07 トンネルの先は…

 18:20、“リサ・バード急行”はタートルトンネルの出口に近づいた。前方に見えていた小さな白い点は、やがて大きくなり、ついに列車全体を包み込んだ。

『ホォォォ!』

 ハルは汽笛を鳴らした。だが、その音はすぐにかき消された。

『ザァァァ…』

 タートルトンネルの先、エリテン王国には大雨が降っていた。

「うわっ、結構降っているな…」

 ハルは思わず呟いた。前方を映すモニタは真っ白になってしまった。これのカメラ部分は、熱線が入っているため、雨などが付着してもすぐに乾く。だが、あまりに強いとそれも効かないため、手動でワイパーを入れた。自分の目の前にあるフロントガラスのワイパーもつけた。しかし、どちらもあまり効き目を実感できないほど、激しく降っていた。

「うわ、すごい雨だね」

 テンダーからナツとアキがやってきた。

「モニタ見てたら急に真っ白になったから飛んできたら、こんな降ってるのね」

「雨とは聞いてたけど、こんな降ってるとはね」

「どっかで規制にならなければいいけど…」

「もうなってるかな」

 ハルは正面モニタに運行情報画面を出した。ここには、走行区間と周辺に関する運行情報が表示される。だが、何も表示されなかった。ということは、現時点では何の規制も無いということだった。

 ホッと一安心すると、列車無線の呼び出し音が鳴り、ハルは無線機を取った。


『こちらゼイドム・ヴェレ指令、VSS-7129列車応答どうぞ』

「こちらVSS-7129列車です、どうぞ」

『ようこそ、エリテン王国へ。早速ですが無線機の通話テストを行います。感明いかがですか、どうぞ』

 タートルトンネルを抜け相手国に入ると、大抵の場合そこの指令と無線機のテストを行う。

「こちら感明良好、そちらはいかがですか、どうぞ」

『こちらも良好です。では、続いて運行についての情報を通告します、よろしいですか、どうぞ』

「つづけてください」

『では通告します。そちらも大雨かと思われますが、現在は規制がありません。ただ、この先規制が発生する可能性があるので、情報にご注意ください』

「了解しました」

『OK、では通話終了します』

 プツンという音と共に無線が切れた。

「だそうですよ、マネージャー」

 ハルはアキにそう言った。

「困ったわね。雨が強くならないことを祈るしかないか」

「はぁ、なんで私が担当するときに限って土砂降りなの…、ハル変わらない?」

「別にいいけど、もし遅れたら、その時の車内巡回の方が辛くない?」

「……そうだわ!やっぱ私がここにいる、任せなさい!」

 ハルは自分が言ったことを考えて、改めて不安になった。遅れの程度にもよるが、そういう時の車内の雰囲気は良くない。確かに信号や無線、情報管理に気を使うが、それでも運転の方がいい。無事にそこまで遅れず通過してくれと、ハルは願っていた。

 窓の外の雨は相変わらず激しく降っている。おまけに、既に夕暮れを過ぎ、周囲は暗くなっていった。


 18:28、“リサ・バード急行”は定刻にアス駅に到着した。ここはユーサ線とタートル線の分岐駅だ。

 ユーサ線は、ゼイドム・ヴェレからユーサまでを結ぶ路線で、終点のユーサはかつて炭鉱の街として栄えた。しかし、閉山後は小さな田舎町となり、人口も大きく減ってしまった。ユーサ線も、以前は急行列車や貨物列車が数往復走るなど活気に溢れていたが、現在では普通列車が一日に数本走るだけのローカル線となってしまった。

 一時は廃線まで噂されたユーサ線だが、タートル線の開通によりそれは変わった。タートル線も“リサ・バード急行”が1日1往復走るだけのローカル線だが、マザー・タートルと繋がることは巨大なマーケットに繋がることを意味していて、ユーサ線は一気に重要路線へと変化した。

 ここアス駅も、以前は小さな無人駅だったが、現在は“エリテン王国の玄関口”として売り出し、この“リサ・バード急行”を歓迎している。とはいえ、ここで乗り降りする乗客は多くはない。列車はこの駅で3分停まるが、それは単線のユーサ線での時間調整のためだった。


 アス駅で列車番号がVSS-7129列車から、エリテン王国仕様の7129列車に変わる。オペレーターもハルからナツに変わった。オペレーターが変わるタイミングは時間で区切られているが、ここのようにちょうど駅で変わることもある。


 18:31、装い新たな7129列車は定刻に走り出した。しかし、この先は遅れが見込まれている。本来ならアス駅で交換予定だった列車が、大幅遅延によりこの先の駅で交換するとの連絡が入ったのだ。

 今のところ、18:47に通過予定のグリッパミド駅で交換するようだが、天候次第で変わる可能性があるとも言われた。天候に関しては仕方のないことだが、気を使うことは確かなため、4人とも早く通り抜けたいと思った。


 ナツと交代したハルはメタ・エントランスにやってきた。先に戻っていたアキがコーヒーを淹れていた。

「おつかれさま、もうすぐでコーヒーできるから待っててね」

「ありがとう」

 アキからカップを受け取ったハルは、一気に飲み干した。

「くー、美味い。アキの淹れるコーヒーが一番好きだよ」

「あら、ありがとう、もう一杯飲む?」

「いや、大丈夫。のんびりしてたらナツにサボってるって言われそうだから」

 アキにカップを返したハルは、帽子を被り姿見の前に向かった。これから乗客の前に出るわけだから、改めて身だしなみを整え始めた。

 帽子は真っ直ぐになっているか、ネクタイはキチンと締まっているか、ジャケットに変なシワは無いかを確認していく。

「じゃあ、行ってくるね」

 アキに一声かけ、ハルはメタ・エントランスを出て行った。

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