Over-Lync ~変性と××のUncontrollable~

緑ノとと

おかえり、廃れた夏と夢の痕

 ――×号機の「水素爆発」はかなり高い。規模が大きい、それから黒煙も上がっているということです。


『兄、さん』


 ――上空の「放射線量」をモニタリングして検討した結果、ヘリコプターによる上空からの投下作業を一機につき40分と定めています。なお、自衛隊は水の投下作業を繰り返すとともに、投下できる容器を搭載した後続機を現地に向かわせ作業を継続するとしています。


『……兄さん! みーちゃんが、みーちゃんが!?』


 ――本日未明、双葉郡広野やいわき市北部などで火球が観測されました。確認された火球(隕石雨)は宵の明星が上る西の空を過るようにして落下し、「点在する民家」や「送電施設」に被害を齎したとのことです。なお、飛来した落下物により複数の死傷者が出ているといった情報も入っています。


★★★


「……?」


 うつらうつらと船を漕いでいた俺は、ポポポーンという間延びした電子音に肩をビクッと跳ねさせ起きる。


「本日は、いわき行きの高速バスをご利用いただきまして誠にありがとうございました。間もなくいわき駅、いわき駅でございます」


 続く耳慣れた「停留所が近付いたのを知らせるそれ」を聞くとはなしに聞きながら、朧げな夢の残滓を振り返る。


(なんでこれまた。ってそりゃ、分かり切ったことか)


 さほど考えるまでもなく「帰ってきたからかね? 久方ぶりに……」と独り言ちた俺は、長らく同じ姿勢で凝り固まっていた首を回すと手元の参考書に目を落とす。

 多少、黄ばんだ感のあるページ半ばに書かれた「その分泌を調節する視床下部の放出因子と抑制因子」の一項をチラッと見てから、色褪せた風体に「生理学」の題が印字された冊子を膝の間で挟んでいたバックパックに放り込む。


「お降りの方は、お近くの降車ボタンで乗務員へお知らせください。お降りの際はどなた様も、お忘れ物落とし物のないようご注意ください。またバスが……」


 一応いわき駅よりも先にまだ1つ停留所が在りはするものの、実質「主要駅のいわき」で降りる乗客がほとんどということで一瞬「誰が赤い降車ボタンに手を伸ばすのか?」と辺りを伺う雰囲気が流れる。

 そんな、トクントクンと脈打つ鼓動が聞こえてきそうなくらいわずかに静まる車内の空気を断ち切るように、俺が頭上でぼんやり光るボタンに腕を伸ばすと、ピッという軽快な音に合わせ再び車内へアナウンスが響く。

 ざっと10人程はいる乗客達の意識が降車ボタンから反れたのを感じながら、浮かせていた腰を下ろしつつ俺は車窓に目を移した。


(あれって確か、彩花の……?)


 シートにやれやれと座り直す折、車体が緩やかに滑り込んでゆくバスターミナルを眺めていた俺は、ちょうど「見知った人の影」を視界に収めたような気がした。

 学校にでも寄った帰りなのか、さすがに俺も制服だけではそう思わなかったろうが左手に下げられたあの「フリル付きの猫さん柄ポシェット」は、記憶が確かなら妹の友達が大事に使い古している物のはず。


(たぶん制服も皎葉のっぽいから間違いはねえと思うんだけど)


 ただ、何故だか目を引いたのはその娘が持っている猫ちゃんポシェットとは反対の手にぶら下がる明らかブランドものと分かるそれ。幾度か下校中の姿を見掛けたり彩花と遊んだりしている時には見た覚えのないバッグだから、余計目についただけかもしれないが……


(しっかしまあ、ずいぶんと高級感ありそうなバッグだな)


 ぱっと見どこからどう見ても「一介の学生」には釣り合わないバッグをチラチラ気にした風に横断歩道を渡るその娘の背を、俺はついつい目線で追ってしまう。

 挙動不審気にコンビニ方面へと急ぐ妹の友達の姿は控えめに言っても大分目立っていた。


「おっと!」


 そうやって、窓際に身を寄せ彼女の動向を追っていると、停車の振動でベルトで押さえつけられていた身体がぐらっと揺れる。

 それで、ようやく我に返った俺は、足元のバックパックを慌てて引っ掴むと早くも降り行く乗客の列に並んだ。

 プシュッと気の抜けるようなドアの開閉音がした途端、カラッと乾いた地元の懐かしい熱風が頬を撫でていくのを感じ「帰ってきたんだな」と思いつつ、


 そう、8月11日。入り盆準備の前日に、県立医大医学部2年の俺こと神咲(かんざき)彩人(あやと)は、約一年ぶりに帰郷した……。

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