04 出発準備

 今日、機関車ドーラの担当する列車がタートル中央駅を発車するのは、16時40分である。だが、その時間に仕事が始まるのではなく、概ね2〜3時間前くらいから準備を行う。

 12時、制服に着替えた4人はダイニングで昼食をとったのち、ミーティングルームに移ってブリーフィングを始めた。

 ブリーフィングは、タートル鉄道運行本部から送られる運行指示書“クルーカード”に沿って行われる。その内容は列車ダイヤ、編成、天候、行き先地、その他注意事項などだ。今日の内容は以下の通りだった。

 この“クルーカード”は、紙のカードではなく“TRCタブレット(Turtle Railway Crewタブレット)”という、乗務員全員に配布されているタブレット端末に配信される。乗務員にはこれ以外に、“TRCフォン”、“TRCウォッチ”というデバイスも配布されている。


往路

列車番号;VSS-7129列車→7129列車

種別;急行

列車名;“リサ・バード急行”

“Lisa Bird Express”

行き先;ルクスシエル(エリテン王国)

経由地;タートル中央〜ウィンターフィントンネル〜

時刻;16:40発→11:35着

編成;貨物×2、一等寝台×2、食堂×1、ラウンジ×1、二等寝台×3、二等座席×2、合計11両

天候;雨のち晴

注意事項;エリテン王国内、徐行区間有り。到着後、車庫線にて折り返しRSS-7130列車へ引き継ぎ。


現地滞在3泊


復路

列車番号;7130列車→VSS-7130列車

種別;急行

時刻;14:30発→9:25着

詳細は後日送信のクルーカードに従う事


 列車番号が途中で変わるのは、前半の“VSS-”の部分はタートルトンネルの識別記号だからだ。大半の列車はトンネルを抜けて最初の停車駅で後半部分、現地の列車番号に変わる。なお、協定によりタートル中央駅から発車する列車は全て奇数、向かう列車は全て偶数になっている。

 “VSS”のうち、頭の“V”は4つのトンネルのどれか一つを表している。B〜Gがスプリングフィンで、その先6個ずつ振られている。だから今日の“V”はウィンターフィンとわかる。AとZは特別列車など、その他の用途に用いられている。


 マネージャーのアキがクルーカードを読み上げ、あとの3人が確認する。ハルとナツが運転について、フユが車両について管轄するが、自分の担当以外についても知っておかなければならない。

 全体のブリーフィングが終わると、パート別に別れてチェックをする。ハルとナツは運転について話し合う。列車は基本的に自動運転だが、運転席にオペレーターとして常駐しなければならない。大抵2〜3時間で、最大でも4時間以内に交代する。基本的には2人で担当するが、深夜帯だけフユも担当する。その間に仮眠をとるからだ。

 運転席にいない間は車内巡回等を行い、余った時間は休憩時間になる。深夜帯の仮眠時間に相当する時間は車内巡回の義務がない。

 本来は停車駅で交代することが望ましいが、都合よく停車駅があるとは限らないため、時間で区切って交代している。ブリーフィングでは、この担当時間を決めている。クルーカードに標準の担当パターンが書かれているため、それに従うことが多い。

 フユは車両について確認する。タートル客貨車センターから出区してくる客貨車は、常に新品同様に整備されてくるが、万が一に備えてその車両に対応したマニュアルや整備キットを確認しておくのだ。

 アキは全体統括以外に、車内サービスや荷物の管理、会計などを担当している。車内サービスや荷物の積み下ろしは基本的にクロイド達がやってくれるが、乗車率にサービス内容、荷物の積載量や特殊な荷物がないかなどの最終チェックを行う。また、タートル鉄道運行本部との経費や報酬の精算なども確認していく。


 こうして各々の準備が整ったら、再度集まり点呼に出る。点呼はミーティングルームから管理センターへのテレビ電話で行われる。

 毎日、膨大な列車を管理しているため、点呼する管理センターも混雑している。だから点呼時間は1分単位で決められており、この日は14:58だった。この点呼時間を守らなくても、繋がることは繋がるが、1時間待ちになることもザラではない。そのせいで列車が遅れると、それ相応のペナルティがくるため、みんな時間管理には必死だった。

 14:48、点呼まで10分となった。4人は順番にアルコール検査を行う。検査機にはカメラが付いていて不正はできない。時間管理もそうだが、体調管理、特にアルコールに関してはかなり厳しい。悪質な場合は乗務資格剥奪、つまりクビなどの重い処分が下されることもある。マザー・タートルでは18歳から飲酒ができるため、4人全員が気を遣っていた。全員のアルコール検査が終わったあと、結果を送信する。

 14:58、アキが管理センターを呼び出す。3コール目で繋がった。スクリーンに30代くらいの女性の姿が映る。

「それでは、急行VSS-7129列車、出発点呼をお願いします、敬礼!」

 アキの号令に続き4人で敬礼をする。画面の中の人物も同じように敬礼する。一呼吸置いたのち、各々で手を下ろす。

「本日は、No.774、クロス・ドーラが担当します。4人とも心身良好でアルコール検査は提出済みです」

 最初に健康状態について申告する。多少の体調不良ならば他の3人でカバーできることを伝えれば問題はないが、それが不可能な場合は早めに言う必要がある。

「続きまして、本日の担当列車についてです。本日は急行VSS-7129列車、タートル中央駅からルクスシエル駅まで乗務します。発車時刻は16:40、経由地は…、編成は…」

