帰省-3.意外と変なマスコット柄のお土産って多くね?バイ兄心の声

「そらおめえ、大学さ行ってるだか知んねえけんども。彩花ちゃんのことほっぽっといてどういう料簡だあ?」


 それはもう「お前を絶対に射殺す!」と言わんばかりに目つきを細く、瞼がくっつきそうなくらいに鋭くして詰め寄ってくるもんだから何かと思いきや、

 じいさんから「その名」が飛び出たことで困惑しっぱなしの俺もようやっと理解する。


「……藪から棒に何事かと思えば。ゆうて何年もいなかったって訳でなし、せいぜい数か月程度のことだろ? そもそも連絡は定期的に取ってたしさ」


「んなことを言ってるんでねえ。なげえ休みも来ねえどころか、暮れや正月にも顔出さんとはどういうことだあ?」


「ちょ、じいさん落ち着けって! どうもこうも、単に専門科目の勉強が忙しかっただけでな……」


 なおも、顔を赤らめ唾を飛ばす勢いでまくしたてるじいさんに、俺はどうしたもんかなと頭を掻く。


「……別にどうでもいいんだけど。ひきじい、あれ倒れそうになってるよ? それに後ろから軽トラも来てるみたいだし」


 さてはてと眉を八の字にする俺を見かねてか、隣で静観していた美月が気だるげに口を動かす。

 それまでコンコンと、手持ちぶさたにハンドルを叩いていた美月の人差し指が向く窓の外。なるほど確かに、そこには吹き出す風に煽られぐらぐらと揺れ始める引き戸があった。

 そして美月の言う通り、バックミラーを覗きみればここまでに「ノの字を描くカーブ」を進んでくる軽トラが一台。


「ってかじいさん危ねえぞ?」


「おりゃまあ、よおよお気付かなんだ。すまんすまん」


 そこでようやく、向こうから自分目掛け飛ばしてくるトラックと手前に傾く木戸に気が付いたじいさんは、5歩とかけずに集会場の壁際まで戻る。

 そして、今にもバタンと倒れてきそうな木戸を慌てて押さえに掛かった。

 そんな感じのじいさんに、「……ったくよ」と前髪をガシガシ、さっと助手席を下りた俺は軽トラが来る前にとボンネットを回り込む。

 もう立っているだけでじんわりと染み出してくる汗もそのままに、駆け寄った俺はじいさんとは反対の戸端を押さえるようにしてトラックをやり過ごした。

 こんな、車がすれ違うのもやっとといった狭っこい道を70キロ近くも出し走り去るトラックに煽られ、荷台のブルーシートが思いっきりはためく。

 何気なーく見送っていたそれは、どうやら「リサイクル回収業者」らしくシートの端から明らか「壊れた風の冷蔵庫」や「汚れた電子レンジ」等の家電が覗いていた。


「おう彩人、悪かったない。もうちっとちゃんと立て掛けておけばよかったんだけんど、おらとしたことがうっかりうっかり」


 トラックが去り風も止んだことで、じいさんがふうと胸を撫でおろす。

 いやはや面目ねえ。というわりそこまで悪びれた風もないじいさんに目を戻し、俺はとりあえず外されていた戸をあらよっと持ち上げる。


「そんなことはいいけど、これもう填め直しちまうぞ? 見た感じ油も差し終わってるっぽいしな」


 戸枠のつや感具合からすでに「メンテとやらは終わってそうだな」と判断し、俺は答えも待たずにレールへ引き戸を合わせる。


「それと、いったいいつからここにいたんか知らねえけど。早めに引き上げて涼めよ? もちろん水分もだけどさ。仮にも医療従事者になろうってやつの前で倒れられちゃ困るからな」


「何をいっちょ前にこの……と言いたいとこだけんど、素直に助かったわい。あとは、これだけ片してからそうすっかねえ」


 さっきまでの剣幕はどこいった? と言いたくなる程ひょっこり表情を戻したじいさんは、転がる油さしを拾い上げながら頷いてみせる。


「ああ、とっととそうしてくれ。んじゃまたあとでな」


 今度は、数台の乗用車が向こうからやってくるのを視界に入れて、俺はそれだけ言い残すと助手席に飛び乗った。

 俺が乗り込むのとほぼ同時、先頭の一台が後ろについてくるよりも先に美月がアクセルを踏む。


「あれでも、あんたんちの庭手入れしたり彩花ちゃんのこと気に掛けたりしてくれてたみたいだからね。一応感謝しときなよ?」


「ありゃそうだったんか。まあ、だからこそ安心して離れられてたってのもあるんだけどさ」


 ミラー越し、取っ手下の錠前に鍵を掛ける「じいさんの様子」を伺い見ていると、美月がボソリとそんなことを呟く。

 だんだん小さくなっていくじいさんの背から視線を外して、俺は苦笑気味に肩をすくめた。


 そうこうする間にも、美月のボレロは瓦屋根の連なった民家前をスイスイ走っていく。

 途中カーブミラーのところで左に折れると、垣根替わりの竹林沿いにできた坂を緩やかに上がりだす。

 それからすぐに平面となったコンクリ道を進むとすっかり錆びついた金網・神社の敷地を囲むフェンスが見えてくる。そこには、金網越しに並ぶきんもくせいと今や管理されているだけの拝殿。

