2023.2.13 ドラゴンフルーツ
眠いのに寝たくない。朝の光は眩しすぎる。
あの頃の私はひとりでミルクティーを飲んでいた。
眩しい。うるさい。
埃まみれになった耳栓を着けたいとは思わないから、両手の人差し指をできるだけ耳の奥に突っ込み、そして布団に潜る。
朝は、光も音も全部が敵だ。
私のことは誰もわかってくれない。
あんなにイライラしていたのに、あんなに体調が悪かったのに、家に誰もいなくなってひとりになると朝の自分とはまるで別人になる。イライラは治まり、重かった体はすっきりとしている。起き上がり、朝に飲むはずだった薬を、昼に飲む。どっちが本当の自分なのかは分からない。分からないんだ。
今更学校に行っても午後の授業間に合わないから、部活を休む連絡をし、また布団に潜る。リズムゲームのアプリを開き、親指の動きと曲に集中する。この時間は現実を忘れさせてくれて好きだ。この曲が、このアイドルが、ボロボロだった私を助けてくれた。
そして夜が来る。明日こそは、と思いながらも、訪れる「明日」が怖くて、眠いのに寝たくない。あの眩しすぎる光が怖かった。
私は行ける時期と行けない時期を繰り返していた。そして絶望の真っ只中にいた昨年の夏、私はこのバーを見つけた。
「いらっしゃいませぇ」
そこにいたのは中学二年生の私だった。
店長になった私は、あの時と同じ名前を使って野球をしない甲子園に出た。そして秋にあの時私を助けてくれたアイドルのライブに行き、ファンサをもらった。
そして冬に、店長になってから初めてのお客さんが来た。
気がついたら涙を流していたようだ。
「店長おはようございます!」
「副店長、おはよう」
私は慌てて涙を拭う。
「あれ、店長泣いてます?」
「ちょっとね。昔のことを思い出して」
「店長を泣かせる奴は僕がやっつけますよ!」
副店長が、しゅっしゅっと見えない敵にパンチしだした。
「小学生の時の裁縫セット、ドラゴンだったでしょ」
「なんで分かったんですか!?」
副店長が驚く。
「今度、ドラゴンモチーフのアクセサリー、プレゼントするね」
「わーい!……って、僕もうドラゴンに興味ありませんからね?」
「ほんとにー?」
「本当ですよ!」
「新メニュー、ドラゴンフルーツにしようかなあ」
「もぉー、店長はすぐそういうこと言うんだから」
今日も店内に二人の笑い声が響く。
もう、私はひとりじゃない。
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