18 偉大なる指導者の元に団結せよ!

 17:15、ハルが運転室に入った時、列車はゴルのシードームに入った。

「あれ?ハルじゃん。交代はまだまだだよ?」

「うん、でももうゴルだからね」

 ハルはメタ・エントランスでのアキとフユとの会話を伝えた。

「えー、心配になって来てくれたの?ありがとう」

「まあね」

 ハルははにかみながら応じた。


 ゴルの街並みは他のシードームとは異なっている。これまでは重厚なレンガ造りの建物を中心に、整然とした街並みだった。一方、ここはガラス張りだったりコンクリート造だったり、大小様々な形や色のビルが多く、雑多な印象を受ける。その分、他の街とは明らかに違う活気を感じることができる。

 この街の最大の特徴が「偉大なる指導者の元に団結せよ!」という赤地に白文字のスローガンが街中の至る所に貼られているということだ。元々地上に住んでいた頃からゴル政府は共産主義で、他のどのシードームとも異なる方針を貫いている。


 海底連邦が発足した時、生き残った全ての人類は国家や民族などに関係なく、全員で今のアトムスに移住した。その後、人口が増えてアトムスが手狭になるにつれ、多くの都市に分かれていった。その分離する時、やはり元々の民族に分かれる傾向が強く、ゴル政府もその中で成立した。

 今から約150年前、分離した直後のゴルは、アトムスと同様な資本主義的な民主政を敷いていた。

 しかし、99年前にある指導者が現れ、ゴル市民に向け演説をした。


 親愛なるゴルの民よ!我々は今、自由と平等を求めて立ち上がる時なのだ!

 こんな海底に押しやったのは誰だと思う!?全て自らの利益を優先した資本家たちのせいではないか!貧困、不平等、抑圧の連鎖から解放されるために、共に闘おうではないか!

 悪い資本主義で分断された私たちを束ねる力は団結しかない。我々は一つの巨大な家族であり、誰もが平等に尊重されるべきなのだ!

 我々の闘いは未来の世代のためでもあるのだ。彼らが貧困や不平等と闘うことなく、自由に生きることができるように、我々は立ち上がるのだ!

 共産主義は希望の道なのだ。私たちは共に助け合い、共に平等な社会を築くことができる。貧富の差がなくなり、誰もが尊重される社会を実現するのだ!

 我々は共に闘い、共に希望を追い求めるのだ。我々の未来は明るい。我々の未来は共産主義なのだ!


 この演説を行ったのは、ワン・フーリーという人物で、その後の総選挙で圧勝、ゴル政府は正式に共産主義の道を歩み始めた。

 初期のうちは、本当に理想とする共産主義は何かということを追い求め、市民全員が平等になるように政治が行われていた。それは、資本主義の地域の市民、特に労働者階級からすれば楽園のように見えたはずだ。重労働、低賃金から解放され、もっと自由に生きれるのだから。その噂が海底連邦全体に広まり、ゴルには移住希望者が多くなり、同時に他の政府はその対応に追われた。

 しかし、共産主義の弱いところは、何もかもトップダウンで決まるところで、そのトップが優秀であれば盤石の体制を敷けるが、それが変わってしまうと一気に崩壊するところだ。

 ワン・フーリーは優秀な指導者だった。市民たちも彼の理想とする社会の実現に向け尽力していた。しかし、彼が亡くなり後任の人物が就くと事情は大きく変わった。

 2代目に就いたライ・リュウは、ワンの方針を継ぎ、まだ良好な政治を行っていたが、彼は就任した時点で既に70歳を超え、あっという間に世代交代となった。

 そして、3代目指導者であるドウ・ムーチェンから時代は大きく変わった。


 ドウは、最初は前2代を引き継いだ政治を行なっていたが、徐々に権力を掌握し、自分の側近を腹心の者だけに固めると、一気に政治改革を行った。

 まずは、権力の完全集中だ。これまでゴルでは三権分立となっていたが、それを廃止し「全ての権力は政府に帰属する」とした。その理由については「三権は政府の根幹をなすもので、指導部に忠誠を持って尽くすことが基本なのであり、分立しては民主主義のように政府、市民に分断をもたらす」というものだった。

 さすがのゴル市民もこれに反対する者は多かったが、政府は力を使ってこれを弾圧、それ以来、政府の方針に従わない者には厳しい態度をとるようになった。

 海底連邦政府からも、ゴル政府に対して抗議の声を上げたが、各シードーム政府には高度な自治権が保証されているのであり、過剰な干渉は内政干渉になるとつき返した。

 同じ頃、ゴルの隣のムスクでも共産主義政府が誕生し、ゴル政府の方針を支持した。これにより、海底連邦内において、資本主義と共産主義の対立が始まってしまったのだ。

 それでも、最初のうちは、ゴルもムスクも無意味に事を荒げたくは無かったため、干渉に抗議するものの、それ以上に強硬な手段は取らなかった。アトムスをはじめとした資本主義陣営も、相手側がそういう立場なので強い態度にはでれなかった。


