08 サメアエルンの森のハイキング

“20XX年3月15日火曜日”


 アトムスでの滞在も最終日になった。明日になったら再びマザー・タートルに向けて帰りの乗務が始まる。4人はこの日、マドレーヌと共に“サメアエルンの森”へと出かけた。

 アトムスのシードームの外縁部は、ほとんどが自然豊かな森になっている。海底に移住したあと、再び愚かな道を歩まないために、人々が戒めの意味を込めて100年かけて育て上げた森だ。いまでは、アトムス市民憩いの場として、多くの人が訪れるようになっている。

 “サメアエルンの森”はそのうちの一部分で、小高い丘や湖がある比較的大規模な森だ。


 朝の静けさが森に広がる中、クロス・ドーラの4人とマドレーヌを含めた5人は、森へと向かった。マドレーヌはこの森を愛し、暇があったら幾度となく通い森を熟知していた。森の入り口へ向かう道中でも、彼女はその魅力を熱く語っていた。

「マドレーヌさんは森が大好きなんだね」

「ええ…、あっ、私ったら少し喋り過ぎてしまいました?」

「いや、とっても熱く語っていたから、よほど好きなんだなって」

「そうなんです。家族みんな森が好きで、幼い頃から通っているので、つい…。もしうるさかったら言ってくださいね」

 マドレーヌは恥ずかしそうに照れ笑いをした。4人はハハハと笑い、彼女を優しく包み込んだ。初めて会った時はもっと堅い印象だったのだが、今ではだいぶ親しみを持てるようになっていた。


 森の入口に到着し、5人は荷物を背負って歩き始めた。マドレーヌが先頭を歩き、4人は彼女に続いて進んだ。木々が彼らを優しく迎え、鳥たちのさえずりが耳に心地よく響いた。まだ薄暗い森の中、地面に降り注ぐ光が木々を透かしてキラキラと輝いていた。

 道は山道を上っていき、時折急な階段もあったが、マドレーヌは彼らに正しい歩き方を教えながら進んでいった。

 途中、小川を渡ったり、美しい滝を見たりしながら、5人は景色を楽しみながら進んでいった。時には、ハイキングに必要な装備を使い、木登りや岩登りなども楽しんだ。

 そして、森の中心にある小高い山頂に到着した。そこからの景色は、息をのむほど美しかった。緑豊かな森の中、小さな村や遠くの街並みが一望できた。5人は山頂で、お弁当を食べながら、自然を感じながら楽しい時間を過ごした。

 食後、マドレーヌは手元にあるバッグから、小さなポットとカップを取り出し、コーヒーの豆を挽き始めた。彼女は慣れた手つきで、お湯を沸かし、グラスに注いでいた。

「はい、皆さまコーヒーをどうぞ」と彼女は笑顔で言った。

 4人は、マドレーヌの手際のよさに感心しながら、コーヒーを受け取った。コーヒーの香りが、爽やかな山の空気と混じり合い、彼らの心を癒していた。

「マドレーヌさん、こんなに素敵なコーヒーをいれてくれてありがとう。景色とコーヒーを一緒に楽しめるなんて最高だよ」

 ハルがそういうとマドレーヌは嬉しそうに微笑んだ。

「私も皆さんと一緒に過ごせて、本当に楽しかったです。タートル鉄道の皆さまをお迎えする担当になり、何組もアテンドさせて頂きましたが、ハイキングに一緒に行けたのは皆さまが初めてです」

「そうなの?」

「はい。美術館やオペラなどは皆さん鑑賞されるのですが、その後はショッピングですとか、あるいはペンションでゆっくりしたいという方も多くて、もちろんそれが悪いという訳ではなく、好きな方法でアトムスを満喫して頂ければそれで結構なんです。ただ、クロス・ドーラの皆さんは、私と年齢が近く、もしかしたら行ってくださるかな?って思って今回お誘いしました」

「最高だよ!とっても楽しかった」

 ナツが元気よく返事をした。アキのように堂々としたリーダーの態度も大切だが、ナツの底知れない元気さも、4人にとって大切だった。

 5人はコーヒーを飲みながら、自然の中で過ごす特別な時間を楽しんだ。その瞬間、お互いをとても近く感じ、山の頂上でのコーヒータイムが、思い出として彼らの心に残ることは間違いなかった。


 山頂でしばらく休息したあと、5人は山を降り帰路に着いた。ペンションに帰ると、4人はマドレーヌをメタ空間に案内した。

「私、メタ空間、初めて入るんです!すごい、現実の世界とほとんど違いがないですね!まるで魔法みたい」

 彼女の反応は、4人からすれば驚きだった。幼少の頃からメタ空間が身近にあり、日常の一部になっているので、今さらのことではあるが、確かに初めて見るとしたら驚愕の技術だろう。

「喜んで貰えて良かった。お世話をしてくださったお礼に、今夜は私たちがおもてなししますね」


 メタ・エントランスに入るや、アキとナツが温泉に誘った。今日の温泉は庭園の中にある露天風呂だった。

「わあ!すごい!」

 マドレーヌが思わず感嘆の声を出した。それを見たアキとナツは、どうだ!とばかりに自慢げだった。

 3人は早速、荷物を置き、入浴を始めた。露天風呂のお湯は、温かくて心地よく、体中の疲れを癒してくれた。周りには、木々が茂り、鳥のさえずりが聞こえ、まるで自然の中にいるかのようだった。

「はぁぁ、ほんと、最高ですね!疲れが一気に取れていく感じ」

「そうでしょ!仕事終わりの楽しみなんだ」

「いつもは時間を区切って入っているんですか?」

「というと?」

「男女の区別がなかったので、どうしているのかなって」

「ああ、いつもは一緒だよ」

「えっ…」

 マドレーヌは困惑した表情を浮かべていた。

「ははは、まあ驚きますよね。これは大先輩のチームの方々の教えなんですが、長く旅を共にする中で、ちょっとしたすれ違いが大きくなり、やがて関係が破綻するチームも多いそうなんです。だからこそ、包み隠さず話せる場所が必要で、お風呂は丁度いい場所なんです。だから、乗務後はみんなでお風呂に浸かり、その日の振り返りをし、関係を保っているんですよ」

「そうですか…、恥ずかしいとか無かったんですか?」

「最初は恥ずかしかったけど、2〜3回入れば慣れるよ!逆に無駄に気を遣わないで済むから、凄いラクだし」

「…なるほど。確かに色々なチームの方々を見てきましたが、皆さんとても仲が良さそうですもんね」

「うふふ、まあたまには1人で入りたい時もあるし、こうやってお客さんが来たら別々で入るんだけど。たぶん2人は今頃シャワーでも浴びてるんじゃないかな」

「適度な距離感ということですね。なるほど、参考になりました」

 その後も3人は、湯に浸かりながら話をした。マドレーヌとは初対面だったが、湯の中で親睦が深まり、まるで昔からの友人になったようだった。温泉の蒸気が肌にまとわりつき、湯の中での会話が穏やかで、とてもリラックスした気分になっていた。


 やがて、夕日が沈む頃に露天風呂を出た3人は、まるで別人のようにリフレッシュされていた。肌がつるつるになり、気持ちもスッキリしていた。温泉は、まるで自分自身を癒してくれるようなものだった。

「また入りたいです!こんなに癒されたのは久しぶりでした!」

「喜んで貰えて良かったです」

「マドレーヌさんなら、いつでも歓迎だよ!」

 心地よい温泉は、気持ちをほぐし、新たな友情を育むのに丁度いい環境だった。

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