08 車内のご案内

 機関車ドーラから客車に行くためには転送ドアを使用する。これは、テンダーと客貨車の車掌室部分にある転送ドア間をワープできるものだ。

 ハルは1号車の車掌室にセットしてワープした。


 1号車と2号車は貨物車で乗客は乗っていない。この貨物車の両数は列車によって異なる。1両の列車もあれば、5〜6両つないでいる列車もある。“リサ・バード急行”の2両は平均的な方で、1号車は大型コンテナ、2号車は小型コンテナと乗客の預かり荷物を載せている。

 貨物車の内部は両端に車掌室と機械室、床面にコンテナを動かすパレット、コンテナを移動させるハンドリフトがある以外に、何も無いがらんとした空間になっている。

 これはメタ・ラゲージというもので、ここから荷物をメタ空間に転送させて搭載するのだ。大半の貨物はコンテナに入れられていて、積み下ろし駅ごとに仕分けされたコンテナを下ろしていく。コンテナは40ftコンテナなら1個、20ft以下のコンテナなら2個同時に扱える。

 前述のように、タートル中央駅ではメタ空間とケーブルで接続して瞬間で作業が終わるが、他の駅では積み下ろしの作業が必要になる。そこで、貨物車の側壁は全て上方にスライドして、駅のパレットと接続して積み下ろすか、設備の無い場所では、ハンドリフトか床下に格納されている車載昇降機を使い積み下ろしをすることになる。

 このメタ・ラゲージは無限に搭載できるが、機関車の永久ボイラーからのエネルギー供給が途絶えると使用ができなくなる。ただ、入れた荷物が無くなるわけではなく、またエネルギー供給が復活すれば通常通り使用ができる。

 “リサ・バード急行”では2号車にクロイドが常駐していて、積み下ろし作業の他、乗客からの問い合わせがあれば預かり荷物の授受を行なっている。ハルはクロイドと少し話したあと、次の3号車へと向かった。


 3号車と4号車は一等寝台車である。デッキを抜けると進行方向に対し左側に通路がある。

 客室は全て個室になっていて、進行方向後よりにソファベッド、前よりにテーブル、回転椅子がある。ソファの上に折り畳み式のベッドがあって、2人で使用することも可能になっている。個室内にはトイレ、洗面台、シャワーが一つになったボックスもついていて、一歩も部屋から出ずに過ごすこともできるようになっている。この個室が6部屋並んでいて、定員は最大12名だ。

 後部側に共用トイレ、洗面台、車掌室とドリンクカウンターが設置されている。ドリンクカウンターにはアルコールを含む飲料と軽食が置かれ、一等車の乗客は自由に取ることができる。また車掌室にはクロイドが常駐していて、乗客の世話を行っている。これらの設備に加え一等車の乗客には食堂車での食事も提供されるため人気が高く、今日も満席となっている。

 ハルは通路に入った。満席とは言え、元々の定員が少なく個室のため、通路には人気がなく、窓に打ち付ける雨の音だけが響いていた。

 4号車の通路を抜け切る頃、列車は停まった。時刻は18:47だった。ハルはポケットからスマホを取り出した。これは“TRCフォン”というもので、機関車のメインシステムにアクセスし運転情報を確認したり直接操作したり、その他にも様々な使い道がある。

 ハルは運転情報を見た。現在地はグリッパミド駅でアス駅で交換予定だった列車と、ここで交換するために停車したようだ。対向列車はあと2〜3分で来るらしい。車内放送がそのことを伝えている。車内放送は基本的にクロイド達が担当する。緊急の場合はハルたちオペレーターが行うことも可能だが、実際にする場面はほとんどなかった。

 放送を受け、目の前のドアが開いた。車掌室のドアだ。中から4号車担当のクロイドが出てきた。

「やあ、オペレーターさんでしたか。目の前で誰かいると思ったからお客様だと思いましたよ」

「いやぁ、勘違いさせて悪いね」

 ハルはそのクロイドと少し話した。内容はハルからは運転状況について、大雨だけど、現状で大きく遅れる見込みはない。いま数分遅れるけれども、いずれ回復するだろうと伝えた。

 一方、クロイドからは今日の乗客について教えてもらった。一等車に関して言えば、一般のビジネスや観光客に加え、エリテン王国の有力政治家や芸能人も数組乗っているとのことだった。

 ハルはそれを聞いてもあまり驚かなかった。タートル鉄道の列車の場合、相手国の有力者が乗っていることは何ら不思議ではない。旅客列車である以上、誰が乗っていようが大切なお客様の命を預かっていることに変わりない。どんな時でも丁寧な乗務を心がけるのだ。

