17 さよなら“リサ・バード急行”

 列車が終着駅に着くとドアが開き乗客がドヤドヤと降りて行く。誰もが多少の疲れは見せながらも、ある者は新たな地に希望を求め、またある者は遠い彼方の地から帰ってきて安心している。同じ列車から降りた人間であるが、色々な人がいる。こういう光景を見るのがハルは好きだった。そして、自分がその人たちの生活の糧になっていると考えるとき、この仕事のやりがいを一番感じるのだ。

 終着駅で降りたからと言って、旅が終わるわけではない。この駅が目的地の人はゼロに等しく、市電や地下鉄、タクシーなどでそれぞれの目的地に向かう。また、これから別の列車に乗り換え、国内各地、あるいは外国までまだまだ長旅が続く乗客もいる。

 貨物も同様で、いくつかはルクスシエル・ノース駅取り下ろしの貨物だが、これから別の列車やトラック、船などに積み替えられて、さらに遠くへ行くものも多い。


 乗務員も、ここで旅は終わらない。確かに終着駅にたどり着いたが、この列車は折り返し運転ではないので、乗客と貨物を全て降ろしたら、車庫へと入れる必要がある。

『7129列車チーフクロイドから、7129列車オペレーターさん』

 チーフクロイドから無線で連絡が入った。

『はい、こちら7129列車オペレーターですどうぞ』

 ナツが応答する。

『では、7129列車、お客さま、貨物共に全て降車完了しました』

『はい、7129列車、お客さま、貨物共に全て降車完了承知しました』

『復唱オーライです』

 このやり取りで、乗客と貨物の降車を確認し、モニターを見ながらドアを閉める。これで車庫まで入れる入換運転の準備は整う。あとは信号に従い車庫まで運転するのだ。


 一連のやり取りの間に、ハルは転送ドアで最後尾車両まで向かった。頭端式ホームの駅に入ったということは、前には進めず後ろに下がるしかない。その時に、確かに後方カメラで様子はわかるのだが、念のため最前部、つまりはここまでの最後部に人を乗せるのだ。

「こちら11号車、入換準備完了」

『こちら機関車、入換準備完了承知。信号が開くまでもうちょい待ってね』

「OK」

 車内電話を活用してナツと連絡を取る。乗客と貨物の降車が完了しても、他にも列車があるので、すぐに信号が開くとは限らない。

 時間も一応は決まっているのだが、早めに作業が終われば早く行けることもあるし、逆に遅れていると、タイミング次第では延々と待つこともある。今日は比較的早く終わったので、ナツが駅の信号所に早めの開通を要請したのだ。

 前方を見ると信号機が青になり、“C”が表示された。これで進めることになる。これらも基本的には車内信号に表示されるので、直接見る必要は無い。

『こちら機関車、入換進行、進路C線、前方に支障は?』

「こちら11号車、入換進行、進路C線、前方に支障なし」

『了解』

 11:50、ナツからの連絡を受け『ファン』と警笛を鳴らす。車掌室にも警笛を鳴らす程度の機能はあるのだ。そして遥か後方から『ボッ』と短い汽笛の音がしたと思ったら、ブレーキのエアが抜ける音がし、ガクンと動きだした。


 ルクスシエル・ノース駅に隣接する“ルクスシエル車両基地”は駅の北東側、つまり駅を出ると右側にある。しかし、最初の分岐でそこには向かわず、前方、今まで走ってきた本線の横の線路を進んでいく。

 これはデルタ線と呼ばれるもので、進行方向を変えるために存在している。一度本線側へと引き上げて、折り返して前の機関車から車両基地へと入る。こうすることで、次に出区するときは再び1号車が先頭になるのだ。

 進路C線が今日の引き上げ線で、ここで一度止まる。

「入換進行、進路5番」

 ナツが喚呼して今度は前に進む。今度こそ車両基地へと入る。5番線は“リサ・バード急行”が使用する定位置だ。

 出区と同様にここでは手動で運転する。速度が遅いとはいえ、緊張する場面だ。普段は賑やかなナツだが、今は神妙な面持ちでハンドルを握っている。

 車両基地内の複雑なポイントを超えて進む。電化柱に“5”と書いてある線路に入る。停止位置は300m先、メインモニターの残距離表示がどんどんと減って行く。時速20キロ、あっという間に進んでいく。

