに分かった。


現代ならば、天気予報でおおよそ川の氾濫なども分かるし何より川が決壊なんてしたらニュースにもなる。写真や動画があればこんな捏造は簡単にバレるが…。

遠く離れたいくつもの領地の一つが少し税が少なくても侯爵家としては痛くも痒くないって事か。

税は少なく計上して、その少ない税収入から架空発注で工事費用は子爵の懐にって事か、恐らくは口止め料に幾らか村長にも渡っているだろう。


『本当に理解が早いな。ハジメ殿は』

ケリーは本当に感心してるようだ。


『仕事上この手の書類は嫌と言う程見てるし。中抜きしたり架空発注したりとかどこの世界も悪い奴が考える事は一緒ってコトだよ。

今回のはちょっと杜撰な計上だけど、もしかしたら内部監査って概念が無いんじゃないかな?』


『なんだ?その内部監査とは?』

ルーカスが興味があるようで聞いてきた。


『えぇとですね。まずは税を納めます。当然納めた税と書類があっているかチェックしますよね?』

『それはするだろう?』ルーカスもケリーも声を出す。


『ですよね?書類と現物が合っていれば良いのですが、本当に合ってるか?と詳しく調べ直すのが簡単に言うと内部監査です。厳しい所では書類が合っていても前後何年かの書類と比較したり、現地に臨店したりして実際の現状をチェックされたりします。』


『ハジメ殿の世界では不正は出来んな。元よりそんなモノは好まんが。』フーっと溜め息をついてルーカスが言う。


『そこまで的確に話ができるなら、一つ頼まれて欲しい事があるんだが?』


『なんでしょうか?私にできる事であれば?』


『まぁ、難しい事はない。俺と一緒に侯爵の所に行って説明してくれるだけで良い。元々こうゆうのが苦手でな。事務方仕事は息子に任せていたのだが。』


『そうですね…。とりあえず今回だけと言う事でしたらお受けしますよ。私は身分に関して分からない事が多く無作法になるかも知れませんので明日1日で勉強させて貰えるとご迷惑がかからないと思います。』


(成り行きとはいえ、子爵の屋敷のガサ入れはともかく、今度は侯爵に弁明というかプレゼンというか…。結局どこに行っても会社にいる時とあまり変わらんな)


そして翌日にマナーの先生(ワグナー家の教育係兼メイド長)に短期集中講座を開いてもらい付き焼き場のマナースキルを手に入れた。


食事も終わり明日は出立なので早めにベッドに入ったがすぐには眠れず少し考えていた。


そもそもの子爵の暗殺・襲撃の犯人は別ルートで探してもらってはいるが分からないようだ。 

(あの時は事情が分からず盗賊が身体目当てでケリーさんも襲っていたと考えていたが、もしかしたら肩の傷だけでケリーさんは解放されたのかも知れないな。)

まぁ分からない事を考えても仕方ないか。

ハジメは一旦この件を忘れ眠る事にした。


翌朝、昨日から風が強かったが今日は雲の色も濃い灰色であいにくの天気になりそうだった。


アドリアノープルから侯爵の領都アウレリアまでは馬車で2週間の予定だ。


この世界には一キロ毎に目印の柱が街道に立っておりそこは屋根が付いたベンチになっている。移動する者に距離の目安と休憩をさせる為に設置されている。日本の一里塚のようなものだ。


試しに先日時間を測ってみたが、馬車にもよるだろうがおおよそ時速は10キロ未満だった。

ハジメは遅く感じたが、街道とはいえ走りやすい平らなアスファルトなんてないこの世界では仕方ない事だ。馬と人の休憩も考えるとざっくり走れる距離はせいぜい1日50キロがいい所か。

ルーカスさんに話を聞く限りだと馬車で2週間あれば余裕を持って着くと言っていたのでおよそ550〜600キロの行程だろう。


(新幹線さえあれば、600キロあっても東京〜東北の岩手県ぐらいか。約3時間で着くことを考えると改めて鉄道文明は素晴らしい事が分かるな。)

ハジメは今にも雨が降り出しそうな雲を見つめながら無い物ねだりに思いを馳せていた。  





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