04 マルタン大統領主催パーティ
マルタン大統領主催のパーティーは、大統領官邸近くのシュペルユールホテルにて行われる。アトムス中央駅からも近い。4人は、マドレーヌの運転する送迎車で到着した。
華やかな会場には既に多くの人々が集まっていた。美しいドレスを身にまとった女性たちは、輝くジュエリーやエレガントなヘアスタイルで会場を飾り立て、会場に優雅な雰囲気を漂わせていた。
豪華なテーブルには、料理人たちが手がけた最高品質の料理が盛り付けられていて、一流のシェフたちが実演調理を行い、絶品のグルメを提供していた。
会場の端には、シックなドレスをまとった女性が音楽を奏でていた。ピアノの調べは、華麗なエレクトリックサウンドと共に、会場全体に響きわたっていた。多くの人々が、その音楽に心を奪われ、聞き惚れていた。
会場では、マザー・タートルからやって来た人々を、海底連邦の人々が歓迎していた。
マザー・タートルからのゲストたちは、最初はこの雰囲気を掴めずにいたが、海底連邦のホストたちの温かいもてなしを受け、徐々に打ち解けあっていった。
そして彼らはこの特別な夜を共有し、華やかな雰囲気と、素晴らしい音楽に包まれた中で、お互いに楽しい会話を交わしていた。
会場全体を包むヒートアップした雰囲気の中、突然、大統領が声をかけた。
「皆様、楽しんでおられますか?今日は、皆様に感謝の気持ちを込めてこのパーティーを開催しました。皆様には、この国のために尽力していただいている方々が多いでしょう。この機会に、皆様が何かしらの貢献をすることで、私たちの国をより素晴らしいものにしていくことを願っています」
マルタン大統領は自国民に対して、そう呼びかけた。いくつもの瞳が彼を見つめている。一方で、マザー・タートルからのゲストたちは未だピンと来ていない。その後に続く大統領の言葉に注目した。
「そして、敬愛するマザー・タートルからの素晴らしいゲストの皆さま、本日は海底連邦までよくお越しくださいました。誠にありがとうございます。さて、皆さまの中には疑問に思われている方も多くいると思います。なぜ、自分はこんなパーティに呼ばれたんだ?と。今からその疑問にお答えしましょう」
そう始めると、彼は海底連邦の現状について説明を始めた。
海底連邦は今から約200年前、人類の愚かな環境破壊によって地上から追われ、海底に生活することを余儀なくされ誕生した。ウミリウムという特別な鉱石の力によるものだった。
ウミリウムはシードームを維持するだけでなく、シードーム内の電力など生活に必要なエネルギーをも生み出している。微量のウミリウムから多くのエネルギーを生み出せるが、その埋蔵量には限りがあると見られていた。
最初の頃は、限りある資源を大切に、海底の環境でも育つ植物を育て、慎ましく暮らしていた。互いが協力し、二度と同じ過ちはしないと人々は誓っていた。
しかし、年月が経つうちにその思いは薄れ、再び間違った道を歩みはじめた。そのきっかけとなったのが、ウミリウムの埋蔵量調査だった。
今から30年前、海底連邦政府は、全世界の埋蔵量の調査をした。その結果、恐るべき問題が判明したのだ。
ウミリウムは微量から大量のエネルギーが生み出されるため、小さな鉱山でも長い時間持つだろうと考えられていた。しかし、人口の増加に伴いシードームに使用する量が年々増えていた。
シードームは海中と内部の酸素を入れ替える機能が備わっているが、人口の増加に伴い、その使用が大きく増えていた。結果として、ウミリウムも大量に使用することになってしまったのだ。
さらに、海底に眠るウミリウムは、そこまで大量にあるわけではなく、このままのペースで使い続ければ約100年で枯渇することが判明したのだ。
事態を重く見た海底連邦政府は、さまざまな手段を考えた。しかし、ウミリウム以外の代替エネルギーが見つからないまま年月が過ぎていった。やむなく、使用量の削減という手段をとったが、それでも抜本的な解決にならず、再び滅亡の道を歩んでいた。
そんな中、再び奇跡が起きた。タートル鉄道の開通だ。これにより、2つの選択肢ができたのだ。
1つ目は、マザー・タートルに集まる知識や技術を使い、ウミリウムに代わるエネルギー源を生み出す方法だ。永久ボイラーのような技術があれば、ウミリウムに代替するだろうと考えたのだ。
もう1つは、マザー・タートルに移住する選択だ。とはいえ、現在の海底連邦の人口はおよそ3億人。人口数百万人のマザー・タートルにそんな人数が住める場所はない。どこに移住するのかというと、メタ空間の中だった。
メタ空間内であれば、面積は無限大である。何百億人が住んでも、ゆとりある生活ができる。唯一の問題は倫理的なものだった。
