24 本物の太陽に迎えられて
7:20、ハルは仮眠室のベッドで起床した。目覚まし時計と連動した照明が、ハルの身体を照らす。海底で過ごす最後の日だった。
手早く着替えを済ませて、メタ・エントランスに向かう。アキに挨拶をしながら外部モニターを見ると、最後の停車駅、エントラーダ駅に停車中だった。
エントラーダ駅はタートルトンネルが開通したことによってできた新駅である。ここから、アトムス以外の様々なシードームに向かってシーチューブが伸びている。
それゆえ、ここは週に上下4本停車するマシラウ号の発着時間帯以外は閑散としていたが、最近では、交通の結節点という特徴を活かして、ショッピングモールや市場、展示場が建設され多くの人が訪れる新都心として発展している。
「最初、ここに着いた時に驚いたわ。まさか海底にこんな都市があるなんて」
「そうだね。もっと陰気くさい所かなって思っていたけど、こんなに発展しているんだって」
「入口の街だからここまで整備したのかしら?第一印象って大切だし」
「確かに。それならマザーに訪れた人はどう思うんだろう?」
「そうねぇ、マザーって色々な街の技術や文化が集まった大都会ってイメージでくるけど、トンネル抜けたらまずは大自然が待ってるから、案外拍子抜けするんじゃないかしら?」
「ああ、ウインターとかはいきなり大雪だし、それはあるかも」
「でも、ちゃんと自然を大切にしているっていうのも、マザーの良いところよね。何もかもコンクリートで固めず、手付かずの大自然がある街、それがマザー・タートル」
「そうだね。そう考えたら帰るのも楽しみになってきたな。どこかへ行くのも好きだけど、それは安心して帰れる場所があるからなんだと思う」
「ふふっ、なんだか詩人みたいね」
「そう?」
「ま、気持ちはわかるわ。帰りの乗務でトンネルを抜けた時の安心感は半端ないって」
「でしょ。やっぱり僕たちの母なるふるさとはあの島なんだな」
7:50、アキとの会話をしながら朝食を食べ終わると、ハルは運転室に向かった。
「おはよう」
「おはよー」
ナツは上機嫌にハルを出迎えた。
「なんだか嬉しそうだね」
「やっと帰れるから!海底の景色も悪くないけど、私はやっぱりマザーの方が好きだな」
「ちょうどアキと同じ話をしていたよ」
ハルはナツにアキとした会話を説明した。
「わかる!トンネルを抜けた時の安心感!帰ってきたなって実感するんだよね」
「もうすぐそれを味わえるよ。じゃあ交代するね、おつかれさま」
8:00、海底超特急“マシラウ2号”はエントラーダ駅を発車した。今度入るトンネルはシーチューブではない。タートルトンネルだ。前方にその入口が見えてきた。今度はシードームを突き抜けるのではなく、地下に潜るような構造になっている。『ゴォォォ』という轟音と共にトンネルに入った。青っぽく透けていない。薄暗い灰色のコンクリートブロックの壁が見えた。今度こそ、普通のトンネルだった。
トンネル内の景色は何の変哲もない暗闇が続く。シーチューブならば海底の景色が透けて、深海生物や海底火山、その他にも峡谷やらいろいろな景色を見れたが、ここではただのコンクリートしか見えず、楽しめる要素はない。
ただ、それは一般的な感想であって、トンネルマニアからすれば、変化に富んでいるタートルトンネルが楽しみだというパターンもある。
ハルもそんなトンネルマニアの1人である。だからトンネルの変化をつぶさに観察することも好きだった。
大きく分けて、トンネルには丸い形のものと四角い形のものがある。基本的には丸いもの、つまり円形だったりアーチ状のものがほとんどだ。これらは周囲の地面の圧力を分散させる効果があり、大多数のトンネルがこれで作られている。
一方で、四角いトンネルもいくつか存在する。これは比較的浅い地面を掘ってそこにトンネルを埋め、上部を平面にしてそこを道路などにする開削トンネルか、海底にトンネルのスペースを作り、そこにトンネルを設置する沈埋トンネルなどの種類がある。
タートルトンネルは、基本的には丸いトンネルが大半だが、中には四角い区間や、あるいは大空洞のような場所を通過することもある。また、構造もコンクリート造のものがほとんどだが、中にはまるで手で掘ったかのような岩盤が剥き出しのものや、木の板などで作られているものもある。
タートルトンネル自体が、かなり不思議な存在であるため、どのような構造でも不思議ではないが、どれも景色が変わらないと思い込んでいると、時に度肝を抜かれることもある。
今日のタートルトンネルの通過時間は約2時間、9:55にトンネルを抜けサマーフィンに入る。そこから約25分走り、10:20に終点のタートル中央駅に到着する。
アトムスを前々日の12時に発車したから、所要46時間20分の長旅がもうすぐ終わるのだ。
思い返すと今回の乗務は色々な波乱があった。
シーチューブという不思議な空間を走り、途中の駅を厳戒態勢のなか走行したと思いきや、終着駅では大統領直々の大歓迎で迎えられた。
そしてマルタン大統領や、なによりマドレーヌと出会い、アトムスで過ごした日々の思い出。そして、帰りの道中で、あまり良好とは言えない政府間トップの会談。
タートル鉄道は様々な場所に行くから、普通では考えられないような経験も多くすることがあるけれど、今回は特に多かったような気がする。
そんな中でも、自分たちは愚直に列車を安全運行することが責務だとあらためて感じることができた。どんな時でも安全に安定して列車を走らせる、それができた時、鉄道員としての誇りを感じることができるのだ。
乗務の思い出を思い返していると、あっという間に時間が過ぎ去っていった。もう前方に明かりが見えた。まもなくタートルトンネルを抜け、マザー・タートルに帰り着く。そして、何日かの休暇を過ごしたのち、再び乗務に出る。
次の行き先は、どんな所だろうか。次回の乗務に希望を抱く。
トンネルを抜けた。サマーフィンの明るい太陽が、海底超特急“マシラウ2号”を強く抱きしめているようだった。まるでおかえりと言っているように。
異世界鉄道乗務日誌 やた @yatax25
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