09 休息時間
19:20、巡回が終わったハルは、11号車にある車掌室から機関車ドーラに戻った。メタ・エントランスにいたアキに声をかけ、そのままダイニングルームに入ると、ちょうどフユが食事を終えたところだった。
「お、ハル。飯か?」
「うん、そう。フユは何食べたの?」
「おれはハンバーグステーキさ。ま、いつも通りだな」
「確かにいつも食べてるイメージ」
「なんだそれは」
ハハハッとフユは笑うと大きなあくびをした。
「じゃあ俺は一回寝るから。またな」
「おやすみ」
フユのシフトは夜中の1時から4時まで、今のうちに仮眠をとり、深夜の仕事に備えるために仮眠室に向かった。
ハルとナツのオペレーター2人は決まった時間で仕事をしているが、アキとフユの2人は、オペレーターのシフトがない限り基本的に決まっていない。フユは深夜帯に入っているが、アキに関しては完全にフリーだ。だからこの2人に関しては仮眠時間は自分のタイミングで決めることになる。ずっと起きていてもいいが、何かトラブルが発生した場合、全員で対処するのが基本のため、その時に備えられるように体調を整えておくのも大切な仕事だ。だから2人とも、被らないように仮眠をとっているのだ。
さて、自分の食事である。キッチンの横にある自動調理器に向かった。画面には今日のおすすめメニューが出ている。フユのように肉を食べようか、いや、最近それを食べた気がするし、今日は魚にするかと考え、おすすめにあった“鮭のムニエル定食”に決めた。
タッチパネルを押すと、ブーンという機械の音がしたかと思ったら“チンッ”というベルの音がして完成した。一瞬で食事にありつけるのは本当に嬉しい限りだ。ハルはそれをテーブルに運び口をつけた。美味い。この食事のためだけに列車に乗る乗客の気持ちもよく理解できた。
食後、ポケットを探ると先ほど老婆に貰った饅頭が出てきた。これも旅の縁だとしみじみ食べた。そして片付け(と言っても回収機に入れるだけ)を済ませたハルは時計を見た。19:50。次の交代は20:30だから残り40分ある。何をしようか。そろそろ眠気もする時間だ。だが、20:30から22:00まで運転すれば仮眠の時間だ。いまここで中途半端に寝てしまうと、肝心の仮眠時間に眠れなくなってしまう。何をしようかと思いつつ、結局は本を読むことにした。
ハルは子供の頃から本の虫だった。暇さえあれば常に本を読んでいた。ジャンルは問わず、何でも読むようにしている。
いま読んでいるのはミヒャエル・エンデ著の『モモ』だ。子ども向けに書かれた小説と思い読んでみたら、大人に対する警鐘として十分な内容で、作中は何度も唸る瞬間があるし、ページをめくる手が止まらなくなっている。もちろん、交代時間になったら仕事をしなくてはならないため、タイマーをセットして読み進めているが、ここまで夢中になれた本は久しぶりだし、その世界観に引き込まれたというところが嬉しかった。
ふと、前方映像を映すモニターが明るくなったことに気づいた。あらためて見てみると列車は停止していた。時刻は19:59、“リサ・バード急行”は4分遅れでゼイドム・ヴェレ駅に到着した。
列車が止まろうが走ろうが、メタ空間にいては全く気が付かない。非常ブレーキがかかった時だけ警報が鳴るが、それ以外では全くわからない。だから、時々モニターを見て、状況を確認する癖が身についていた。
ここ、ゼイドム・ヴェレはブレイカランド州の州都で、人口はおよそ7万人。「住みやすい街」と評判で、その人口は年々増えているようだ。エリテン王国で、マザー・タートルに一番近い大都市でもあることから、近年はそれも売りにして、更に発展しているようだった。
その評判通り、乗り降りも多く、後方の二等座席車の乗客の多くはここで降りていき、同時に多くの乗車もあった。
到着したホームの向かい側にはゼイドム・ヴェレ空港行き直行列車が停まっていた。“リサ・バード急行”は翌日の11時半に終点のルクスシエルに到着するが、あの列車で空港まで行けば、最終便に乗り当日中にルクスシエルに到着できるということで、一定の需要があるようだった。
鉄道会社の視点で考えれば、わざわざ飛行機に接続させるような列車も無駄な気がする。しかし、この“リサ・バード急行”は食堂車などが人気であまり乗り換える乗客がおらず、そもそも利益はタートル鉄道のものになってしまうため、エリテン王国としての利益を考えれば、その誘導は妥当なものなのかもしれない。
前方車両に目を向けると、初めて1号車から大型コンテナの荷下ろしが行われていた。ゼイドム・ヴェレ駅にはタートル鉄道用のコンテナ設備が整っていて、次から次へと下ろされていく。あっという間に20個もの40ftコンテナが下ろされた。設備がない駅であの量を下ろすと、相当な時間がかかるが、ここではわずか5分の間に全てを下ろした。
なお、搭載するコンテナはゼロだが、それはこれからエリテン王国を走行するのに、わざわざタートル鉄道の列車に積み込む必要は無いという理由からだった。とはいえ、いつもゼロという訳ではなく、急ぎの荷物など理由があれば当然積まれることもある。
隣の2号車では小型コンテナの積み下ろしがあり、こちらは乗客の荷物などもあるため、ほぼ全駅で積み下ろしの作業が行われている。
20:05、定刻より3分遅れてゼイドム・ヴェレ駅を発車した。乗客の乗り降りは滞りなく終わったが、貨物の積み下ろしには一定の時間がかかるため、定時出発はできなかった。とはいえ、3分程度の遅れならば気にするものでは無い。列車は勢いよく加速していった。
ゼイドム・ヴェレ駅から先は、終点のルクスシエルまでノース本線を走行する。これはエリテン王国の中でも最重要の幹線に指定されていて、最高速度もユーサ線の時速95キロから、時速160キロまで上がっている。
普段は時速120キロ程度で走行すれば良いのだが、今日は遅れているため最高速度までスピードを出して走行する。機関車ドーラは時速180キロまで出すことができるので、それでも余裕はあるが、あまり早すぎるのも落ち着かないので、ハルは好きではなかった。
雨は先ほどよりも弱くなったが、スピードが上がったので弾丸のように打ちつけている様子がわかる。再び白くなった車窓を眺めて、ハルは読書を再開した。束の間の休息時間でしっかり休むのも、乗務員の大切な仕事の一つだ。
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