メタ空間とは、ネットワークの中の世界である。身体はデータに変換され、入っている間は実体が無くなる。もちろん、外の世界に出る事は簡単だが、だからといって、通常の生活をコンピューターやらネットワークに管理されるのは気分の良いものではない。
マザー・タートル政府は、さらなる経済や技術の集積を考え、メタ空間への移住を各国に提案しているが、応じた国は今のところ無い。海底連邦が移住すれば、初の大型案件であるが、海底連邦政府は慎重だった。
とはいえ、海底連邦側にとっても悪い話ではない。あと数十年でウミリウムは尽きる。その間に代替エネルギーが獲得できればそれでいいが、もし不可能ならばメタ空間への移住を積極的に考えていかなければならないのだ。
結果として、海底連邦政府は、まずはウミリウムに代わる代替エネルギーを獲得する。それが不可能ならばメタ空間に移住する、ということを正式に決めた。
しかし、この決定に待ったをかけた者たちがいた。それは、ウミリウムの産出都市だった。
ウミリウムは人類の生存に欠かせない貴重な鉱石である。特に、埋蔵量調査が行われたあと、その価値は大きく上がった。結果として、産出都市に対して莫大な利益が入ったのだ。
一度でも甘い蜜を吸ってしまうと、人間は愚かな考えに陥る。ウミリウムの産出都市は、利益と覇権を独占しようと、諸都市に対して高圧的な態度を取るようになった。
それが著しいのがゴル政府だった。まだ地上に住んでいたころ、旧ゴル共和国は発展途上だった。いよいよこれからという時に、海底への移住を余儀なくされた。そして、今度は海底で偶然にもウミリウム鉱山の近くに都市があり、地上で成し得なかった覇権獲得が目前に迫っている。
そうした最中、ウミリウムの価値を落としかねない要素や、再び移住という話になると悲願が達成できなくなってしまう。この流れは彼らにとって好ましくなく、嫌悪すべき事態だった。
ちなみに、彼らの主張としては、いま見つかっているウミリウムの埋蔵量が少ないだけで、まだ広い海底をくまなく探せば、他にもたくさんあるだろうというものだった。
「残念ながら、いま我が海底連邦には問題がたくさんあります。それらを解決するのが、本日ここにお集まり頂いた連邦の方、そしてマザー・タートルからの素晴らしいゲストの皆さまなのです。我々は修羅の道を歩んでいます。誰も取り残さず、みんなが笑顔になれる方法を考えていきたい。もちろん、ゴルの皆さまも含めてです。私の拙い演説を、ご清聴どうもありがとう。一緒に素晴らしい未来へ向かおうではありませんか!」
マルタン大統領がそう締めくくると、会場からは割れんばかりの拍手がわき起こった。大多数が海底連邦住民のものだったが、マザー・タートルからのゲストにも、その熱い思いだけは伝わってきた。
演台から降りた大統領は、会場内を回りゲストたちと会話を始めた。そしてクロス・ドーラの4人の元にもやってきた。
「やあやあ、タートル鉄道の皆さまですね!本日はようこそお越しくださいました!」
上機嫌に彼らに話しかけた。
「皆さまにはいつもお世話になっております!なにしろマザー・タートルと我が連邦を結ぶのは皆さまなんですからね」
「いえいえ閣下。それが私たちの仕事ですから」
アキが応えた。
「申し遅れました。私はアキ・ハート、本日マシラウ3号を担当した機関車クロス・ドーラのマネージャーをしております。本日はこのような素敵なパーティにお招きいただき、誠にありがとうございます」
アキが丁寧に挨拶をし、それに続き、3人も挨拶をした。
「おお、これは丁寧にどうもありがとうございます。長旅でお疲れのところようこそおいでくださいました」
マルタン大統領はパーティに来たこと、そしてタートル鉄道に対する礼を繰り返し述べた。4人にとってそれは不思議な感覚だった。
自分達が乗務するのは仕事なのであって、別に特別なことなどしていない。最初にここに線路を引いた担当者は褒め称えても構わないだろうが、今となっては定常の仕事をこなしているだけなのだから、そこまで特別扱いされなくてもいいのだ。
とはいえ、讃えられて嫌な気持ちにはならなかった。自分達の仕事が誰かの役に立っている、それを知れただけで、このパーティに来る理由は充分だった。
「それでは、申し訳ないが他にも話す人がいて、私はこれで失礼しますね。もし皆さんがよろしければ、明日の夕食をご一緒したいのだか、いかがですか?」
「私たちでよろしければ、喜んでご一緒願います」
アキが応えた。
「ありがとうございます。ではまた明日。今夜はゆっくりパーティをお楽しみください。マドレーヌ、あとは任せた」
そう言い残し、大統領は他のゲストの元へと向かった。
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