第10話 練習試合

「いよいよ、試合が始まるな。」

今日の練習試合のために、コンディションを整えてきた。

昨日は筋トレや投球練習をしていないので、体の調子は良いはずだ。


「畠、準備はできるの?今日は登板があるんでしょ。」

「西野先輩、おはようございます。できる限りの準備はしてきましたよ。」


今日は、絶対に結果を出さなくてはいけない。

夏の地区予選に出場するターニングポイントは、今日の試合で活躍することだからだ。

主将からは、7回からの3イニングを投げると聞いている。

1年生に最終回を任せて大丈夫なのかと心配になるが、相手が力がのある学校ではないので、構わないようだ。


「よろしくお願いしまーす!」

ちょうど調布西高校の生徒が学校に着き、部員全員から挨拶の声が聞こえきた。

試合前の緊張した雰囲気が、さらに高まっていく。


この学校は、1回戦で敗退する弱小高校の位置付けだ。

能力値は、各々20~30しかない。

普通にやれば、間違いなく勝てる相手だ。

120kmそこそこの速球でも、痛打される心配はあまりないはず。


試合前の準備運動が始まり、早速試合が始まる。

うちらはホームなので、後攻だ。

先発投手は3年生の横山先輩。最速130kmの速球とカーブを時折混ぜて、打者3人を三振にする。

1回裏の、うちらの攻撃に代わり、連打で先制する。


横山先輩は3回無失点だったが、4回からは2年生の前田先輩に代わる。

とはいえ、能力はかなり落ちるのでやはり打たれ、6回が終わって12対3だ。


「畠、次の回から投げてもらうよ。」

「分かりました。」

主将に声をかけられ、気を引き締める。


選手交代が主審に伝えられ、7回からマウンドに上がる。

そして、投球練習をしながら、今日の目標を思い返す。


投手の場合、この試合で評価がなされるには、防御率が4であることが必要だ。

防御率は、自責点×9÷投球回数で計算される。

今回は3イニングを投げるので、許される自責点は、1.333…、つまり1点だけだ。


投球練習が終わり、相手の打者がバッターボックスに入る。

捕手は3年生の飯島先輩だ。

ストレートのサインを出されたので頷くと、キャッチャーミットは真ん中低めに構えられる。


あとは自分が投げれば始まるのだが、…いざ投球するとなると急に孤独さを感じる。

捕手を含めた野手8人が守備についていて、相手打者1人に対し、よっぽど味方が多いのにだ。


マウンド上でボールを持ち、グランドにいる全員の目線が自分に集まる感覚があり、自分の意思で試合を始めることが怖くなってくる。

9点もの点差がついているのに、これでもなぜか不安で、そして先輩2人からのリレーを引き継いだことが重みとなる。


頭の中が真っ白になり、周りが見えなくなってくる。

そんな中、飯島先輩の構えたキャッチャーミットだけが目にはいった。


何も考えず、あのキャッチャーミットに目掛けて投げてみよう。

そう思い直して、セットポジションから右足を上げる。


いつも右足ってどれくらいの高さまで上げていたっけ?

2週間とはいえ、毎日投げ込んできたはずなのに、自分の投球フォームがさっぱり分からない。


だが、動き出した以上、最後まで投げようと体重移動を行う。

右肩が早く開かないように意識しつつ、右足を前へ踏み出し、ボールを前へ投げる。


放ったボールには、あまりキレがない上に少し高く浮き、ど真ん中へ行ってしまう。

そして、打者は、ここぞとばかり強振し引っ張る。


「しまった!」

このボールの勢いだと、レフトオーバーになる。

早速、失点1というのが頭をよぎる。


レフトを守る選手がボールを見ながら走っていく。

頑張って追っかけてくれてはいるが、ボールの飛距離が大きい。

「さすがに抜けるか。」


レフトの選手は、なおも駆けていき、ボールが抜けるかと思われたところ、左手のミットを前に出し、ボールをする。


レフトの選手がこっちに振り向き、笑顔でミットを高く掲げ、ボールを捕ったことを見せる。

その選手は、新田だった。

「まじか!」

思わぬファインプレーに、グランド全体がどよめく。

「ありがとな、新田。やっぱりお前は主人公だよ。」



新田のこのプレーで落ち着きを取り戻し、後続の打者2人を三振にすると、残り2イニングも無失点に押さえる。

地区予選の出場には、十分な結果を残すことに成功した。

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