06 マルタン大統領との晩餐会

 あるところに、美しい王女がいました。彼女は豪華な宮殿で暮らしており、多くの人々から慕われていました。ある日、王女は宮殿の外で乞食の少年に出会います。その少年は貧しいながらも、心優しく誠実な人物でした。

 王女は乞食と話をするうちに、彼が持つ美しい歌声に魅了されます。少年は彼女に自分の人生の物語を語り始めます。彼は貧困と孤独に苦しんでいたが、音楽と歌を通じて生きる力を得ていたのです。

 王女は彼の話を聞いて深く感動し、少年に自分の宮殿で歌を披露する機会を与えました。彼の歌声は、宮殿の中でも最高の音楽家たちをも凌駕するものでした。

 しかし、宮殿内の人々は王女が乞食の少年に接することに猛反対し、彼を追い出そうと画策します。王女は彼らに立ち向かい、自分の信念を貫きました。少年との交流を続け、彼の歌を讃え、自分たちが持つ富と力をもって、彼に援助を与えることを決意します。

 王女の行動は、多くの人々の心を打ち、彼女はより多くの人々から愛されるようになりました。そして、少年も彼女の思いやりによって、自分自身を超えることができました。

 彼らの物語は、人々の心に深く刻まれ、後世まで語り継がれることになりました。


ミシェル・メゾン作“歌に宿る愛ー王女と乞食の少年の物語”



 感動的な映画や芝居などの物語を観たあと、人はその余韻に浸り、いつまでも作品の中から出られないことがある。

 5人もまた同様で、劇場から出てしばらく黙っていたあと、堰を切ったように話し始めた。

 このセリフが良かったという感想や、劇中で流れた曲について語らい、それがなんの曲なのかマドレーヌを質問攻めにした。

 マドレーヌは質問攻めに困るどころか、遠い異国の人間に自分の国の物語が受け入れられたことが嬉しく、嬉々として彼らに物語の詳細を教えた。車庫のペンションへと戻る間、車中ではその話に始終した。


 ペンションへ着くと、周囲には何台もの車が止まり、多くの関係者によって今夜の晩餐会の準備が行われていた。

 4人は再び機関車ドーラに行き、略礼装に着替えた。本当は昨日と同様の正礼装を着用しようとしたが、大統領から私服の方がいいと言われ、流石にそれではできないと略礼装に落ち着いたのだ。


 着替えが済んだ4人は、シャンデリアが輝くダイニングルームに通された。豪華なテーブルの上には、銀製のカトラリーが美しく並べられ、真新しいナプキンが一人ひとりの席に用意されていた。

 マルタン大統領は、公務の都合で少し遅れるようで、それまでの間リラックスしてて欲しいと伝言を受けた。そう言われても、既に荘厳な雰囲気の中に入れられたため、心からのリラックスとはならず、ただ椅子に腰をかけ、水を飲みながら待っていた。


 予定の時間から15分が過ぎた頃、大統領が到着したとの一報が入った。4人に緊張が走る。昨日会ったとはいえ、一国の大統領と直接話すことはなかなか無い経験だった。隣に座っていたマドレーヌは、その通信を聞くとサッと立ち上がった。いよいよ緊張感が増してきた。4人もマドレーヌに続いて立ち上がった。

 少し間があったあと「大統領、入室です」という号令が出た。その瞬間、周りにいたスタッフたちは一斉に姿勢を正した。4人もその雰囲気に連れて姿勢をただした。

 ドアマンが豪華な扉を開くと、大統領が一礼をしながら入室してきた。

「みなさま、大変お待たせいたしました。遅れたことのご無礼をお許しください」

 そう言うと、彼は深々と一礼をした。

 突然の謝罪、しかも一国の大統領からの謝罪に4人は困惑してしまったが、すぐにアキが冷静さを取り戻し反応した。

「とんでもございません、大統領。むしろ大変お忙しい中、私たちとの時間を作ってくださって誠にありがとうございます。とても楽しみにお待ちしておりました」

 アキがそう言い、深々と一礼をした。3人もそれに続いた。

「おお、なんというありがたきお言葉、大変感謝いたします。ささ、ではどうぞお掛けください。ディナーにしましょう」

 大統領がそう言い、全員が席についた。周りに立っていたスタッフたちも一斉に準備を始めた。先ほどまでの緊張感は、これから始まる豪華な晩餐への期待へと変わっていった。


 最初に運ばれてきたのは、フレッシュな海老とシャンパンを使ったソースが添えられた、美しい盛り付けのアミューズブーシュだった。一口食べると、口の中に広がる海老の甘みとシャンパンの香りが、舌先をくすぐった。

