03 コーヒーブレイク

 タートル鉄道専用車庫の上部は、豪華なペンションになっていた。

「さあ、どうぞこちらへ」

 マドレーヌに案内されるまま一階のラウンジに足を踏み入れると、3人は贅沢な空間に舌を巻いた。シックな雰囲気が漂う部屋には、広々としたソファがゆったりと配置されており、質の高い生地で作られたクッションにふんわりと身を委ねると、長旅の疲れがとれるのを感じた。天井は高く、優美なシャンデリアが部屋を包み込むような美しさを放っている。シャンデリアの下には、大理石のテーブルが整然と並び、その上にはフルーツやケーキが用意されていた。壁には、美しい風景画や、見事な彫刻作品が飾られ、芸術的な雰囲気があった。

「うわ、ふかふか〜」

 ナツがソファの座り心地を確かめた。

「お飲み物は何にしましょうか?コーヒー、紅茶、あとはお酒も用意してございます」

「お酒!と言いたいところだけど、まだ早いかな」

「そうね。フユも下にいることだし、コーヒーにしようかしら」

「私も!」

 3人ともコーヒーを頼んだ。マドレーヌはすぐにキッチンへと向かい、ワゴンにサイフォン式コーヒーのセットを載せて戻ってきた。

「私、コーヒーマイスターを目指してまして、宜しければお付き合いください」

 マドレーヌは、サイフォン式コーヒーを淹れる準備を始めた。まず、丁寧にコーヒー豆を取り出し、手元のコーヒーグラインダーで粉状に挽いた。次に、サイフォンコーヒーポットを取り出して、下部の器に水を注ぎ量を測った。彼女は、水の温度が適切であることを確認し、そっとバーナーを点火した。

 お湯が沸騰し始めたら、コーヒーフィルターをセットして、正確な量のコーヒー豆を注ぎ込んでいく。慎重にコーヒー豆を湯に浸し、時間をかけて抽出する。湯の蒸気が上空に漂っていく中、豆から出る豊かな香りに包まれながら、4人は静寂の中で待ち続けた。

 やがて、熟成されたコーヒーの香りが部屋中に広がった。彼女はポット上部に残る透明な加熱された水を注ぎ、しばらくしたらコーヒーは上部に集められた。

 完璧に淹れ上げられたコーヒーを3人のコーヒーカップに丁寧に注ぎ、テーブルの上に置いた。

 ここまで、黙って様子を見ていた3人は、ゴクリと唾を飲み込んだ。そしてテーブルに置かれたカップを手に取り、静かに飲みはじめた。

「…美味しい…」

 アキがつぶやいた。自分もコーヒーを淹れることは好きだが、あらためて誰かが丁寧に淹れたコーヒーを飲むのは新鮮で、その淹れる雰囲気を含めて最高のひとときだった。

 ハルとナツの2人は何も言わず、一心不乱に飲み干した。

「はぁ、美味しい…。疲れた身体に沁みる」

「こんなに美味しいコーヒーは初めて…!」

 ナツは正直に感想を言った。

「あっ、もちろんアキの淹れてくれるコーヒーも好きよ」

 黙ってカップを見つめているアキを見て、ナツはすぐにそう言った。ハルは2人の様子を見てハラハラしていた。

「お世辞言わなくていいのよ。これは本当に美味しい。私の完敗だわ」

 アキはそう言うと、残りを一気に飲み干した。

「お味は良かったですか?」

「ええ、とっても。ねえラパラさん、あとで淹れ方教えてくださらない?私もサイフォン式コーヒーに挑戦したくなっちゃいました」

「もちろん、いいですよ。あと、私のことは気軽にマドレーヌとお呼びください」

「ありがとう、マドレーヌさん。私のこともアキと呼んでくださいね」

「私はナツ!」

「僕はハルです。マドレーヌさん、よろしく」

「ええ、皆さん、よろしくお願いいたします」

 一杯のコーヒーは、彼らの氷解に十分すぎる役割を果たした。


 ちょうどその時、フユも上がって来た。

「いやぁ、最初はあまり信頼してなかったけど、超丁寧にやってくれたぞ。おかげさまでドーラもピカピカだ」

 清掃スタッフたちの頑張りに上機嫌だった。

「そう言って頂けて、光栄ですわ」

 マドレーヌはそう言ったあと、意を決したように続けた。

「実は皆さんにもう一つお願いがありまして…」

「お願い?」

「はい。お疲れのところ大変申し訳ないのですが、今夜19時から行われるパーティにご出席いただけないかと」

「パーティ?それはどんな?」

「今日の“マシラウ3号”でマザー・タートルからいらっしゃった皆さまを歓迎するパーティです。乗務員の皆さまの他にお客さまも対象です」

「お客さまも?」

「はい。タートル中央駅からアトムス中央駅までのチケットをお持ちの方に、同時に招待状をお渡ししています」

「そういえば、巡回の時に何か見てる人いたような」

 ハルが昨日の車内での事を思い出した。

「でもなぜ何です?先程の到着時の歓迎といい、どうしてマザー・タートルをここまで優遇するのですか?」

「それは、パーティにご出席頂ければご理解頂けると思います。私のボスが直接お話しする時間を設けたいという希望から、パーティを毎回ご到着の日に開催しています」

「ボス?」

「海底連邦大統領マルタンです」

 大統領、つまりはこの広大な海底連邦のトップだ。

「それはどうしても行かなきゃいけないのですか?私たちは、あくまでもタートル鉄道の乗務員としてその使命を果たしているだけです。大統領が主催されるパーティという事ですから、おそらくは政治的なものかと思います。そのようなパーティに私たちが出席するのは考えものです」

 アキが慎重に言葉を選んで尋ねた。

「おっしゃる事はごもっともです。ただ、我が連邦の現状を知って頂きたいとの思いで開催するもので、何かを強制するというものではありません。ですが、まあ、怪しいですよね」

 マドレーヌは事務的に言いながらも、最後は苦笑していた。

「なるほど。まあ、私たちとしても、別に断る大した理由もなく、せっかくのご招待ですのでお受けいたします」

「ありがとうございます。では時間になりましたらお迎えに上がりますので、それまでごゆっくりお過ごしください」

 マドレーヌはホッとしたかのように言い、部屋を出ていった。

「アキ、いいのか、それで」

 フユがアキに尋ねた。

「確かにちょっと怪しさはあるけど、なんと言うかな、マドレーヌさんが必死な感じで訴えてくるから」

「あ、私も感じた」

「そうか?俺はそんなこと思わなかったが」

「もう、これだから男は女の微妙な気持ちの変化に気づけないんだから」

 女2人にそう言われてしまい、フユは返す言葉が出てこなかった。

「とにかく、パーティに出るって決まったなら準備しましょうか。一回ドーラに戻って着替えて集合ね」

 アキがそう言い、4人は機関車ドーラに戻った。

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