 話している間に対向列車の音がした。その列車が再度動き出すと同時に、“リサ・バード急行”も動き出した。18:52、定刻より5分の遅れだ。とはいえ、この程度では特に問題はない。ハルはクロイドに別れを告げると、再び巡回を始めた。


 続く5号車と6号車は2階建車両である。まず5号車はラウンジ車で、2階がラウンジ、1階は車内コンビニ、前よりデッキにシャワールーム、後よりデッキにトイレ、洗面所を備えている。

 前から車両に入るとシャワールームがある。左右に2室あり、既に2室とも使用中になっていた。料金は無料で、お湯もメタ空間から出るため無制限だが、占有防止のため、1回あたり15分で止まるようになっている。

 次にハルは階段を上がり2階に向かった。ここはラウンジになっていて、1人用から4人で座れるソファまである。ここには多くの人がいた。あるグループはテーブルにお酒や飲み物を広げ盛り上がっていた。また、イヤホンをし、読書の世界にのめり込んでいる人や、静かに座ってじっと窓の外、と言っても既に暗く、窓ガラスに写る自分の顔を眺めている人もいた。

 窓ガラスに制服姿の自分が見えた。乗客達はハルが通り抜けるのを横目でチラチラと見ている。制服姿の人間が通ると、思わず気にしてしまうのは、どこの世界でも変わらないのだろうか。

 ラウンジを通り抜け、今度は階段を降りて1階に向かう。ここは車内コンビニになっていて、あらゆる商品が並んでいた。ここでの売れ筋は、飲料や菓子などの軽食の他、サンドウィッチや弁当などの中食もよく売れる。食堂車よりも安価で食べられるのが人気のようだった。また、食堂車は早朝や深夜、一部の時間帯は営業を休止しているが、ここは始発から終着まで常に営業しているので、そういう時間帯も人気があった。

 自分達乗務員はオープン・メタにアクセスできるため、買い物も食事も自由にできる。だが、たまにはここで何か買って食べるのも楽しそうだと思っていた。

「あれぇ、乗務員さんもここでご飯買うのかね」

 老婆に話しかけられた。

「いえ、別にそんなわけじゃ」

「そうかい?随分と欲しそうに見てたじゃないか」

「そうですか?まいったな…」

 ハルは恥ずかしそうに言った。実際、まだ夕食を食べてないからお腹が空いているのは事実だ。

「あなた、もっと食べて大きくならないと。ほら、これでも食べなさい」

 そういうと老婆は、カバンから饅頭を出し、ハルに無理矢理押し付けた。

「あ、ありがとうございます」

「じゃね」

 突然の出来事に困惑していた。だが、何か暖かい気持ちになれた。こういう出会いがあるのも列車旅の醍醐味なのだ。


 次の6号車は食堂車だ。ここも2階建車両で、2階がテーブル席、1階が個室席で、厨房は後部のデッキ部分にある。前部のデッキにはカウンターがあり、混雑時はここで順番待ちをして席につける。既にラウンジに数組の待機者がいたように、食堂車は満席で混雑していた。

 タートル鉄道の食堂車は、格安で最高品質の料理が楽しめると世界的に人気である。なかには、食堂車を利用するためだけに乗車する人もいるほどだ。

 その理由は自動調理器にあり、故障さえしなければ少量のエネルギーでどんな料理でも無限に作り出すことができる。そのため食材などの費用もかからず、人件費もクロイドたちが担当するためゼロに近い。家賃も列車内なので当然かからず、結果として多少の運賃を払ってでも、安くて美味しい食事ができると人気なのだ。

 あまりの人気に、各国政府から自動調理器の供与を要求されたが、そもそも永久ボイラーが無いと使えない構造で、永久ボイラーは更に機密性が高く門外不出であるため、タートル鉄道では全て断っている。ただ、本来の乗客に不便となることも好ましくないため、特に人気の路線では食堂車を2両以上連結したり、食事そのものを楽しむ観光列車を運転したりしている。

 ハルはカウンターのクロイドに一言断り、テーブル席を覗いた。進行方向に対し左側に4人用テーブル、右側に2人用テーブルが置かれ、全席が埋まっていた。テーブルの上には肉料理や魚料理、ベジタリアン向けなど様々な料理が並ぶ。

 食堂車のメニューは、路線ごとに定番メニューも存在するが、特に制限はなく、なんでも注文することができる。テーブルの上に置かれた注文用タブレットからメニューを選び、好みの味付けを選ぶと、その瞬間に調理され、すぐに食べることができる。ちなみにこの列車の定番メニューは、“ローストビーフ”や“ミートパイ”などだ。