 残り50m、ブレーキをかけ始める。カチッというハンドルの軽い感触と対照的に、ズズッという重たい列車のブレーキを感じる。

 残り20m、カチカチッとブレーキを調整していく。許されている誤差はせいぜい±50センチ、手前でも行きすぎてもダメである。

 残り5m、衝動のないブレーキは、深呼吸するように掛けるものだと誰かが言っていた気がする。

 4、3、2、1…、ゼロ。12:05、“リサ・バード急行”はルクスシエル車両基地5番線に到着した。


 停車後、ナツは素早くブレーキを非常位置にし、レバーサーを“切”位置にした。一方のハルは車庫まで到着したので、最後尾から機関車に戻ってきた。そのまま、機関車と1号車の連結部まで行った。あとは客車との連結を切り離して機関庫まで行けば業務終了だ。

「おつかれさまです」

 連結部には既にチーフクロイドが待機していて、準備をしていた。

「では作業に入ります。移動禁止の手配をお願いします」

 切り離しの際も、連結時と同様に移動禁止の手配が必要だ。

「こちら1号車から機関車へ、移動禁止」

『移動禁止承知』

「復唱オーライ。では移動禁止完了です」

「了解しました」

 そう言うと、チーフクロイドは連結部の下へと潜り込み、永久ボイラーからのエネルギー供給ケーブルとブレーキ用の圧力空気のケーブルを手早く外した。そして、するりと出てきた。

「作業完了しました。移動禁止解除です」

「了解。こちら1号車からハルへ、移動禁止解除」

『移動禁止解除承知』

「復唱オーライ。移動禁止解除しました。では、今度はこちらから、移動禁止をお願いします」

 今度はハルから移動禁止を依頼する。タートル中央駅では客車が自走して機関車に連結できるが、ここでは機関車が動かなくてはならない。

「了解しました。こちらは移動禁止手配済みです」

「了解しました。では作業を開始します」

 そう言うと、今度はハルが連結器に近づき、解放テコを操作した。

「こちら1号車、テコ操作完了、チョイ前へ」

『こちら機関車、テコ操作完了、チョイ前』

 無線機を使い、ナツに連絡する。すると『ボッ』という短い汽笛のあと、シューっという音がして機関車が少し前進した。『ガチャコン』と鈍い音がし切り離しが完了した。

「こちら1号車、止まれ止まれ」

『こちら機関車、停止了解』

 ギーっとブレーキがかかり、機関車が止まる。これで解放完了だ。

「それでは解放完了です。移動禁止を解除します」

「はい、解放完了、移動禁止解除承知しました。今日もおつかれさまでした」

「おつかれさまでした」

 ハルとチーフクロイドががっちり握手を交わして別れる。これで名実共に機関車ドーラは“リサ・バード急行”から解放された。

 ハルが機関車に戻る。3人が待っていた。

「おつかれさま」

「おつかれ」

 あとは機関車ドーラを機関庫に入れれば業務終了だ。機関区はこの先にある。

「入換進行、進路A」

 ナツが喚呼し、再び機関車ドーラを進める。“進路A”とは転車台Aのことで、ルクスシエル車両基地には機関庫がA〜Cの3棟あり、今日はA-2番が充てられていた。

 ポイントをいくつか超えて、転車台Aにたどり着いた。

 通常の入換速度は時速20〜30キロ程度だが、転車台上は時速5キロ程度に制限されている。そうっと機関車を操り転車台の上に載せる。

 ここでは、転車台係がいて、機関車ドーラが転車台に載ったのを確認した上で、回転を始めた。次に出る時のために一回転させて、後部が2番線を向く。

 ブーっとブザーが鳴り青のランプが点灯する。これで移動可能になった。バック走行で車庫に入れる。ナツは画面を見ながら、ハルはドアから身を乗り出して直接後ろを見る。

 ギーっと鈍い音がして停まる。今度こそ、本当の到着だった。

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