第6話 畠の投球

自分が投手をやれる嬉しさが一瞬生まれるが、すぐにあることに気づく。

こんなコンバートイベント、ゲームにはなかった。

コンバートは野手にのみ発生し、本来、以外のポジションを提案される。

ゲームが現実になったことで、違いがでてきているんだろうか?

そう困惑していると、金沢主将に声をかけられる。


「とりあえず、投手としての能力を見させてもらうよ。うちには、スピードガンがあるから、球速も分かる。今日から投球練習をしてもらいたい。」

こんな設備が大して揃っていない学校なのに、なぜかスピードガンはある。


いや、その前に今日から投球練習してって言った?

投球練習をしていたら、雑用ができなくなって試合に出られないじゃないか!


「えーとですね、まだ西野先輩に頼まれていた麦茶づくりとか終わってないですし、投球練習をしている暇はないんですよ。」


「いや、それは元々、西野の仕事だから。っていうか、西野も1年生にやらせてないで、自分でやれよ。」

「わかったわよ。仕方ないわね。」

「まずは畠の球速を測るから、マウンドの方に行ってくれ。新田は捕手希望だし、受けてもらっていいか?」


なんでこうなったんだと半ば放心状態のまま、マウンドへ向かう。

どう歩いたのか分からないまま、マウンドまでたどり着くと、はっと我に返る。

ゲームではないのだから、違うことがあって当たり前じゃないか。


まずは肩をならそう。

新田を立たせてボールを放っていき、1球、2球、3球と徐々に力を入れていく。


「そろそろ肩もできてきただろ?新田は座って受けてくれ。」

そう言われると、新田は座ってキャッチャーミットを構える。

ただそれだけなのに、場の雰囲気が急に変わった気がした。

自然と自分が集中していくのが分かる。

ミットに目掛けて、全力で投げてみたくなる。


軸足となる左足でピッチャーズプレートを踏み、右足は左足の向きと平行にしつつ、新田の方へ20㎝ほど前に出す。

いわゆるセットポジションだ。

そして、両足ともに膝を少し曲げ、リラックスできる姿勢を意識する。


両手はお腹の前に持っていき、左手にボールを持ちつつも、右手にはめたグローブでボールを隠し、新田の方からは見えないようにする。


鼻から息を吸い、口から息を吐く。

さっきまで投げていた感覚を思い出してみる。


の頃の記憶で投げていたが、どう考えても野手投げになっていた。

この投げ方だと右肩が早く開くため、バッターからはボールが見えやすくなり、タイミングが取りやすい。

なので、体重移動を長く取り、右肩の開きをできるだけ抑える意識が必要だ。


右足をあげ、体を新田の方へゆっくり倒していく。

左手は、体で隠すようにテイクバックさせる。

体のためを十分につくったところで、右足を地面に踏み出す。

その勢いのまま左腕を前へ振りつつ、ボールを1㎜でも前に押し出すように指に力を込めて、新田のミットへ目掛けて投げる。


手から放たれたボールは矢のように前へ進んでいった。

が、ミットの位置よりも明らかに高い。

新田が体を少し浮かせると、ボールがミットに吸い込まれていく。


その瞬間に、パーンという乾いた音が響く。

明らかなボール球だ。

心の中で「くそっ。」と嘆く。


「113km!なかなか良いじゃないか。キレもあるし打ちにくそうだ。」

金沢主将が感嘆しながら、さっきの球の感想を伝える。


地区大会レベルの投手の平均球速は、およそ110㎞〜125㎞と言われている。

113kmなら、初めて投げたにしては、もちろん悪くない。


だが、主人公が投手の場合、アンダースローでも130km近く出る。

そう考えると全く足りない。

ましてや、このコントロールと変化球を1つも覚えてない今の状況では、勝ち上がれる訳がない。


そんな絶望を感じていると、新田からボールが送り返される。

まだ始まったばかりだ。

腐るんじゃないと言い聞かせ、セットポジションに戻していく。

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