2023.6.7 レモンティー

「今度一緒に旅をしませんか?」


 私たちならどこまでだって行ける気がした。だって、どこまでも行ける切符を持ってるから。


 見上げた夜空には星が浮かんでいた。


 銀河、別名「天の川」を渡って、副店長はこの夏私に会いに来てくれるらしい。






 もうすぐ閉店のバーあめにじで私はあるウェブ小説を読んでいた。


 これは……!


 すごいことを発見したぞ!


 私はすぐに副店長を呼ぶ。


「ふくてんちょー!」


「店長、どうしました?」


「ねね、副店長の新作『爽やかなのにふわふわガール』に出てくる女の子って私じゃない!?」


「そうですよ〜」


「やっぱり! でも、私の話し方ってこんなんだっけ?」


「はい、そのまんまです」


「えー。語尾こんなに伸びてる?」


「いつも『いらっしゃいませぇ』って言ってますよ」


「もぉーバカにしないでぇ」


「ほら、今だって」


 副店長がまにまにと笑う。


「店長だってそうなってるかもしれないよ! ほら、私がお客さんだと思って挨拶してみて!」


 私がそう言うと副店長が息をすうっと吸って爽やかな笑顔を浮かべ、


「いらっしゃいませ!」


とはきはきと私に挨拶した。


「さすがふくてんちょ! はきはきとしてよく通る良い声だね」


「ありがとうございます。そんな褒められたら照れますよ〜」


「ねえ、間違えてたら悪いんだけど、もしかして剣道経験者だったりする?」


「うえええ!? なんで分かるんですか!」


「いやー、良い声してるからさ」


「よく分かりましたね!」


 副店長が目を丸くして驚いている。


「剣道って、めーん、のやつだよね?」


「そうですよ」


「めーん、って言ってみて」


「めーん!」


「あははっ」


「何笑ってるんですか」


「副店長って面白いねぇ」


「店長も負けてないですけどね」


 私たちが話しているということはお客さんが来ていないということ。閉店まであと5分だが、ラストオーダーの時間はとっくに過ぎてしまっている。今日はもう店を閉めてしまおうか。


「閉店でーす」


 私は「OPEN」の札を「CLOSE」にひっくり返した。


 すると後ろから副店長に呼ばれた。


「店長」


「なあに?」


「お腹すいてます?」


「ぺこぺこよ」


「じゃあ一緒にハンバーガー屋行きません?」


「行くー!」





 そして私たちはハンバーガー屋に来たのだ。


「店長のおすすめあります?」


「私のオススメはこのチーズバーガー!」


「じゃあそれにします」


「私もこれにする!」


「おそろいですね」


 私たちは注文を済ませるとテーブル席に向かい合って座った。感染症対策のための薄いアクリル板が私たちを遮る。


「この……キュ……なの……ですか?」


「聞こえないよ〜」


 私が困った顔で聞き返すと副店長は声を大きくしてくれた。


「このキュウリみたいなのなんですか?」


「ピ、ク、ル、ス」


「へえ! 知りませんでした!」


 声が聞こえにくいのがもどかしい。

 私の声もきっとうまく届いていない。


 こんなに近くにいるのに遠い。


 近くにいるみたいなのに、アクリル板のせいで遠い。


 私がしょんぼりしていると、副店長が私に話しかけた。


「今度一緒に旅をしませんか?」


 しゅわしゅわと何かが弾けた。


 私たちならどこまでだって行ける気がした。だって、どこまでも行ける切符を持ってるから。


 窓越しに見上げた夜空には星が浮かんでいた。


 銀河、別名「天の川」を渡って、副店長はこの夏私に会いに来てくれるらしい。


 やっと会えるね。


「ぜひ、一緒に旅をしましょう」





「副店長はドリンク何にしたんですか?」


「レモンティーです」


「……私もです!」


「たまには酸っぱいのもいいですね」


「甘酸っぱい青春だねえ」


「まるで僕たちみたいだ」


「え?」


「なんでもないです」


 副店長がストローでレモンティーをすする。


 なんとなく、副店長が照れているように見えたが、私は見なかったふりをした。


 いつもと違うバーあめにじの夜だった。




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