 そんな、荒れ果てたとまではいかないが人っ気のない神社の脇をすり抜けることしばし、途端に目の前が開けた。


 微妙にできた傾斜を下り始めるのに合わせ、一瞬俺達を乗せたボレロが沈み込んでいく。

 砂利敷の庭先に入った車体の正面に映るは木造建ての平屋。そして、テニスコート大の庭園左奥には漆喰でできた土蔵とその向かい端、隣接する神社との塀を挟んでそそり立つ一本の杉。

 敷地を境するひび割れたコンクリ塀の横にボレロが止まると、俺はゆっくりとドアを開け降り立った。

 言う程「久しぶり」って訳でもないけど、踏みしめた砂利の感触を確かめつつ目線をずらせば、背丈よりも高い塀の上からは松に隠れ社殿の背面が覗く。


「兄さん、おかえりなさい!」


 ざざっとタイヤが砂利を踏みつけるのを聞き付けて、勢いよく正面に見える一軒家の引き違い戸が開かれる。

 塀向こうから伸びる枝葉の下、全身で「蝉の大合唱」を浴びていた俺はその声に反応しよおと手を上げる。


「ただいま彩花」


 鼻緒に指を通すのもそこそこといった感じでサンダルを突っ掛け俺のところへやってくるは、ほとんど一年ぶりに見る実妹の姿。

 今日までの間「全く顔を見なかった」って訳でもないけど、いつぶりだかに会う妹の彩花は大分大人びて見える。


「美月さんもおかえりなさい」


 たった今、運転席から降りてきた美月にも声を掛けている妹・神咲(かんざき)彩花(あやか)は、兄である俺なんかとは比べ物にならない程整った顔立ち。

 モデル体型のようにスラっとした長い脚に引き締まった腰元。田舎の高校生とは思えないくらいあか抜けた容姿は、くるりとした丸い瞳にお姫様カット。

 フェミニンなピンクのカーディガンにベージュのノンスリットという井出達が、余計に「大人っぽさ」を演出している。

 美月よりもまあ、そのなんだ……多少? 胸元は寂しいものの、我が妹ながら「10人中10人が美少女」と評する程には可愛らしい顔の造りをしている。


「ありがとうございます。兄さんのこと迎え行ってくれて……」


「いいや、気にすることないよ。彩夏ちゃんから頼まれずともどこぞのバカが直接お願いしてきたろうからね」


「おい、まさかどこぞのなんとやらってのは俺のことじゃねえだろうな!?」


「さあ、どうだかね」


 美月はチラッと俺の方を見てから、ニコリと礼を言う彩花に被りを振る。

 そうやって、軽口を叩き合うある種「お馴染みの光景」に彩花からふふっと笑みが漏れた。


「まあ、なんだ。そんなことより早く家入ろうか」


「はい、兄さん」


 ほんと、仕方ないですね。兄さん達は……とでもいうように生暖かい目線を送ってくる彩花に耐え兼ねて、俺はコホンと咳払いをしてから妹を促す。

 連れだって玄関へ向かう俺達の頭上に、揺れる木立と蝉の音色が降り注ぐ。

 俺は帰ってきたことを実感しつつ、誰よりも先に実家の戸を開けた。


 築100年は経とうという家屋の外観は漆喰で、ところどころに見られる傷みはごまかせないものの、中には一度だけリホームを入れてあった。

 複雑に組まれた梁はそのままに、責めて床下に断熱材を敷いてもらうなど「まだ住める程度」には小奇麗さを保っている。

 框を上がると俺の足元に、「これを履け!」とでもいうように置いてあったのは、なんでかキメ顔で忍じゃ刀を掲げるウサギ柄のスリッパ。

 ……どうしてこうも、俺の周りにいるやつのセンスは独特なのか。いや待てよ、もしかしてツッコミ待ちなのか……? などと俺が顔を引き攣らせるその横で、

 残りの2人は当然のように至って普通な「無地のスリッパ」を履いて家中へ入って行ってしまう。

 彩花が用意したってんなら履くしかねえか。としぶしぶそれに足を通しつつ、俺はこっそりため息を吐いた。

 屋内の窓はどれも網戸となっており風通しもよく、埃はおろかピッカピカになったフローリングには塵1つもない。


(じいさんも手伝いに来てくれてるって話だったけど、ここら辺は几帳面な彩花のおかげだろうな)


 持ってきた物と言えばバックパック一個という軽装の俺は、それを脇に置いて茶の間の座布団に腰掛ける。

 俺のはす向かいに美月が座るのを見届けるや、彩花が「冷たい物持ってきますね」と茶の間を後にする。

 廊下でチリリンと鳴る風鈴に交じり聞こえてくる、機嫌のよさそうな妹の鼻歌なんかを耳に寛いでいると、ぼんに麦茶を乗せた彩花がすぐ戻ってきた。


 その後は、そういえばさと思い出したように尋ねる俺に、持っていたぼんを口元に当てて彩花が首を傾いだり、

 ゆったりした時間が流れる実家を満喫したりなんかして、一通り「幼馴染」や「妹」とのひと時を過ごしたその翌日、


「ねえ、兄さん起きてる? なんか警察の人が来てるっぽいんだけど……」


 夢見御心地だった俺を不安そうな彩花の声が呼び起こした。

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