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 マザー・タートルは、南太平洋に浮かぶ島で、面積は約750平方キロメートルと、シンガポールより少し大きい。

 ウミガメの形をしたこの島は、絶海の孤島という言葉が非常によく当てはまり、見渡す限りの大海原が広がり、周囲に人類はおろか、生物の気配すら感じられない。また、航空機や船舶の航路からも大きく外れ、世界でもその存在はほとんど知られていない。


 通常であれば、こういう絶海の孤島は無人島か、あるいは人が住んでいたとしても小規模な集落しかない。しかし、この島には超高層ビルが立ち並び、活気に満ち溢れている。その理由はカメの4つのヒレにあった。

 まず、マザー・タートルは全体的に空調ドームで覆われており、気温は常に20度前後と快適な環境になっている。この例外が4つのヒレ部分で、左手は熱帯気候で夏、右手は寒帯気候で冬、左脚は温帯気候で春、右脚は亜寒帯気候で秋のような環境になっている。4つのヒレは全ても自然保護区に指定されており、左手の熱帯、これが“サマーフィン”と呼ばれ一年中海水浴が楽しめる。同じように右手は“ウィンターフィン”と呼ばれこちらではスキーができる。あとは“スプリングフィン”と“オータムフィン”があり、いずれも島民憩いの場として親しまれている。

 ちなみに、この空調ドームはカモフラージュ機能も備えていて、通常、外から島を確認することはできない。


 そして、この島最大の特徴が、4つのヒレの先端部分に入り口がある“タートルトンネル”だ。このトンネルは鉄道トンネルで、その行き先は、ロンドンやニューヨークと行った世界の名だたる都市の他、異次元にもつながっており、その数は無限大だ。この島が形成され、トンネルに鉄道が走り始めてから約200年という長い年月が経つが、その全貌は全く把握されていない。それゆえ、このトンネルは通称“迷宮トンネル”と言い、一度入ると二度と抜け出せないと言われている。

 トンネルを安全に通り抜ける唯一の方法は、島でのみ発行できる特別なIDを埋め込んだ“タートルカード”を、専用の読み込み装置を搭載した列車に限られる。

 “タートルカード”には、トンネル内やその先の信号や分岐のデータが入っている。それを車上装置にセットすると、列車のアンテナから信号や分岐を制御させ、任意の行き先に行けるのだ。

 こうして“マザー・タートル”は列車のみを介して外の世界と繋がってきた。これが何を意味するかと言うと、地政学的に絶大なメリットを持つことに他ならない。

 何しろ、自分の政府が管理する列車しか島に入る手段はない。たとえ列車がハイジャックされて武装勢力が入ってきたとしても、手持ちの武器しかないので戦力はたかが知れている。島内にそれ相応の装備を持っておけば対処できるのだ。

 また、島には一応、港と水上飛行機の発着場があるが、それらはほとんど使われていない。前述のように島全体がカモフラージュされていて、外から来ても全くわからないのだ。

 つまり、侵略などの戦争リスクとは事実上無縁のこの島は、お金や資産を置いておくには非常に安全で、マザー・タートル政府も長い時間かけてそれを諸外国にアピールしてきた。結果として、時代や文化を超えた世界のありとあらゆる資産が集まり、交易、文化、経済の中心地として大きく繁栄するに至った。


 マザー・タートルの発展を支える根幹がタートル鉄道である。タートルトンネルを超え、世界各地とマザー・タートルを結ぶ鉄道である。

 マザー・タートル島内と、タートルトンネルのみ線路を管理し、その先は各国の鉄道に片乗り入れする形で運営されてい。一部、トンネル先も直轄で管理している場所もある。

 この鉄道が特徴的なのはそのトンネルと乗り入れ先の鉄道で、トンネルの長さは5〜10分程度で通過できるものもあれば、今のところ最長は1週間程度かかるものもある。トンネルの先の鉄道も、トンネルを抜けた直後に終着駅の場合や、1週間やそれ以上に走り続ける場合もある。

 列車ダイヤもまちまちで、基本的には1つの目的地に対し1日1便か2便程度だが、10分間隔や、逆に週1便というケースも多数ある。また貨物列車を始め臨時列車も多数あり、常に決まった数の列車が動いているとは限らないのだ。

 それゆえ、車両や乗務員の管理が非常に難しくなる。車両のうち客車や貨車は、そもそも需要に応じて連結数を変えるため多数保有していることから、比較的柔軟に対応できる。しかし機関車についてはオペレーターが必要な他、高額なため多数保有は厳しい。また乗務員のうち、接客を担当する者は専用のロボットを作ることで対応できたが、運転に携わる者など、全てを無人化することは困難だった。

 そこで、数人で一組の乗務員チームを組み、チーム専属の機関車を用意し、融通がきく客車や貨車を牽引して列車の運行ごとに手当てを支払う業務委託方式が採用された。

 繁忙期で供給が枯渇するなど余程のことが無い限り、乗務の行き先や日程をリクエストすることができ、自由に働けるとあってマザー・タートルでは人気の職業である。

 乗務員チームになるためには、免許の取得と、機関車を用意する必要がある。18歳以上であれば誰でも免許を取得でき、機関車も融資を活用すればそこまで苦労せずに用意できる。

 最低1人でも機関車さえあればチームを名乗れるが、その場合、一回の乗務距離に制限ができるため、あまり柔軟には対応できない。最低でも4人いれば制限なくどこまでも対応できる。なお、人数に上限はないが、報酬は機関車1台に対して支払われるため、殆どのチームが4人組である。


 乗務員チームは、毎日数多くの行き先へ旅立ち、そして帰ってくる。そこには幾多もの物語が眠っている。

 この物語は、ある乗務員チームが日々の乗務を通して見た景色を伝えていくものである。

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