 しかし、30年前のある出来事が、対立を激化してしまった。ウミリウムの埋蔵量調査である。

 ゴルのムスク側にはダムチャ鉱山という海底連邦最大のウミリウム産出量を誇る鉱山がある。ゴルとムスクは協定を結び、共同で管理することにした。そして、他の都市に対して今までよりも高額でウミリウムを輸出することにしたのだ。

 当然ながら、他の都市は激怒しゴルとムスクに抗議したが「埋蔵量が枯渇する恐れがあるのならば、価値が高まるのは当然の事であり、需要と供給に応じて価格が変わるのは資本主義のやり方だろう」と聞く耳を持たなかった。

 その結果、資金力に乏しい小規模シードームの政府はゴルとムスクに対し親密的な態度を取るようになった。共産主義と資本主義、2つの陣営の対立はより強くなった。

 共産主義に親密的なシードームを足がかりに、地上時代に取れなかった覇権を取りにいよいよゴルが前に出る、という時にまた事件は起きた。タートル鉄道の開通である。


 マザー・タートルに集まる技術と知識を使えば、ウミリウムの枯渇問題は解決するかもしれない。それがダメでもマザー・タートルのメタ空間に移住すれば問題はないという選択肢が出て来たのだ。

 ゴルからすればこれほど不愉快な話はない。ようやくウミリウムをバックに覇権を取れるところだったのに、タートル鉄道の開通によって台無しになった。

 だが、あと一歩のところまで来たのだから、ゴルは諦められなかった。現在のゴルの指導者、チン・ルイは以下のような反論をした。

 まず、メタ空間への移住は母なる大地を捨てることに繋がるし、なおかつ、データの世界へと行くということは倫理的に問題があると主張した。これに関しては、アトムス側にも同様な意見も多く、賛同者もいた。

 そして、ウミリウムに代替するエネルギーに関しては、そもそも、ここにはウミリウムという素晴らしいエネルギーがあり、産業など全てそれを前提にしているのだから、新たなエネルギーを活用するのは難しい。ならばマザー・タートルの技術を活用して、もっと効果的にウミリウムを使えるようになれば、100年と言わず更に長期間使えるようになるのではないか、と主張をした。これに関しても、完全に反論はできず、事態は膠着している。


 これらの主張に対して、アトムス側陣営としてはウミリウム、つまりエネルギーを握っているゴル側に対し、それに対抗しうるエネルギーを見せることで覇権を取らせないようにする、ということが目標だが、彼らの言うとおり、メタ空間移住の倫理的問題、ウミリウムの有効活用に対して充分な反論ができていないのが現状である。

 一方のゴル側陣営は、確かにウミリウムを中心に据えた覇権奪取計画にタートル鉄道が水を差したのは事実だが、ウミリウム枯渇問題は依然として解決しておらず、マザー・タートルの技術を活用してウミリウム有効活用の方針を探りたいが、タートル鉄道を歓迎するとアトムス側にいいように捉えられてしまいそうな懸念がある。

 アトムスを中心とした資本主義陣営と、ゴルを中心とした共産主義陣営の政治的な争いは決着がつかないでいた。


 ハルは改めて、海底連邦の現状を知り、タートル鉄道の複雑な立場を考えていた。

「どうしたの?難しい顔をしてるよ?」

 ナツに言われて正気に戻った。

「いや、ゴルの人たちってどうして僕たちに厳しいのかなって」

「きっと恥ずかしがり屋なんだよ」

「えっ」

「言いたいことあっても言いづらくて、それで冷たくしちゃうことあるでしょ?きっと、ゴルの人たちも本当はここまで敵対心を持ちたくなかったんだろうけど、一度言っちゃったからもう戻れなくて、だから冷たくするしかないんじゃない」

 ナツの言葉にハルは呆気に取られた。内容が支離滅裂だからではない。逆に的を得ていたからだ。なるほど、確かに一理ある。意外と世界にあるあらゆる問題は、簡単に解決できるのに、当事者同士の変な強がりで事態が悪化しているだけなのかもしれない。

 ハルは改めて車窓に流れるゴルの景色を見た。ここも他の都市とは違う雰囲気があり見所も多そうだ。いつか、マザー・タートルからも気楽に行けるようになれば、と感じていた。

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