 次に運ばれてきたのは、オニオングラタンスープ。黄金色にキャラメル色に煮込まれた玉ねぎに、トーストしたバゲットが浮かび、上には、溶けたグリュイエールチーズがのっていた。スープは、温かいままの状態で、濃厚な玉ねぎの旨みが舌に残った。

 続いて運ばれてきたのは、真っ赤なキャベツのロールキャベツに、ラム肉とフォアグラを詰めたメインディッシュだった。口に含むと、柔らかくローストされたラム肉と、豪華なフォアグラの風味が広がった。

 そして、デザートには、シェフ自慢のクレームブリュレが登場した。表面がカリッと焦がされたシロップに、滑らかなカスタードクリームがたっぷり詰められていた。一口食べると、甘さとミルクのコクが溢れ、心地よい余韻が残った。

 このフルコースは、食材の鮮度や調理の技術、盛り付けの美しさにおいて、まさに芸術的な美しさを持っていた。4人は、その美食とともに、至福の時間を過ごしたのだった。


 食後のコーヒーを飲みつつ、マルタン大統領がおもむろに話し始めた。

「皆さん、昨日のパーティに出席して頂いたので、我が国の現状はおわかりでしょう。何も手を打たなければ、あと数十年で海底連邦は崩壊します。まだ数十年、と言う者もいますが、私にすればもう数十年という段階です」

 そう言うと彼は、昨日のパーティの時と同じような話を始めた。ただ、旧ゴル共和国に関する部分だけは語感が強めだった。

「私がいま一番懸念しているのは、タートル鉄道がゴルを通るという点です。残念ながらゴルの人たちは、マザー・タートルの皆さまのことを良く思ってはおりません。そこと繋ぐタートル鉄道も然りです。ゴルを通らないルートも検討いたしましたが、それだと様々な不都合が生じてしまいます。鉄道が通り、交流が深まればゴルの人たちもわかってくれるだろうと言う甘い希望も持っていましたが、それは脆くも崩れました。それどころか、あろうことか彼らはあなた方タートル鉄道に敵意を向けています。今の私の願いは、タートル鉄道が無事に走行し、両国を円滑に結ぶということだけです」

 大統領は一気に捲し立てた。昨日と今日の話で、先日のゴルで向けられた敵意の視線の理由がわかった。自分達の既得権益を脅かされるようならば、それは心中穏やかでは無いだろう。

 ハルは、国のリーダーとしての彼の評価は知らなかったが、少なくとも話す力、相手を自分の世界に引き込むような力があることは理解できた。そしてそれは、同じくリーダーであるアキにも備わっている素質のようだった。

「大統領、私たちのことをご心配してくださり、誠にありがとうございます。そのようにお気にかけて頂くこと、大変嬉しく思います。ただ、一つだけ申し上げるとすれば、私たちのことはご心配には及びません。私たちタートル鉄道は世界各地、さまざまな場所に線路が続いております。その中には危険な地域も当然に含まれます。ゴルの皆さまのご様子は、私たちからすればピリ辛な歓迎程度ですので、どうかご心配なさらず、大統領はご公務に専念し、海底連邦をより良い場所にしてください」

 アキの堂々とした返答は、身内のハルから見ても見事なものだった。

「…ピリ辛な歓迎…、ハハハ、それは見事な表現ですな。いやぁ、皆さまがより好きになりました。さあ、こんな陰気くさい話は終わりにして、楽しい宴を続けましょう!」

 大統領が高らかに笑い、少し殺伐としていた雰囲気が一気に明るくなった。

 その後は政治的な話はなく、4人のこれまでの乗務先やそこでの出来事や過ごし方、さらには趣味などの話しに続いた。後半になると、周りのスタッフたちも4人の話に興味をもち、大統領の鶴の一声で皆が参加しての大きな宴となった。

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