帰省-2.夕闇に浮かぶ魔法少女カカシちゃんとか、それなんてホラゲ?

 陽炎立つバンパー前を回り込む俺に気付いてか、美月がフロント越しにこれ見よがしなため息を吐いたのが見える。

 助手席側に辿り着く俺には目もくれず、微動だにせぬままだった美月は実に緩慢な動作でリア下に手を掛ける。


「すまん。お望みのものはなかったんだけどさ」


 中からガコッと開錠音が鳴るのに合わせ俺は「これでも良かったか?」と澄ました彼女の顔を伺いながらボレロに乗り込む。

 内心乗せてもらえたことに安どしつつ、俺はエアコンから噴き出す冷房にほっと一息ついた。


「そうかい、どうも」


 素っ気ない返事ではあったが、俺が差し出す水滴のついたボトルをこれといった嫌味もなく美月は受け取る。

 後部座席へ手持ちのタブレットを置いている彼女を横目に、バックパックを下ろした俺はやっとこ質感の良いシートに身を預けることができた。


「シートベルトはしてくれよ?」


「はいはい、仰せの通りにー」


 刺さった空のボトルを下の屑籠に落としてから、美月は完全に緩み切った風の俺に釘を差してくる。

 そうして、もらったばかりのカフェラテをドリンクホルダーへセットする彼女に俺は生返事を返した。

 そうは言えどもそそくさと、俺がベルトをするのを待ってようやく美月は車をスタートさせる。


 有料駐車場の出科、なんとなくコインの投入口に硬貨を投げ入れる「馴染の横顔」を眺めていた俺は、ふと思い立って「ある一点」に目を移した。


(って、さすがにここからじゃ見えねえか。確か春先にオープンしたとかって話だったと思うけど)


 それは、元々「百貨店だった跡地」に建つ此の程まだ営業を開始して半年も経たぬ商業施設。

 優に、200台は止められそうな駐車スペースを挟み建てられた、生活雑貨や食料品を扱う商業棟と別棟に収容されるは飲食店に地域のコミュニティセンター。


(……あれか。スクショで見てたのよりでかいな!)


 邪魔していたビルの間を抜け見えてきた建物の威容に俺はほうとそんな感想を抱く。

 しばし、感心したように俺が「できたばかりのそれ」を見ている隣で徐に美月がドリンクホルダーに手を伸ばす。

 レースの袖口から覗くスラリとした指先でフタを回すと、こくんと一度だけ喉元を嚥下し口を開いた。


「どうやら、別棟にある喫茶店のナポリタンがおいしいって話だよ。なんでもオープン仕立てに見合わず、昔ながらの雰囲気に素朴な味が評判とのことだ」


「へえ、そいつは彩花と来てやんなきゃだな」


 バッチリ俺の目線を追っていたらしい美月が、さりげなくそんなことを教えてくれる。

 それから数分、前後にトラックを付け走る車内に沈黙が降りる。しばしの間、合流した国道を流していると、不意に美月は左のウインカーを上げた。


 俺達を乗せたボレロは、角を折れただけにも関わらず途端に車一台ともすれ違わぬような旧道へと入っていく。

 そんな街道を道なりに進むと、やがて錆びの浮いた遮断機が下りる踏切へと差し掛かった。

 誰ものっていない二両編成車をやり過ごし渡ると広がるのは、見渡す限りの田園地帯。

 朱色が差し出す空の下、揺れる稲穂というのは絵になるがところどころ「廃田」が見受けられるあたりどことないもの悲しさを感じる。

 ガキの頃からあまり変わり映えのしない景観であるとはいえど、つい侘しさを覚えずにはいられない田畑を見回していると、


「っていうかカカシ? カカシ、だよな……?」


 もはや、目新しさなどない景観を見渡す俺の目が、突然ある一か所へ吸い寄せられる。

 よく見れば「それ」は1つに留まらず一定の間隔を開けて置かれてあるようだった。


「どうも地元の(うちの)小学校で作った物みたいだよ」


「ああ、そっか。稲作体験的な?」


「そうらしいね。総合学習の一環としてカカシを製作したみたいだよ。もちろん、ここら辺の農家に協力してもらってのようだけど」


 美月が説明をしてくれる合間にも、俺がはてな? を浮かべていたそれの一体。カカシが車窓を過ぎ去っていく。


「俺らも農業体験で田植えとかやった記憶あるけどさ。でもカカシなんて作ったっけ?」


「確かに、私らの時は田植えぐらいしかやらなかったはずだけど。今や生徒数も、農家を続けてるじいさんばあさんの数も減ってるからね」


 なかなかどうして、田植えから稲刈りまでの工程全てに触れさせてあげられる余力はないんだろう。とここ数年で深刻化する過疎化の影響に、ハンドルを握る美月が肩をすくめる。


