2023.3.14 ガトーショコラ

 副店長がcloseの札を外して、今日もバーあめにじの営業が始まった。

 おっと、名前を出すのは初めてだったかもしれない。

 そう、ここは「バーあめにじ」。

 眠いけど寝たくない。朝の光は眩しすぎる。そんな私の……いや、「あなた」の居場所です。


 営業が始まったといっても、いつも通り客は来ないので、今日も副店長と私の貸切状態だ。

「ふくてんちょ、ホワイトデーの素敵なプレゼントどうもありがとう」

「開けていいですよ」

「え!いいの?じゃあ開けるね。白いリボン可愛い〜」

「店長、”何色にも染まれる色”ですよ」

「え〜?白だよーう」

「店長って小説ではロマンチックなこと言うのに現実では冷めてますよね」

「え?そ、そんなことないよ。ごほんっ。何色にも染まれるリボンが朝日に照らされてキラキラと光ってるね。」

「今更訂正したって遅いですよ!しかもそれ、店長の小説に出てくる文章に似てるし」

「えへへ、バレた?」


 私は白いサテンのリボンを丁寧にほどき、包み紙が破れないようにそっと包みを開いた。

 中に入っていたのはガトーショコラだった。

「ガトーショコラ、私大好き!」

「よかった。僕もガトーショコラ好きです。チョコケーキって美味しいですよね」

「わかる!ちなみにアイスは抹茶が好き」

「へぇー、なんか意外です」

「アイスの好みに意外とかあるの?」

「店長はみかんシャーベットが好きなのかと思ってました」


 そんな感じで話しながら私はカウンターに入り、お茶を淹れる準備をし始めた。

「副店長、せっかくだし一緒に食べませんか?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん」

「今日は僕がストレートティーを入れます!」

「紅茶は沸騰させたお湯を使うんだよー。知らないでしょう」

「そ、それくらい知ってます!」

「ほんとにぃー?」

「ほ、ほんとですよ」


 私がカウンター席に座ってわくわくしながら待っていると副店長が私の前にカップをことんと置いた。

「こちらご注文のストレートティーでございます」

「副店長、仕事してるぅー」

「ちょ、からかわないでください」

「ごめんごめん」

 副店長が淹れてくれたストレートティーを一口飲むと、その温かさがじんわりと体に広がって、なぜだか私の涙腺を緩ませた。

「あれ、店長泣いてます?」

「なんか泣いちゃう」

「えっ僕何か変なこと言っちゃったかな……」

「言ってない」

「泣いてもいいんですよ。涙って勝手に出るものだから。店長は僕にそう教えてくれたじゃないですか」

「ありがと」

 ストレートティーを飲んだ分涙が溢れてくる。私の涙はストレートティーでできているのだろうか。

 ガトーショコラを口に運ぶとカカオの香りがふわりと鼻を掠めた。そして次の瞬間、口いっぱいに甘くて少しほろ苦いチョコレートの味が広がった。とっても美味しい。ガトーショコラを食べると副店長の顔が浮かんでくる……って、今目の前にいるんだった。

「副店長、とーっても美味しいよ。ありがとう!」

「いえいえ。このガトーショコラ美味しいですね」

「美味しいですよね!」

「なんだか嬉しいです。こうやって会えて、美味しいねって言い合えてることが。僕らは平行線上にいると思ってたから」

「そうだねぇ。本当に、出会えてよかった。副店長、いつもありがとう。これからもよろしくね」

「僕も出会えて良かったです!」

「さて、そろそろお客さんが来てもいいように準備しよっか!」

「はい!」


 眠いのに寝たくない。朝の光は眩しすぎる。

 ここは、そんなあなたの居場所。

 今日も店内に二人の声が響く。

 「いらっしゃいませー」


 



 

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