02 機関車ドーラ

 タートル中央駅はマザー・タートルの玄関口となる駅で、日々たくさんの人で賑わっている。ネックポートというエリアに位置しており、行政の中心、タートルヘッドのすぐ近くだ。

 そのタートル中央駅より少し頭部側に、タートル鉄道の車両基地がある。中央に巨大な客貨車センターがあり、ここで客車と貨車を全て管理している。この客貨車センターはメタ空間になっていて、無限大に車両を収納できる。外観は地上1階建てで、屋上は公園が開放されている。

 一方で機関車は、永久ボイラーがメタ空間と干渉してしまうため、普通の車庫が必要である。とはいえ、タートル鉄道の機関車は何千、何万もあると言われている。しかし、普段は多数の行き先に出ているため、全ての機関車のために車庫を作るのは、面積の限りがあり現実的でない。

 そこで、マザー・タートルに帰還している間に一時的に置ける車庫として、広大な客貨車センターの周りに、地上10階建て、時計回りに1〜9号までの機関車タワーがある。このうち、真ん中の5号タワーは多目的棟で、定期的に行われる検査や、故障した機関車の修繕を行うほか、線路点検などに用いられる特殊機関車などが配備されている。

 残りの8つのタワーは、1棟あたり100両、合計で800両分の車庫が設置されている。前述のように、マザー・タートル帰還時の一時的な使用に限ることから、いつも決まった車庫に入るのではなく、タートル中央駅に着いたときに車庫を指定される。


 今日、ハルたちクロス・ドーラのチームが指定されていたのは1号タワー602番だった。パシフィックビーチからTRT(タートルラビットトランジット=地下鉄)で帰ってきた。

「あー、1号タワーかぁ、遠いなぁ。もう疲れた」

 ナツがため息を漏らす。

 機関車タワーはどれも同じ造りで、内装や設備に違いはない。しかし、TRTの駅が2箇所、3号タワーと7号タワーに直結し、他は地下通路を進まなくてはならず、当然近い方が人気だった。

「まあ、こればっかりはくじ引きみたいなもんだからね。運が悪かっただけだよ」

「そうよ。それに酔い覚ましに少しは歩かなきゃ」

「…一番飲んだの、アキなのに…」

「なんか言った?」

「ううん、なんでも」


 4人は1号タワーに辿り着き、エレベーターで6階に上がった。

 機関車タワーは円形の建物で、中央が機関車を回転させる転車台、その周りに車庫が10と、車両用エレベーターが2台の合計12ブースがある。人間用のエレベーターはタワーの外側に張り付くようにあり、タワーの外側にある廊下につながっている。

「ついたー!」

 ナツが車庫の扉を開け、歓喜の声をあげる。車庫の外側部分は控え室になっていて、ベンチとテーブルが置いてある。ナツは荷物を置き、どっかりと座った。

「あー、もう動けなーい」

「なに言ってるの?こんなところに座ったら余計動けないでしょ」

「ナツは体力ねぇな、俺と筋トレするか?」

「うぇ、はいはい、わかりましたわかりました」

 ナツは不平を言いながら立ち上がった。控え室の奥にある扉を開けると、そこは車庫だ。

 車庫の中には、巨大な黒い塊があった。見る者を圧倒するその優美でたくましい巨体は、照明を受けて光り輝いていた。

 これが、機関車“クロス・ドーラ”だ。


 機関車クロス・ドーラ、通称“ドーラ”は、日本で1910〜20年代に製造された8620型蒸気機関車をモデルにして造られている。外観上の違いとしては、機関室に扉がつけられたくらいで大きく変わらない。しかし、中身は全くの別物である。

 まず、動力源は水と石炭から作られる蒸気ではなく、永久ボイラーによって作られる電気だ。そのため、煙突から煙が出ることはないが、環境に配慮されたダミーの煙を出すことも可能になっている。

 最高出力6000馬力、設計最高速度180km/h、運転最高速度160km/hのスペックを誇りながら、重量もサイズも定格内のため、タートル鉄道が直通する線路なら、どこまでも走ることができる。


 車内も最新鋭機器が搭載されている。

 機関室は航空機のコックピットのようにデジタル機器が並んでいる。左側の運転席に座ると、正面に引き出し式のテーブルがあり、さらにそれを展開させればキーボードが出てくる。

 表示類はグラスコックピット化され、正面に2面、上部と右側に1面ずつ合計4面のディスプレイで囲まれている。

 正面の2面のうち、左側は運転画面で、速度計や車内信号、ブレーキなどの空気圧計やボイラー等の情報を表示している。右側は客貨車確認画面で、客車や貨車の様子が表示される。客車列車で駅に停車中は乗降確認画面となり、これを見ながらドアの開閉をする。走行中は、後方の確認をすることも可能である。

 上部の1面は前方確認画面で、ヘッドライト付近にあるカメラからの映像を流す。通常は自動運転で、障害物があってもセンサーで自動的に停車するようになっているが、人の目でも確認できるように設置されている。

 右側は情報画面で、タートルカードを読み込むことにより表示される。運転時刻表やこの先の線路情報、駅構内の入換マップが表示される。

 いずれの画面もこれは基本的な使い方で、バックアップも兼ねてシームレスに表示を変えられる。例えば、正面の運転画面に入換マップや前方の映像を小窓表示することも可能である。

