15 最後の巡回
9:58、ナツがやってきた。今回最後の交代だ。
「ふー、やっと終わりが見えたー!」
「何事もなく平和に着きそうだね」
「それが一番よ。忙しいのは嫌」
「昨日は大雨にやられそうだったけど」
「あー、そういえばそうだった」
乗務が終わる前はこうやって振り返りを話すことが多い。思えば昨日はかなり遠くにいた、少なくともここから簡単には行けないマザー・タートルにいたのに、もうこんな所まで来ている。これが1週間もかかる大陸横断特急だとその感慨もひとしおである。長距離列車の乗務員は寂しさと達成感を同時に味わえる面白い職業である。
ナツに運転を引き継ぎ、ハルは客車に向かった。今回最後の巡回だ。リサ・バード記念館駅からルクスシエルの近郊エリアに入っている。途中駅は残り3つ、この先は降車の乗客がほとんどだから、駅を過ぎるごとに減っていく筈である。
一等寝台車は半分の個室が空いていた。もう迎える客のない部屋をクロイドが掃除していた。折り返しの清掃や整備も彼らの仕事である。今のうちにできる所はやっておこうという考えだ。
今回の巡回はこれで最後だし、クロイドたちはこのまま折り返し列車でマザー・タートルに帰るのだから、一言あいさつをしようと思っていたが、案外忙しそうなので、躊躇してしまった。だが、接客アンドロイドであるクロイドの方が一枚上手で、そんなハルの様子に気付き、向こうから来てくれた。
「どうされましたか?」
「あ、いや、大した用事じゃ無いんだけど、もう巡回には来ないから一言あいさつでもしようかなって」
「ああ、そんな。わざわざお気遣い頂かなくていいのに。でも、お気持ちは大変ありがたく頂戴いたします」
少し話したあと、ハルは巡回を続けた。続くラウンジ車に乗客は少なくなっていたが、数名の乗客がいた。終点のルクスシエルまではあと1時間弱、まだのんびりする余裕はあるのだろう。
一階のコンビニは営業を続けていた。基本的に終点まで常に営業をしているのだ。ただ、利用者は少なく、クロイドが掃除をしていた。ここでも少し会話をした後、次の車両へ向かう。
食堂車は10時で営業を終了していた。クロイドたちが手分けして掃除をしている。一階の個室席も掃除中だった。昨晩は見れなかった内部が見れた。向かい合わせのソファにテーブル、ファミレスと同じ配置、しかも扉も付いていて、これがまたゆっくりできる配置なのだ。自分達4人でファミレスや居酒屋に行くこともあるが、この車内のでいつか食事をしたいとも思った。
二等寝台車では、もはや寝ている乗客はいなく、それぞれのベッドの上に座ったり、寝転がったりして思い思いの時間を過ごしている。
寝台列車で過ごす朝はかなり贅沢な時間だと思う。なにしろ、外の世界ではちょうど通勤が終わり仕事が始まる中、自分はのんびりベッドから景色を眺めていればいいのだから。
途中の駅で後続の高速鉄道や特急列車に乗り換えれば、この列車より早くルクスシエルに到達できる。だが、特に寝台車ではそうする乗客が少ないのは、せっかくの贅沢な時間を最後まで満喫したいからだろう。
相変わらず二等座席車だけは様子が違った。終点ルクスシエルの一つ手前、ノグエール駅からも乗車がある。ここまで来るとタートル鉄道の直通列車というより、地元の急行列車の意味合いが強くなる。そんな中でも数人の乗客はタートル中央駅からの乗客なのだから、全く違う服装をしている。こんなカオスな空間も長距離列車の面白い点だった。
最後尾に着くと、昨日連結した時のチーフクロイドがいた。
「やあ、今日もありがとうございました」
今回はクロイドから声をかけてくれた。
「おつかれさまでした。着いたらすぐに帰るの?」
「はい。2〜3時間で折り返しです」
「それも大変だよね、疲れない?」
「いえいえ、私たちはそれが任務ですし、疲れるという感情を知りませんので」
クロイドたちは精巧に人間に似せて作られている。普通に接する分には自分達と瓜二つだ。だが、あくまでもロボットであることをハルは実感した。
「出先で観光したいなとか思わない?」
「そうですね…、お客さまが楽しそうに現地での予定を考えていらっしゃるのを見るのは良いですが、私はメタ空間の方が好きです」
「そっか」
そういうと2人は笑った。確かにメタ空間は快適だからだ。それからしばらく話した後、ハルはクロイドに別れを告げ、機関車ドーラに帰っていった。
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