2023.2.12 ミルクチョコレート
店内に優しい朝の光が差し込む。
「ふくてんちょ〜」
店長が甘ったるい声で僕を呼ぶ。
「え、なに。え? 急にどうしたんですか」
「なんでもないですー。口実なくてもいいって言いましたよね?」
「まぁ、たしかにそう言いましたけど」
もぉー、っと頬を膨らます店長と、牛じゃん、と呆れながら笑う僕。
「店長はこれから何するんですか?」
「私は暇なのでバーで過ごします。私は今まさにブランコに乗ってるんですよー」
「ブランコ?」
「そうそう。『ブランコの先にあるのは別れ道
まだまだ私は揺れていたいの』。でも今は揺れていないで早くどの道に進むことになるのか知りたいです」
「店長、もうすぐですもんね」
「うん」
店長がコポコポコポ……とティーカップにダージリンを注いだ。
「副店長は今日何するんですか?」
「僕は教習に行ってきます」
僕がそう言うと店長が、
「今日もぶっ倒れに行くんですかー?」
とにまにま笑った。
「今日は血の話ないので大丈夫です!」
僕が強がって言うと店長がそっか、と笑った。
「僕、血の話は苦手ですけど、なぜかホラー小説のグロ系の描写は平気なんですよね」
「ちょ、ちょっと! 副店長やめてください! また、ホラー映画思い出しちゃった……」
店長の目に涙が溜まってきた。店長は目に涙を溜めたまま、どうぞ、と僕にストレートティーを差し出した。
「ありがとうございます」
ダージリンのストレートティーはいつの間にか僕たちの定番となった。
教習が終わった僕はバーに寄っていくことにした。
ドアを開けるとチョコレートの甘い香りが漂ってきた。
「いらっしゃいませぇ……って、副店長か」
「僕で悪かったですね」
ハンガーにコートを掛け、カウンター席に移動すると、店長が冷蔵庫から型に入ったチョコレートを取り出した。
「そろそろ固まったかな」
「新メニューですか?」
「そうです!ミルクチョコレート。新メニューというか、バレンタインデー限定でドリンクを注文してくれたお客さんにおまけしようかなって」
店長がチョコレートを型から取り出し、皿に並べた。
「副店長に味見してもらおうかな」
「いいんですか? いただきます」
僕が皿の上のチョコレートに手を伸ばした時、
「あ、ちょっと待ってください」
と店長が止めた。
「副店長、一分だけ後ろ向いて待っててください」
「わかりました」
僕は店長に背を向け、目を手のひらで覆った。
「お待たせしました。もう見ていいですよ」
「てんちょー。五分経ってましたよ」
「ごめんごめん」
手のひらを目から離し、店長の方を向いた。店長は小さな袋を持っていた。
「やっぱり本物のチョコもあげたいなって」
「ありがとうございます!」
店長から受け取った小さな透明な袋の中には、新メニューのミルクチョコレートが一つ入っていて、袋はみかん色のリボンで結ばれていた。
「ぜひ、今食べてみて」
私も食べるから、と店長が皿の上からチョコレートを一つ摘んで口に入れた。
僕もリボンを解き、チョコレートを口に入れた。その瞬間、チョコレートの風味が口いっぱいに広がった。
「店長、とっても美味しいです」
当たり前ですよ、私が作ったんだから、と店長はお決まりの台詞を口にすると満足そうに微笑んだ。
ここは、とある街角にある飲食店。
そして、僕たちの大切な居場所。
今日も店内に二人の声が響く。
「いらっしゃいませー」
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