07 名も無きヒーローの美術館
5人は、昨日の晩餐会で大統領におすすめされた“名も無きヒーローの美術館”へと向かった。
美術館の開館は約180年前、地上にあった美術館の地下倉庫が見つかった時だ。人々は海底に住まいを追われる時、命からがら逃げ出した。当然のことながら、ほとんど持ち物はなく身一つで海底にやってきた。
海底にやってきて10年が経ち、生活が落ち着いてきたところで、失われた地上の記憶を保存しようという活動が始まった。大多数の都市や建物は海に沈んでしまったが、その中から少しでも先人たちの記憶を取り戻そうと考えた。人々はウミリウムの力で造り上げた特殊な潜水艦を使い、水没都市をくまなく探した。
すると、かつて“国立美術館”だった場所にたどり着いた。建物は10年の間に少しづつ腐食が進み、まもなく崩壊するという状況だった。その様子を見て、内部の美術品も失われただろうと考えられた。しかし、内部に入ると驚愕の事実が判明した。一つも無かったのだ。しかも、跡形もなく消えており、誰かが持ち出した形跡があった。
おそらくは水没する時のどさくさに紛れて盗み出されたのだろうと考えられたが、真相は違った。調査隊が撤収しようとしたとき、わずかに“地下へ”と書かれていることを発見したのだ。
地下へ行ってみると、かつては駐車場だった場所にコンテナがいくつも置いてあった。コンテナは厳重に目貼りされ、何が入っているのかは不明だが、何らかの荘厳な雰囲気が感じられた。
調査隊は長い時間をかけて、全てのコンテナ一つずつ丁寧に運び出した。コンテナを開けると中からは大量の美術品が出てきた。
街が沈みゆくなか、人々は自分の命を守るためだけに行動していたが、一部の人間は貴重な財産である美術品を守るために、最後まで活動したことがわかった。実際、コンテナの近くの壁に、もたれかかるような体制の白骨遺体が何体か発見され、このコンテナを残したヒーローたちだろうと推定された。
残念ながら遺体の損傷がひどく、人物を特定できなかったため、“名も無きヒーローの美術館”という名前になったのだ。
最初は国立美術館から見つけられた美術品だけを所蔵していたが、その後世界中の水没都市から見つかった美術品を展示するようになった。
水没する、つまり普通の保存方法では破壊されてしまう貴重な品々を、自分自身の命が脅かされているときに守ったとして、“名も無きヒーロー”たちは海底連邦の名誉市民として讃えられている。
「すごいよね。自分が死にそうな時に美術品を守ったんだから」
「海底連邦の市民であればこの話は子供の頃から聞かされています。一生に一度はここにある“メモリーズホール”を訪れるべきと言われています」
5人はメモリーズホールへと向かった。中央にはひときわ輝く数人の人間の像があった。像は、堂々としていて、その勇敢さと決意がにじみ出ているようだった。輝く眼差しは、まるで未来を見つめているかのようだった。
周りには、花や手紙が供えられており、人々の感謝の気持ちが伝わってきた。
小さな子供たちが手を取り合って、その像の前に立っていた。彼らは、このヒーローがもたらした平和と安らぎを知らずに育った世代だった。しかし、その存在が、彼らの未来にも光を与え、希望を与えてくれた。
記念碑の前で、人々は祈りを捧げ、故人を偲んだ。静寂の中、心からの感謝が、その像を包み込んでいた。
マドレーヌが何も言わずに祈りを捧げた。4人も黙ってそれに続いた。遠い異国の地、自分達には関係のない話ではあるが、偉大なる先人の功績を讃えずにはいられなかった。
メモリーズホールを出て、各々が好きなように美術館を巡る。静かな足音が響く中、ハルは扉を開けた。中に入ると、優雅な雰囲気が漂っていた。壁には、風景画や人物画が美しく飾られていた。
彼は一枚の絵に立ち止まり、じっと観察した。それは青々とした丘の上に建つ教会が描かれたものだった。遠くには青空が広がり、雲が白く浮かんでいた。私はその美しさに息をのむような感覚を覚えた。
次に目に留まったのは、女性の肖像画だった。彼女の目は瞳孔が黒く、緑色の縁取りがあった。唇は淡いピンク色で、彼女の顔は美しく整っていた。彼は、彼女の目に自分を映し込むように見つめた。
美術館の中を歩き回り、色々な絵を見て回った。風景画、人物画、静物画。それぞれが異なるストーリーを持っているように思えた。
美術館にいると、時間がゆっくりと流れるようだった。ハルは静かな中で絵画の世界に没頭し、美しい色や線、形を堪能した。絵画が持つ美しさは、言葉には表せないものがあった。
そしてこれらには、既に失われた地上での人々の営みがあった。これらの絵が描かれた時代も、決して満足できるような生活は送られていなかっただろうが、それでも自然があり本物の太陽の下で暮らすことができた。
シードームの内部も案外快適ではあるが、本物の自然には敵うまい。自分の住む世界の自然を大切にしようと感じた。
絵画は画家との対話を通じて、自分自身の内面さえ考えることができる、特別な存在なんだと感じられた。
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