2023.5.25 どんぐりコーヒー

 今日もバーあめにじは相変わらず閑古鳥が鳴いている。私はグラスを磨くのをやめてグラスをカウンターに置くと、ぐーんと背伸びをした。


「あーあ、今日もお客さん来ないよーひまひま」


「僕は”貸切ばめにじ”も好きですけどね?」

 

 副店長は私も見てまにまにと笑うと、私が途中で磨くのをやめたグラスを手に取り、磨き始めた。


「あ、ありがと」


「いーえ」


 グラスを磨く副店長の姿を横からぼけーっと眺めていると違和感を抱いた。いつもと何かが違う。何だろう……あ。


「ちょっと! 今日のエプロン小学校の家庭科で作ったやつじゃない? ドラゴン柄じゃん」


「あ、これかっこよくないすか?」


「ええー……。服装自由だとは言ったけどさあ」


「店長も小学校の家庭科で作ったエプロンにしましょうよ。店長は何の柄だったんですか?」


「くまだよ! 何か文句ある?」


「何怒ってるんですか。へんなの」


 今日もそんなやりとりをしていると、カランカラーンとベルの音が鳴った。お客さんだ!


 私はサボっていたことをお客さんに悟られないように、店長からグラスを奪い何もなかったかのようにグラスを磨き始めた。(副店長ごめん!)


「(ちょ、店長何するんですか!)いらっしゃいませ〜」


 副店長は慌てて私に耳打ちしたが、すぐに営業スマイルに表情を切り替えた。いつの間にその表情身につけたのかしら。ふふ。


 私も副店長に続いてお客さんに挨拶するためにドアに目を向けた。


「いらっしゃいませぇ……って4人も!?」


 私たちと同い年くらいの男性1人と女性3人が店内に入ってきた。4人ともなぜか名札を付けている。


 副店長がバタバタと足りない分の椅子をカウンター席に並べた。


「いやー、この店いつも客が来ないもんでね。椅子あんまり出てないんですよ」


「しっ! 副店長! そんなこと言わないの!」


「さあ、どうぞどうぞ」


 副店長が席を案内すると4人が店内をきょろきょろ見渡しながら座った。

 

 左から、陰枯、枯葉、枝石、すけかと書かれた名札を付けている。


「メニューでございます」


 こんな私だって一応店長だからお客さんが来れば丁寧に接客をするのだ。


 4人にメニューを差し出す私を見て副店長がまにまにと笑っている。


「(ちょっと! 何笑ってるのよ!)」


「(いや、何か面白くて)」


「(もぉー)」


「(牛ですか?)」


 副店長と小声で話をしていると、男性から「店長、お願いしまーす」と声をかけられた。


「何にいたしますか?」


「砂糖水で」


「珍しいですね。注文したの、あなたが初めてです」


「砂糖水って珍しいので気になりました」


 陰枯さんは注文を済ますと、スマホを手に取り何やらアプリをダウンロードし始めた。


 その様子を見ていた副店長が陰枯さんに尋ねる。


「なんのアプリですか?」


「マッチングアプリです。僕の名前、マッチングアプリっていうんですよ。ちなみに苗字は紅谷。名前に合わせてマッチングアプリ入れてみようかなって思って入れてみようと思って。まあ、すぐ消しますけどね」


 するとすけかさんがお腹を抱えて笑い出した。


「センスありすぎです! ……あ、私はどんぐりコーヒーがいいです!」


「どんぐりコーヒー!?」


 副店長が目を丸くして驚いている。


 するとすけかさんがどんぐりコーヒーについて説明し始めた。


「どんぐりでコーヒー作れるんですよ。まずはマテバシイっていう種類のどんぐりが必要で、渋みを取らなければいけません。それから……」


 その様子を見て枯葉さんがくすくすと笑い始めた。


「すけかさんラジオ向いてそう。陰枯さんとやってみたらいいんじゃないですか? あ、私は普通のコーヒーでお願いします」


「その勝負、乗った」


 陰枯さんがすけかさんとエアグータッチをすると、枝石さんが私と副店長を見て言った。


「お2人もよくラジオやられてますよね?」


「うん! やってる!」


「枝石さんは何にいたしますか?」


「私も枯葉さんと同じで普通のコーヒーにします」


「かしこまりました!」


「え! 私だけどんぐりコーヒー?」


「ちゃんとご用意できるので大丈夫ですよ」


 私がそう言うと副店長が「どんぐりコーヒーなんて店にあったかなあ……」と不思議そうな顔をした。


「みなさんどうして名札をつけているのですか?」


 私が4人に尋ねると、枝石さんが話し始めた。


「今日、小説書きが集まるイベントがあったんです」


「そうそう、そこで僕達出会ったんだ。まあ電話とかテレビ通話で話したりはしてましたけど」


「じゃあ初対面ってことですか?」


 副店長が尋ねると、


「まあ、ほぼそんな感じです」


と陰枯さんが答えると枝石さんに話しかけた。


「枝石、初ビデオ通話でぬいぐるみ抱っこしてたよな」


「してたしてた。あれ可愛いでしょ」


 そんな感じで4人が話しているのを聞きながら私はドリンクを用意し始めた。途中から副店長と4人に混ざって会話に花を咲かせていた。


「私この前遊園地行ったんだけどジェットコースターと噴水間違えた」


「枯葉さんのエピソードって面白いよね。いつも呟くこと面白くて好き」


 今日のバーあめにじは賑やかだ。


「お待たせいたしました」


 私はミルクティーを4杯カウンターにことんと置くと、4人のわいわいとした声がざわざわとした声に変わった。


「え、僕が頼んだの砂糖水ですけど……」


「どんぐりコーヒーは?」


「コーヒーにしては色が……」


「これミルクティーじゃない?」


 副店長が笑いを堪えている。


「ミルクティー。飲みたそうな顔をしていました」


 私がお決まりの台詞を言うと副店長が笑いを堪えきれなくなって吹き出した。


「僕、元々このバーの常連客なんですけど、何を頼んでも初回はミルクティー出されるんです。美味しいのでぜひ飲んでみてください」


 4人は、ふうんと不思議そうな表情を浮かべながらカップを手に取りミルクティーを啜った。


「え! 美味しい!」


「上手いな……」


「美味しい〜」


「美味しいね!」


 私は美味しそうにミルクティーを飲む4人の様子をにこにこ眺めていた。



「ありがとうございました! また来ます!」


 4人が帰ると副店長がカップを洗いながら私に、


「どんぐりコーヒーってバーあめにじにあるんですか?」


と尋ねた。


「あー、そんなのないよ」


「え!?」


「秋になったらどんぐり拾いに行こっか」


「は、はい! そうしましょ!」


「やったぁ」


「相変わらず、店長の声はもちもちしてますね」


「そう?」


「もっちもちです」


「今日はたくさんお客さんが来たね」


「”貸切ばめにじ”も好きですけど”賑やかばめにじ”もいいものですね!」


「そうだ、私達も小説のイベント参加してみる?」


「いいですねー。本作っちゃいます!?」


「やりたい!」


 


 ここは、とある街角にある飲食店。


 眠いのに寝たくない。朝の光は眩しすぎる。


 そしてここは、そんなあなたの居場所。


 今日も店内に二人の声が響く。


 「いらっしゃいませぇ」




 

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