16 次は終点

 11:05、最後の停車駅ノグエールを定時に発車した。あと30分で終点のルクスシエルに到着する。巡回を終えたハルは、メタ・エントランスで一息入れたあと運転室にやってきた。始発と終着は2人とも運転室にいるのが慣わしになっている。

「次は〜、終点〜、ルクスシエル〜、ルクスシエル〜」

 運転室にやってきたハルに対してナツが車掌の真似をして言った。

「ご機嫌だね」

「当たり前よ、もう終わるんだから」

「明日の予定は決まった?」

 ハルがそう尋ねた。タートル鉄道の乗務員は、一般的に現地で1〜3日程度の折り返し間合い、つまりは休憩時間を与えられる。到着した日と出発する日はカウントされないため、早朝に到着し深夜に出発する場合、更に長い時間が与えられる。

 “リサ・バード急行”の場合は2日の折り返し間合いと、到着後、出発前の時間がある。最も到着後はともかく、出発前は準備などがあるため、ほとんど無いに等しいのが現実ではある。

 クロス・ドーラの4人は、2日の休憩がある場合、1日は4人で、もう1日は個人で過ごすことが多い。

「とりあえずは市場ね。朝止まったネームズポロウの陶器がやっぱり良いみたいなんだけど、そこまで行くのも大変だし、首都のルクスシエルなら取扱いもありだし…。ハルはどうするの?」

「さっきの“リサ・バード記念館”に行ってみようかなって思ってるよ」

「さすが歴史好きね」

「ナツも、とりあえず市場っていつもと同じじゃん」

 2人で笑い合った。

「そういえば、明後日はどうするって?」

 ナツが尋ねた。折り返しはいつも大体2日程度ある。片方を個人で、もう片方を4人で過ごすことが多い。

「ああ、アキに聞いたんだけど、フユがスキーに行きたいんだって。車で1〜2時間のところにいい感じの山があるって」

「うげっ、スキー。私できない…。そっか、だからアキがあまり話したがらなかったのね」

「ちゃんとお子様コースもあるって」

「お子様ってバカにしているのかしら」

「まあまあ。僕もあまりできないし、そこらで雪遊びでもしていようよ」

「ハルも私のこと子ども扱いして」

「雪遊びって言ったって、スノーモービルとかで走るのもあるらしいよ」

「それは楽しそう。まあ付き合ってあげますか」

 2人はそれからしばらく雑談をした。ハルは口下手で話すことは苦手だが、ナツやアキ、フユとは途切れず会話できる。それもこの仕事の心地いい点の一つだった。


 11:25、終点ルクスシエルまで残り10分になった。アキとフユも運転室にやってきた。

「あっ、フユ、なんでスキーなの?」

「なんでって、そりゃ行きたいからだよ」

「私できないの知ってて」

「雪遊びもできるって」

「フユのアホ!お子様扱いして」

 ナツがベーっと悪態ついた。

「こらっ、ナツ!また子どもみたいなことして」

「なによー、アキもスキーが上手いからってフユの味方して」

「別にいいじゃない。この間パシフィックビーチに行ったんだし。今回はフユのリクエストを叶えましょ」

「ふんっ、いいもん、ハルと一緒にスノーモービルで遊ぶんだから。ねぇハル?」

「えっ、ああ、うん」

「そんなもんあるのか?」

「そうらしいよ。さっき調べたら出てきた」

「そっか、そっちの方が楽しそうだから俺もそっちにしようかな」

「あらいいわね。なら私も…」

「もう、なんなの?スキーしたいんじゃないの?」

「スキーもしたいけど、スノーモービルなんてあまり乗れないからな」

「まったく…」

 ナツが呆れ顔になったところで『ピンポーンピンポーン』とチャイムが鳴った。いよいよ、ルクスシエル駅到着のチャイムだった。

「駅接近、ルクスシエル・ノース停車、進路1番」

 ナツが信号と時刻表を確認しつつ、“停車”のボタンを押す。こうして、ルクスシエル駅到着の準備が整った。


『ホォォォ…』

 汽笛を鳴らす。スーッとスピードが落ちていく。時速120キロ程度出ていたスピードも、今では時速30キロくらいだ。

 ルクスシエル駅は2つある。1つはこれから停まるノース駅で、もう1つはセントラル駅だ。エリテン王国は南北に細長い島国で、首都のルクスシエルはその南東端にある。だから長距離列車はおのずと北を目指すことになる。その発着駅がルクスシエル・ノース駅で、近郊列車が発着するのがセントラル駅だ。

 ノース駅は今まで走ってきた“ノース本線”のほかに、東海岸経由で北を目指す“イースト・ベイ本線”と、西側の港町“サザランズ”に向かう“サザランズ線”の長距離列車、また高速鉄道の列車が発着するターミナル駅だ。かつては市の中心部にあったセントラル駅に発着していたが、列車本数が増え捌ききれなくなったために、ルクスシエル市北部に広大なノース駅を建設し、セントラル駅は近郊列車専用になった。ノース駅からセントラル駅間は、10分程度で結ぶ直行列車が頻繁に運転され、利便性もそこまで悪くない。


 “リサ・バード急行”がノース駅の広大な駅構内に進入する。ガタゴトとポイントをいくつも超えて行く。列車はタートル鉄道専用の1番線に到着する。1番線にはメタ・ラゲージの貨物車に対応した設備があり、スムーズに積み下ろしができるようになっているのだ。

 最後のポイントを超え、1番線の長いプラットホームに入る。始発駅のタートル中央駅ではホーム中程に停まったが、ルクスシエル・ノース駅は頭端式ホームのため、ホームの一番奥まで進む。

『キィィィィ』

 ブレーキの軋む音が聞こえてきた。自動的に速度を落としていくが、万が一に備えてナツは非常ブレーキスイッチに手をかけておく。

 1番線には両側にホームがあり、進行右手が旅客ホーム、左手が貨物ホームだ。旅客ホーム上には列車の到着を監視する駅員と、乗客の荷物を運ぶボーイが待機している。一方で貨物ホームには、先頭の貨物車付近に作業員が集まっている。既に貨物車のメタ・ラゲージから降ろす用のベルトコンベアがセットされていた。

 停止位置まで残り20m、ホーム先端の車止めが大きくなる。残り10m、そろそろと進む。残り5m、みんなが固唾を呑んで見守る。停車自体は他の駅と変わらないのに、終着駅だと何故か緊張してしまうのだ。あと1m、最後のショックが加わった。

 11:35、7129列車“リサ・バード急行”は時刻通りルクスシエル・ノース駅1番線に到着した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る