××者サイド 愉悦ノ上
「……ん」
カナカナカナとおてんとさんが上がりだしたことを告げる声に、俺(おら)げは伏せていた顔を正面に戻す。
「どーれ、便所さ行って……」
ぽんやり豆電球の明かりが畳敷きの部屋さ落ちる中、おらは掛けていた片眼鏡を外す。
今朝方も、ってえよりも「まだ晩方なんじゃあないかい?」って時に投函された新聞へ通していた目をおらは上げる。
茶たくに乗っけた明り取りのスイッチをカチッと押すと、豆電球の光さだけとなった茶の間の隅っこには、まだ夜の気配が蟠っていた。
日吉んとこのじじいみたいに、せっせせっせと体も動かせりゃあくっと朝っ頃まで寝てられんのかもしれんけんど、んな元気もないと早くに目覚めていけない。
朝刊に挟まってたマ●トのチラシに眼鏡を乗っけたおらは、腰をトントンたたきよっこいせと立ち上がる。
やおらフラつきかけた足に力を籠めっと、おらはそれでも確かに白みだしている玄関口の方さ向かった。
最近のはやりだか知らんけんども、当然バリアフリー? だかになぞなっとらんおらげの框は2、30センチの段差が二段もある。
自分んちなのにも関わらず、そろりそろりと上がりを降りっと土間に置いてあった突っ掛けを引っかけガタつく戸におらは手を伸ばした。
「おっとっと、忘れっとこだったない」
そこで思い出したように靴棚に立てかけてあった松葉杖をひっつかんで、おらはぐぐっと握りを確かめ重心を預ける。
そして、ようやくガラガラーっと取っ手に掛けた手を引いてみっと遠くの方ではヒグラシに負けじとアブラゼミも泣き始めている頃だった。
もう朝方の、4時を超えたとなりゃあこの季節はすっかり明るい。
おかげで、くっきりと見えるようになった飛び石に突っかからんようにしながらおらはボロ屋を回り込んでいく。
くすんだ漆喰の壁が切れっと、石垣近くに立つ汲み取り便所まではもうすぐそこだ。
んなふうにゆうても、便所の入り口は一段高くなっていて足の悪いおらにとってみりゃあそこに乗るのも一苦労なんだけんど……
それから、用を足し終えたおらは「体が効かんっていうのも困ったもんだねー」とボヤボヤしつつぬるい水で手を洗い蛇口を締めた。
「んだ、畑さでも見に行くかねー」
自由の効かんからだ引きずってお外さ出たんだもん。せっかくだからとおらはびっこを引き引き、便所傍の石垣に取りつけられた潜り戸へ掻きつく。
おらがもたもた体を動かしている内、とっくに上り切ったおてんとさんが今日も曇りない空に顔を出す。
眩しさに瞼をパチクリさせっとおらは今や「食べる分だけの野菜」を育てるだけとなった畑さ向かって足を動かした。
もう卸さなくなって久しいけんど、いくらおらが食べる分だけといってもどうしても余りは出てしまう。
おすそ分けに回るようなわけえもんもここらには住んどらんし、そんでも今はまだ食べきれんもんは郵送で一軒二軒送れっとこがあっからいいけんど……
(アイちゃんもアヤちゃんも、いつまでここにいてくれっか分からんしなあ)
んなことをつらつら考えつつ畑までの草道を歩いてっと、変なもんがおらの目に飛び込んできた。
「あんなとこさ、なんか立ってたかねえ?」
たぶんありゃ、向かいの田代さん。いやあっこはうちの土地か……?
畑の周りさだけ草が刈り取られたそこに突っ立つなんかは、いくらか離れたこっからでもそこそこ背丈があるように見えっけど……
(なんだべ、誰かわざわざカラス避けでも立てたんだろか?」
んなこと頼んだ覚えねかったんだけんども。と小首をかしげるようにして、おらはのろのろと自分の畑さ進んでいく。
「……ひょえ!」
だけんど、だんだん輪郭がはっきりしてきたそれを見ておらは腰を抜かしてしまった。
突いていた杖も放り投げ、反射的におらは尻もちをついたままズルズルと後ろに下がってしまう。
あとで、茶する時にでも田代さんに聞いてみるべ。と誰かがした余計なことはひとまず脇に置き、ただ肥料袋の端がバタバタはためいているだけかと思ってたんに、
メラメラと本気出し始めたおてんとさんの下にあったんは……
制服の背中に突っ張り棒を入れられて、強引に土にそれを埋めることで無理矢理立たされたどっかの学生さんだった。
まるで、テレビん中からでも出てきたんかと思うくらいちっちゃな丸っこい顔には生気がなく、学生服だと分かるそれにはなんでだか案山子さ作る時に使うビニールがぐるぐる巻きつけてある。
んでもそんなんじゃあねえ、確かにそれもびっくらすることではあったけんど。
おらがさらにたまげたのは明らかに普通の死に方じゃあなかったからだ!
そう、それはその仏さんの足元。
どこぞの通販番組で見た覚えのあるたけえバッグの中からはぎっしり詰められた白綿が覗き、その周りには「首にわっかを掛けた藁の人形」が幾重にも散らばっているというせっかく出てきたおてんとさんも「すっこむような有様」になっていたからだった。
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