2023.4.2 アイスクリーム
「副店長、来ないなぁ」
副店長に新メニューを試食してもらおうと思っていたのに、副店長が来ない。
「もういい、1人で食べちゃお」
私がスプーンを手に取った瞬間、カランカラーンという音とともにドアが開き、副店長が息を切らしながら入ってきた。
「店長! すみません!」
「ふくてんちょ〜! ……って、あれ、『ふわふわなのに爽やかガール』でも遅刻してなかった?」
「すみません、長引いちゃって」
そう謝る副店長はいつもより大人っぽく見える。4月になったからだろうか。3月までの副店長とは何かが違う。何が違うんだろうか。
私が、うーん、と考え込んでいると、副店長がジャケットを脱いでハンガーにかけた。
「あ! スーツだ!」
「似合ってますか?」
「似合ってる! ネクタイ結べるのすごーい。私結べないや」
「練習したんです。一時期は私服でもネクタイ付けてました」
「おっしゃれ〜。そして、今日はお疲れ様!」
「ありがとうございます! それ、新メニューですか?」
「うん! 食べて食べてー」
「いただきます!」
少し溶けかかった2種類のアイスクリームが交互に副店長の口に入っていく。
私も、棚からスプーンを取り出し抹茶とチョコミントを味わう。
美味しい。
しかし、皿に乗ったアイスが無くなっていくほど、胸につかえたものがどんどん大きくなって苦しさが増していく。私は耐えきれず、副店長の名前を呼んだ。
「副店長、もしかしてもうバーあめにじ辞めるんですか?」
いつもはジャージでメガネの副店長が今日はスーツでコンタクトだった。バーあめにじは時給が低い。金欠な副店長は他のバイトを始めるために面接に行っていたのではないか?
副店長の顔を見れなくて俯いていると、副店長が優しく笑った。
「辞めませんよ。僕はこれからもバーあめにじの副店長です。」
「ほんとに?」
「本当ですよ」
「じゃあ、今日スーツなのはどうして?」
「4年間、新しい場所で過ごすんだ」
そう話す副店長はいつにも増して大人びているように見えた。
きっとそれは、スーツのせいじゃない。
これから何かに挑戦しようとしているその目はとてもキラキラして見えた。
「4年間、何をするのかは分からないけど、私は副店長のことずっと応援してるからね。あと、たまにはバーあめにじ来てよね? いや、たまにはじゃなくて毎日がいい。時給上げるから!」
「店長のことも応援してますよ。店長も、確か4年間ですよね? これから旅をするとかなんとか」
「うん。旅に出ることにした」
「どこに行くんですか?」
「秘密! あと、旅って物理的な移動のことを指すとは限らないよ!」
「あ! 店長お得意の比喩ですね」
「ふふ、さっきまでミルクティーの気分だったけど、もうミルクティーの気分じゃなくなったよ」
「僕もアイスティーの気分です」
私たちは狭い店内の中で笑いあった。
ストレートティー。
ココア。
ミルクチョコレート。
ドラゴンフルーツ。
ガトーショコラ。
クリームソーダ。
そして、抹茶とチョコミントのアイスクリーム。
12月末から今まで、バーあめにじは様々な新メニューを生み出してきた。
……この流れは最終回?
なーんてね。
そんなわけないじゃない。
バーあめにじはこれからも新メニューを生み出していきますよ。
眠いのに寝たくない。朝の光は眩しすぎる。
誰だって、そんな日はあるでしょう?
バーあめにじは、そんなあなたの居場所なんですよ。
これまでも。これからも。
バーあめにじはそんなあなたに寄り添っていきます。
「店長! 桜の花びらが!」
窓から1枚の桜の花びらがそよそよと風に吹かれて店内に入ってきた。
まるで小説のような展開に私は思わず笑ってしまった。
「店長何笑ってるんですか?」
「なんでもない!」
すると副店長もつられて笑いだした。
「副店長だって笑ってるじゃん!」
「だって、店長が笑うから!」
どこかで聞いたことのあるような台詞が店内に響いた。
単純な私たちは、まるでザラメだけでできた綿菓子のようだ。
「ふくてんちょ、今年度も、バーあめにじをよろしくね。赤字にならないように頑張ろ!」
「頑張りましょ!」
バーあめにじを春の空気が包み込む。
冬だった季節が、いつの間にか春になっていた。
「ブランコの季節だねぇ」
「そうですね」
「きっとこれから行き先に迷うことがあると思う。でもね、ゆらゆら揺れていいんだよ。ゆっくり決めていけばいいの」
「店長、たまには良いこといいますね」
「たまには、ってなによ」
「あ、なんでもないです!」
「もぉー」
眠いのに寝たくない。朝の光は眩しすぎる。
ここは、そんなあなたの居場所。
今日も店内に二人の笑い声が響く。
「いらっしゃいませー」
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