 基本的には自動運転だが、入換など、手動運転をすることもある。そのためのスロットルが右側についている。力行3段、ブレーキ4段+非常の簡易なものだが、これでこの巨体を操縦することができるのだ。

 他にあるスイッチ類は、正面の中央上に非常停止ボタン、下部には自動運転発車ボタン、左右にドア操作スイッチ、左側にマスターキー差し込み口と前後を帰るレバーサーがあった。

 運転席と右側にある助士席は、人間工学的に“疲れにくいシート”が採用されていて、前後移動の他、回転することで容易に座ることができる。


 機関車ドーラの特徴は、機関車もそうだが、後ろのテンダーに現れる。永久ボイラーは、一度点火すれば燃料不要で永久に使用ができるため、通常の蒸気機関車で必要な石炭や水は、一切不要である。そこで、テンダーは乗務員の居住スペースに改造されている。

 内部に入ると通路になっていて、まずはストレージゾーンとして、左右に2つずつの個人ロッカーがある。その先へ行くと左側にトイレ、右側に洗面所と転送ドアがあり、転送ドアは客車や貨車の指定した場所にジャンプできる。

 その先、機関車の最奥部は、最大の特徴であるメタ空間への入り口だ。

 メタ空間、それはいわゆる四次元空間のように無限の空間が広がっている。永久ボイラーにより作り出されるこの世界は、いくらでも好きにアレンジできる。

 扉を開けるとまずは“メタ・エントランス”に入る。吹き抜け構造のここは、ホテルのエントランスロビーのようにソファやテーブルなどが配置されていて、ゆったりと過ごすことができる。マネージャーデスクもあり、運行中のアキはここが定位置だ。ちなみに、メタ・エントランスにはいくつかのモニタがあり、運転席のと同じものを流すことができる。

 左側の扉を開けるとダイニングルームで、キッチンと自動調理器もここにある。反対の右側にはミーティングルームがあり、運行開始前のブリーフィングなどが行われる。

 エントランスの奥にある階段から上の階へ上がると、個人の部屋が並んでいる。メタ空間であるから部屋の自由度は高く、4人の個性が現れている。

 階段を下に降りると格納庫に着く。ここにはメンテナンスキットやフォークリフト、除雪車など運行に必要な機械や車両の他、行き先で使用する自動車やボート、飛行機なども搭載されている。これらは全てフユが管理していて、常に最高の品質になるよう保っている。

 再びエントランスに戻り、奥の廊下に入ると左右にいくつもの扉が並んでいる。ここからはメタ空間を存分に活用した様々な世界に行くことができる。

 例えば、手前左側の扉には温泉の暖簾がかかっている。中に入ると脱衣室でそこから大浴場と露天風呂に繋がっている。ここの温泉は世界各地様々な温泉を再現することが可能で、その日の気分によって変えている。

 温泉の向かいのドアは仮眠室だ。運行中、自室で寝ることも可能だが、それだと寝過ぎて起きづらくなる他、仕事と休日を分けるために、ここで寝ることが多い。1人1部屋あるが、内装は至ってシンプルで寝ることに特化している。

 このほかにも、シアタールームやダンスホールなどいくらでも部屋を増やせることができる。また部屋以外にも世界そのものを作ることも可能で、草原やビーチという扉もある。

 また永久ボイラーの特徴を使用し、ネットワークに繋がり、他のメタ空間に行くことも可能だ。例えば、メタ・モールという空間は、巨大ショッピングモールになっていて、24時間いつでも買い物が可能だ。他にもテーマパークやリゾートアイランドなどもあり、何もかも楽しめるようになっている。

 これらの特徴としては、当然ながら彼ら以外にも多くの人がいて、旅の途中でもコミュニケーションをとることが可能な点だ。旅は人を成長させるというが、時には出会いや仲間との交流があった方が、心身の安定となりより良い効果につながるものだ。

 この、ネットワークで繋がるメタ空間を、オープン・メタ、そうではないものをクローズド・メタといい、クローズド・メタは、そこの登録者か別途許可キーを持っているものでないと入れなくなっている。


 4人は、ドーラに乗り込むや、そのままメタ空間に帰ってきた。

「あー、疲れたー」

 ナツが今度こそという感じで、エントランスのソファに座り込む。

「こらこら、こんなところに座らないの」

「いいじゃん、もう帰ってきたんだから」

「自分の部屋でゆっくりしなさい」

「ぶー」

「アキ、ご飯はどうする?」

「俺も聞こうと思ってた」

「そうねぇ、メタ・モールでも行こうかと思ってたけど、もう疲れたよね」

 アキは腕をくんで考えている。

「私もう動けなーい」

「適当に何かでいいんじゃない?」

「そうね、じゃあオードブルにでもしようかしら。じゃあ一息入れたら集合する?」

「一息入れたら寝落ちするよ」

「ぐー、ごー」

 ナツが寝るふりをしていた。

「俺は腹ペコだから、さっさと食っちまおうぜ」

「よし、じゃあダイニングに行って食べましょ」

「お腹空いたー」

 ナツが飛び起きた。

「あら、動けないんじゃなかったの?」

「だって、お腹空いたんだから仕方ないじゃん」

「何が仕方ないのさ」

「気にしない気にしない、さっさと行こ」

 ご機嫌なナツに連れられ、ダイニングへと入っていった。

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