帰省-1.それが一年ぶりに帰ってきた幼馴染への仕打ちかよ!?
ジメジメもムシムシもしない分、福島県の南東に位置し太平洋に面する「いわき市」は真夏の空気もカラッとしていて比較的過ごしやすいくらいだ。しっかしまあ、そうは言っても……
「暑い!」
それでも、医学部のある県北部。山々に囲われた盆地の茹だる暑さに比べれば断然ましではあるのだが、
県を構成する三つの地方の仲でも、浜通りに属する「いわき市」は暖流と寒流の兼ね合いで一年を通しての寒暖差が少ない。
とはいえ、いくら「浜通り」なんて言ったところで今俺が降り立ったのは市の中心部。例え利用客以外には人が閑散としていても、曲がりなりにも主要駅のバスターミナルだ。
「うげ、余裕で35度超えてるよ」
ひっきりなしにとはいかないものの、10数分置きくらいにはバスの出入りもあればオフィス街やビジネスホテルもちらほらと散見されるようなコンクリート郡。
そりゃまあ、政令指定都市とか人口過密な都市みたいに都会だ。なんていうつもりは毛頭ないが、駅ビルの大型ビジョン横に設置された温度計は今日の駅前が猛暑日であることを示していた。
(んで、どこに止めたって言ってましたかね?)
バスを降りた直後からじんわりしみ出す汗に眉を顰めると、手で庇を作って一度だけ西の空を仰ぎ見る。
もうすぐ夕方だというのにも関わらず、これっぽっちも紅の差す気配がない陽を振り仰いでから俺は日傘をさしバスを待つ人達の脇をすり抜けた。
(確か、いつもの有料駐車場って書いてあった気がするけど。っていうか、なんであいつはわざわざe-mailで送ってくるんだ?)
らしいと言えばらしんだけど。と苦笑しながら独り言ちた俺は、渡ろうとしていた横断歩道が赤だったのをこれ幸いとスマホを取りだしメールアプリを呼び出す。
そう、何を好き好んでなのかは知らないが、俺を「迎えに来てくれているはずのそいつ」は物好きなことにもメイン端末としてガラケーを愛用しているのだ。
いやいや、何をおっしゃる。さすがに3G回線はサービス終了してるっしょ! と思うかもしれないが、実は大手キャリアの1社は26年まで3Gの提供を続けるとしている。
アイホンにアンドロイドと渡って何故にガラケーに辿り着いたのかは謎だけど……
どうやら、その幼馴染いわく「手の平にフィットするちっちゃくて丸っこい感じがかわいくて良い」とのことらしい。
とは言えド、さすがに2年もしないで切れてしまう3Gではなく4Gのガラケーを使っているようだった。
……いや4Gのガラケーってなんだよ!? と本日何度目かのツッコミを入れたくはなるものの、22年には新機種が4つも出ていることを見るにニーズは未だ健在なんだろう。
「何々。オッケー、やっぱお馴染みコンビニ脇のとこね!」
そんな「一風変わった幼馴染の嗜好」は置いといて、俺は件名すらなく待ち合わせ先が記載された本文に改め目を通す。
確認を終えたスマホを尻ポケットに戻しつつ、信号が青になったので俺は横断歩道を渡る。
その直前から見えていたコーヒーショップとコンビニの前を過ぎると、メールで指定された駐車場の看板が表れた。
(ほんと、降りてからすぐの駐車場で助かった。炎天下の仲長いこと歩かされんのは嫌だったしな)
ざっと10台程度しか止められなさそうな敷地に入るや否や、それはすぐに目に飛び込んできた。
ほぼ満車といった駐車場の片隅に、ピンク×ホワイトのツートンでまとまったボレロが一台。
他の地味でメタリックな普通車とは違い、一目で幼馴染が乗るそれだと分かる。
額ににじむ汗を手の甲で拭いながら、俺は早く冷房の効いた車内に入れてもらおうと運転席側の窓をノックした。
「……ありゃ。美月、さん?」
思いの外、硬質な鈍い音が響いたウインドウの向こうには、サンバイザーを下ろしタブレット片手に寛いだ風の人物。
やや面長の顔に額までもを隠すウルフカット。スッと通った鼻筋にキリリと意志の強さを感じる瞳。
ベージュよりの白いカーディガンの上からでも分かるほど豊かな双丘に、ロング丈のオフホワイトワンピースを着た彼女こと浅倉(あさくら)美月(みつき)は、一見近寄りがたい印象を抱かせる。
白くスラリとした指先の動きからしてたぶん、電子書籍なんぞを読んでいるように思えるが、