 担当列車について、クルーカードに従い、読み上げて行く。通常は読み上げるだけだが、ブリーフィングの結果、異常や疑問点があれば、ここで申告し回答を求める。

「…本日の注意事項についてです。エリテン王国内にて徐行区間があるため注意します。また、到着後折り返しVSS-7130列車へ引き継ぎます。以上で終わります」

「はい、ではVSS-7129列車ですね。申告の通りエリテン王国内に徐行区間がありますので、当該区間通過時は速度に注意してください。また、現状では問題ありませんが、大雨との予報が出ているので、現地では気象情報に気をつけてください。それでは、時計の整正をお願いします」

「はい、ただいまの時刻は、15時01分の35秒…です」

「はい、時間OKです。では、タートルカードをカードリーダーに置いてください」

 そう言われてハルがタートルカードをカードリーダーに置いた。しばらくすると、上部の赤色のランプが点滅し、緑色のランプに変わった。ハルはそれを確認しカードを取った。

 運転に関するデータが詰め込まれているタートルカードは、点呼時にデータを読み込む。これで、迷宮とも言われるタートルトンネル、更にはその先の線路まで迷う事なく運転できるようになるのだ。

「以上で、点呼を終了します、敬礼!」

 再びアキの号令で全員が敬礼をする。

「では、気をつけていってらっしゃい」

 画面の中の人物はニコッとそう言うと、すぐに接続が切れた。次の列車の点呼があるからだ。最初はぶっきらぼうに感じたが、一度管理センターを見学しに行くと、休む間もなく次から次へと対応していく様子を見たので、逆に心配するようになった。だから、点呼ではなるべく端的に済ませるよう心掛けている。


 点呼の次は機関車ドーラの出区点検だ。永久ボイラーは常時稼働しているが、走行に関する機器を叩き起こす必要がある。

 まずは主電源を入れる。ハルがマスターキーを差し込みマニュアル側へと回す。するとカチッとリレーが入ったかと思えば「キュウオオオン」という音がして、眠っていた機械が動き始めた。この起動するときの音は、いかにも始まるぞという感じがして、何度聞いてもテンションがあがるものだった。

 次に、運転室内にある各種スイッチ類の確認だ。運転席の範囲にはモニタしかないが、裏へ回ると配電盤があり、それを開けてスイッチ類を確認していく。全てのスイッチ類が基本の位置(定位)にあるか確認するのだ。

 そのあと再び運転席に座る。次は正面モニタからメニュー画面を表示させ、出区点検を選択する。すると、点検事項のリストが出てきて、同時に自動出区点検開始のボタンが表示される。そのボタンを押すと「自動出区点検を開始します」の音声が流れ、出区点検が開始された。

 自動出区点検は、ブレーキ点検、モーターの起動確認、各種ライト類の点灯確認、無線機や放送装置の通話試験、その他スイッチ類の動作確認をダミーコードを用いて擬似的に動作させ、支障なく動作できるかをチェックしてくれる優れものである。異常がなければそのままリストをチェックし終了する。異常があればその箇所の詳細情報が出てくるので、当該部分を手動でチェックし状況を判断する。

 出区点検という名称から、出区時しかできなそうだが、停車していればいつでもできるため、運行中に異常が発生し、対処した後の最終確認として実施もできる。

 今日も、全ての項目を正常にチェックできた。

 運転室の点検のあとは、外部の点検だ。

 ハルが外に出ると、すでにフユがライトとハンマーを持ち見回っていた。

「よし、ハル、今日もドーラは絶好調だ」

「ありがとう、フユ。いつも整備は完璧だね」

「あたぼうよ、と言いたいところだが、何度点検しても不安は不安だ、しっかり見てやってくれ」

 そう言うとフユは、ハルにライトとハンマーを手渡し、運転室に戻っていった。

 基本的に、ドーラのメンテナンスは全てフユが担当する。この出区点検もフユがやればいいのだが、やはり運行するのはオペレーターであるため、ハルかナツが最終的にチェックする必要があるのだ。

 ただ、ほとんどの場合はハルがチェックして、ナツはこの間掃除や、マネージャーデスクで書類仕事をしているアキの手伝いといったことをしていた。得意不得意に応じて役割を分担できるのも、チームで働くことのメリットだった。

 外部の点検は、車輪、車軸、ライト、連結器などを見て回る。すでにフユが何度もチェックしているので、最終確認という感じだが、手を抜かず慎重にチェックしていく。よし、今日も状態は完璧だ。ハルは安堵しながら運転室に戻った。

 あと、機関車ドーラの重要部は永久ボイラーなどの内部機器だが、ここらは自動出区点検で確認する項目で、実際にボイラーに立ち入ることも可能だが、構造は専門家でないと理解はできず、下手にいじると故障や感電などのリスクがあるため、ハルたちオペレーターの出番はない。フユや彼の補佐をするロボットたちが常に管理してくれているため、安心して任せることができる。

 運転室と外部点検が完了すれば出区点検は終わる。あとはアキに点検終了の報告をして完了になる。

「アキ、終わったよ」

「今日も順調ね」

「そりゃフユがいるからね」

「そうね。じゃあ準備完了ということで報告するわ」

「よろしく」

 そう言うとハルは運転席に戻った。最後にタートルカードを挿入して、ドーラにVSS-7129列車だということを認識させると、いよいよ出発が可能になる。

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