 テーブル席の奥は自動調理器から料理を運ぶ転送機があり、通り抜けることはできない。この構造で、食事中に横を何度も人が通るというストレスも改善できるのだ。

 では、通り抜ける人はどこを通るのかというと、1階の通路だ。その通路にはドアが3つある。そこは、食堂車の個室席になっている。内部は2人掛けのソファが向かい合う4人用の部屋になっていて、他人に気兼ねなく食事を楽しむことができる。個室は非常に人気が高く、基本的に事前に予約しないと使用することはできなくなっている。今も全部屋使用中で、中の様子を見ることはできなかった。


 7号車から9号車は二等寝台車だ。2段ベッドが向かい合わせで4人部屋、その組み合わせが8部屋並んでいる。このうち前より3部屋は、ベッドにカーテンがあるだけで、4人用の貸切、もしくは相部屋として使えるコンパートメントで、残りの後より5部屋は、各ベッドにシャッター式の扉が付いていて、プライバシーの確保ができるキャビンルームになっている。

 このコンパートメントとキャビンの組み合わせは出区時に変えることができ、全てコンパートメント、または全てキャビンもできる。大半の場合は3対5、または2対6の組み合わせになっている。

 後よりデッキの部分にはトイレ、洗面台とドリンクコーナーがある。一等車はアルコールに軽食もあったが、二等車では水、お茶、コーヒーのみの提供だ。

 二等寝台車では、一等寝台車より人の気配があった。キャビンの大半の乗客は圧迫感から逃れるために扉を開けていたし、通路にある補助椅子に座っている乗客も多くいた。またコンパートメントでは4人で貸し切っている家族連れなどのグループ客はもちろん、この車内で初めて会った者同士が、古くからの知り合いのように仲良くしている。列車の旅において、こういう思いがけない出会いを楽しみに、キャビンではなくコンパートメントを選ぶ乗客が一定数いることも理解はできる。


 19:06、ハルが8号車に着いた頃、列車のスピードが落ちた。本来の停車駅、ジョー駅に到着した。4分遅れの到着だ。

 ドアが開くと外の世界では大量の雨が降っていて、デッキにも入り込んできていた。恐る恐る外を覗くと、大雨で霞む中、前後の車両で数人の乗車があるようだ。ハルはすぐに身を引き込んだが、少しの時間なのに濡れてしまった。

「これは恐ろしい雨だな」

 思わず独り言を呟いた。

 2分停車で列車は発車した。次の停車駅はゼイドム・ヴェレ、いま走っているブレイカランド州の州都で、そこからはエリテン王国の大幹線、ノース本線を走行する。


 ジョー駅を発車したあと、車内巡回を再開した。最後の10、11号車は二等座席車だ。

 車内は通路を挟み2対2で座席が並んでいる。座席車といえど重厚な座席でシートピッチも広めなため、快適に過ごすことができる。

 乗車率は夜行列車にも関わらず7〜8割程度ある。“リサ・バード急行”は深夜帯にも主要駅に停まっていくので、短距離利用の人に座席車の需要があるのだ。実際、TRCフォンで予約確認画面を見てみると、結構細かく乗り降りがあることがわかった。最初の大都市である次のゼイドム・ヴェレ駅でも多くの乗客が降り、また乗ってくるようだった。

 ハルが通路を歩くと、次のゼイドム・ヴェレで降りる予定の乗客は、身の回りの整理を始めていた。一方で、まだまだ乗ると見られる乗客は、タートル中央駅かあるいは車内コンビニで買ったと思われる弁当を食べていた。

 時刻は19時過ぎ、先ほどの老婆に見破られたのもそうだが、ハルも空腹を覚えるようになった。この巡回が終わったら夕食を食べよう。今日は何にしようか、そんなことを考えつつも最後尾まで辿り着いた。


 最後尾のデッキには半室の車掌室がある。運転に関する機器と転送ドアがコンパクトにまとまっている。余った部分は貫通扉とフリースペースで、通常は乗客に開放されている。ここから景色を眺めることが好きな乗客も多く、案外人気なスペースである。また、最後尾を展望車として、オープンデッキやガラス張りのタイプにしている車両も多い。

 列車の最後尾から眺める景色は独特なものである。普段、先頭からの景色だけを見ているハルにとって、後ろに流れ行く景色もオツなものである。最も今日は大雨のため、ほとんど何も見えないが、それもまた自然の摂理である。

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