「その代わりの体験学習を。という意味合いもあるみたいだけどね、カカシの手作りを通してじいさんばあさんに子供の顔を覚えてもらおうっていうのもあるみたいだよ」


「まあほんと、ただでさえ人いねえからな。そこらのジジババに顔だけでも覚えてもらった方がちっとは防犯にもなるか」


 にしてもさ。と俺はずっとツッコみたくてうずうずしていたことを頷いてから言う。


「まだストッキング再利用してるのとかは分かるんだけど……何あれ、なんか普通にカカシがコスプレしてね?」


「初めは、ビニールや肥料袋を使ってよくあるカカシを作ってたみたいなんだけどね。だんだん子供達が遊び始めたようで、そのまま自由にさせてたらいつの間にかこれカカシ? クオリティたけーなオイ。っていうのができあがっていたそうだよ」


 それでまあ、せっかくだからとできた物は全部畑や田んぼに設置することにしたそうだ。と苦笑する美月の言う通り、ありふれた一般的なカカシも散見されるのだが、

 中には制帽をかぶらせた警官風の物から戦隊ヒーローっぽい物。それにまあ、よく作ったなと感心したくなるようなこった衣装の魔法少女カカシまでいた。

 もはや、カカシとは……? という様相を呈しているし、変に凝りすぎてて「畑の真ん中にいる魔法少女」とか違和感どころか不気味な感まである。

 それでも、ちゃんと? 鳥よけの役目は果たしているようだったが、


 そんなひらひら衣装の、間違っても夜になんぞ見た日にゃ「卒倒すること必死な魔法少女かかしちゃん」数体に見守られながら、田んぼの合間を抜けると現るは地区の集会場。

 こちらは、地元消防団の詰め所脇に併設されたもので他に軒を連ねる一軒家同様ひどく年季を感じる趣だ。

 しっかしそう見えるのとは反対に、ずいぶん管理は行き届いているらしく埃っぽさや薄汚れた感はない。

 これもまた、物心ついた頃からぱっと見変わりのない屯所・集会場の建物が迫ってくると、入口の引き戸下にしゃがみ込むカーキの作業着が目に入ってきた。


「あれって、火吉爺(ひきじい)だよね?」


 それが見知った老躯の背であることに気付いた美月は、運転席側のリアを下げて「何やってるんだい、こんなところで……?」と呼びかけ車を減速させる。

 その声とエンジン音に反応して老人がよっこいせと立ち上がった。


「んだあおめえ? 誰かと思えばよ。美月ちゃんじゃあないかい!」


 ちょうど集会場の手前、美月が路肩に車を止めたところで額に浮く汗を手ぬぐいでふきふきじいさんが振り返る。

 腰も曲がらずしゃんと立つ姿は180程もあり、齢80であることを刻むように頬周りやこめかみのしわは目立つものの、眼光鋭くその体躯は大樹を思わせる。


「そりゃあ見ての通り私だけど。……じゃなくてね、こんな殺人級の暑さの中何をしてるんだい? まさか一足先にお迎えに来られたいって話じゃあないだろう!」


「何っておめえ、そら屯所の点検をだな……んにしてもお迎えときたもんだ。確かに、明後日っから盆様だけんど。まだまだおらもご先祖さんに連れてかれる訳にゃあいかんよ!」


 下げたウインドウから容赦なく入り込む熱風に思いっきり眉を顰めながら、美月は棘半分呆れ半分といった調子でそのじいさんを窘める。

 美月からの心配。というよりも、もはや批難交じりの語調を向けられた「ひきじい」の愛称で親しまれる火吉(ひきち)太蔵(たいぞう)じいさんは、咎める美月をどこ吹く風と笑い飛ばす。

 そうやって、かっかと笑むじいさんの後ろには褪せた白塗りの壁面とそこに外して立て掛けてある集会場の引き戸。本来、その戸が填まっていた木枠は現在ぽっかりと空いており、枠組みの向こうが丸見えとなっている。


「全く、どうしてこうもうちの年寄りどもは……」


 せめて、水分ぐらいは摂ってもらいたいものだね。とお小言ついでに深いため息を吐いてから、美月はこの炎天下でじいさんがやっていたそれに目を止める。


「さしづめ盆の集まり用にメンテをしていたってところだろうけど?」


「んだから言ったろ?点検してっとよ?」


 動けるもんが見てやんねえとしゃあんめ。と言うじいさんのそれが本当に仕方ないことなのかは置いといて、運転席のサイドミラー近くまで寄ってきたじいさんの背後、

 すっかり屯所奥の簡易キッチンまで見通せるようになった戸枠の端には、今の今まで滑りを良くするために用いていたらしき油さしが転がる。


 作業の手を中断し車内がよく見れる位置まで来たじいさんは、ようやく美月の隣に座す俺の存在に気が付いたようだった。


「ありゃおめえ? 彩人じゃあねえか! こんの、やっとこさ帰ってきおってからに……」


 ただでさえ、人を射殺せそうなほどの目元を細くしてじいさんが助手席側にズンズン迫ってくる。


「ったく、こんの彩人! 全然顔見せんもんだからなんかあったかと思えばよ!」


「よお、じいさん。相変わらずピンピンしてそうだな」


「んなこたあどうでもいい。彩人おめえ、どういうつもりだ?」


 肩を怒らせわざわざぐるっと回ってきたじいさんから発されたのは、あからさまに俺を責める物言いだった。

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