「あのー、もっしもーし。お待たせしました美月さん、神咲の彩人さんですよー」
窓を叩いても反応してくれない幼馴染に、もう一回呼び掛けながら俺は伝う汗をうっとおし気に払った。
どう考えても俺の声が届いてるであろう美月(こいつ)は、見た目にも憎たらしい程整った相貌の眉をピクリともさせない。
統一感のあるシートを損なわないようあしらわれたダッシュボードに視線を投げてみると、置かれてあったのはくだんのガラケー。
もう10年以上前のデザインと昔ながらのそれには、これまた変な趣味? というかくまさんのストラップがぶら下がっている。
それだけ聞くと可愛らしく思えるが、そのストラップはサムズアップを決めたくまがニヒルに笑っているというなんともシュールな代物。
一ミリも気付いた素振りを見せない美月(こいつ)のことも相まって、なんだかこちらをニヤリと見つめながら笑むくまにだんだん腹が立ってきた。
「……コホン。えーと私目先ほど帰ってきたばかりなんですけど」
「………」
「何か気に障るようなことやらかしましたっけ?」
「……………」
「その、なんかすんません。もう暑いんです限界なんです!」
イライラに比例してジリジリと苛んでくる日差しに耐え兼ねて音を上げたのは俺の方だった。
「……どちら様?」
もはや、ガラスをゴンゴンと叩かんばかりの俺に、ようやく身じろいだ風の彼女は嫌そうながらもため息を吐いてからそのウインドウを5センチ程下げる。
瞬間漂うミルキーなリンスの香りと流れる冷気に眉じりを下げると、ちょうどその隙間から胡散臭げに見返してくる瞳と目が合った。
「いや、どちら様って。ずいぶんなご挨拶だな?」
「はて、おあいにく様。私は馴染みの妹ちゃんに車を出してあげて? と頼まれたから、その兄に当たる者を拾いにきただけなんだけどね」
「その兄が俺な訳でしょうが!?」
長いまつ毛の下から覗く瞳をジト目にして、不承不承というように宣う美月の態度に俺は思わず天へと拳を突き上げる。
が、そんな気力も奪い去るような暑さを思い出しすぐさま腕をだらりと垂れた。
「はいはい、どっかの誰かの妹の頼みだから仕方なく、ほんとにやむを得ず車を出してくれたのは充分分かりましたから! どうか涼しい車ん中に入れてもらえませんでしょか」
容赦なく差してくる直射日光に疲弊しそうになっていた俺は、手を擦り合わせながら頭を下げる。
そんな拍子、見覚えのあるボトルが刺さったドリンクホルダが視界に入ってきた。
ちょうど、空になりかけているペットボトルには美月が確か、高2の夏頃から愛飲しているはずのティーラテ。
「飲み物ですね!」
分かります買ってきます。と返事も待たずに俺は、機嫌を直してもらおうと元来た道を引き返す。
なんだかウインドウ越しに「おい、ちょっと。別に私は……!」と美月の声が聞こえたような気もするが、そんなの知らんと俺は素通りしてきたコンビニ・ミニ●プに急いだ。
たった数分であれど、猛暑日のコンクリの上で蒸し焼きになる趣味はない。ってか、1分1秒でも早く涼むためにも俺はコンビニに駆け込んだ。
「ふう、生き返る!」
店内に入った途端、全身を包み込むひやっとした空気に肩の力が抜ける。
一瞬「涼みがてら立ち読みでもしてこっかな?」という誘惑にかられたが、これ以上美月のジト目が「究極ジト目」になる前にと雑誌コーナーからボトル売り場に足を伸ばす。
「って、ティーラテないじゃん! 仕方ない、カフェラテで我慢してもらうか」
お目当ての物がなかったので同じメーカーのカフェラテを2本掴むと、俺はわき目もふらずにレジへと進んだ。
会計を済ませ俺は店員の「ありゃしたー」と気の抜ける声を背にしながら自動ドアを潜り抜ける。
今買ったばかりのカフェラテを後ろ手にバックパックへ投げ入れて、俺はそういえばと店内を振り返った。
(ミニ●プがある方に消えてった気もするんだけど)
でもまあ、けっこう時間も経ってるし。と浮かんだ益体のない思考を打ち切って、さして気に留めることもなく俺は一刻も早く「美月のご機嫌取り」に戻るのであっった。
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