第7話 嵐の中のライブ
強風でガタガタと揺れる窓に、激しく打ち付けられる横殴りの雨。テレビから流れるニュースでは、危険なので不用意な外出を控えるようにと、警戒のアナウンスが朝からずっと流れている。
「なぁ、本当に今日行くつもりなの?」
「うん。もちろんだよ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなくても、絶対に行く」
「……」
東城は、ギターケースにビニールをかけながら言う。どうやら、意思は硬そうだな。
今日は、東城達のライブがある日だ。だけど、天気は最悪の台風だ。しかも、今回の台風は過去最高レベルらしい。
「じゃ、行ってくるね」
「気をつけろよ」
「うん。あ、桜木君は無理に来なくても大丈夫だからね」
「いや、俺も後からちゃんと行くよ」
「そっか。じゃあ待ってるね」
「あぁ」
そう言って東城は、家を出て行った。
ライブハウスまでは、タクシーを使って行くとは行っていたけど、やっぱり心配だな。こんなことなら、昨日のうちにレンタカーを借りておくんだった。
「12時、か……」
ライブ開始の時間は15時。
ニュースでは、台風が通り過ぎるのが夜だって言っていたから、ライブをやっている時はまだこの状態だろう。いや、むしろもっと強くなっているはずだ。
いくら、東城のバンドが人気でも、今日の客入りはかなり少ないと思う。それでも東城は、絶対に行くと言って聞かなかった。
例え1人でも来てくれるなら、私はその人のために全力で歌って演奏するんだって、言っていた。本当にすごいやつだよ。
「さて……」
とりあえず、帰ってきた東城に美味いもの食わせるために、準備だけしておくか。その後、俺もライブハウスに行くとしよう。
――――
――
14時ちょい前か。思ったより時間かかっちまったな。もう出ないと、東城のライブに遅刻しちまうな。
外を見ると、相変わらずの暴風雨だ。東城は無事にライブハウスに着いたかな? とりあえず怪我だけしてないといいんだけど。
「ん? 龍からだ」
家を出ようとしたところで、龍から電話がかかってきた。俺は通話ボタンを押して、電話に出る。
「どうした?」
『おう。アラタ今どこだ?』
「家だ。今から出るところ」
『そっか。なら、ちょうどよかった。今、お前ん家の前に居るから一緒に行こうぜ。車借りてたんだ』
「そりゃ助かる。すぐに行く」
俺は、サイフとスマホをポケットに詰め込んで家を出る。
「おっす」
「おう、助かったよ。でもどうしたんだ、この車?」
「
「なるほどな」
「東城さんは大丈夫なのか?」
「大丈夫っぽいぞ。今スマホ見たら、東城から無事に着いたって連絡が来てた」
「んじゃ、みんな大丈夫っぽいな。佐々木さんも璃亜ちゃんと一緒に俺が送って行ったから」
「そっか」
とりあえず、全員大丈夫って分かってよかった。
問題はライブか。俺ら以外で、どれだけ来てるのかな? 最悪、俺達だけってこともありえる。
「しっかし、マジでやべぇな」
「だな。荒れるって聞いていたけど、ここまでだとは予想外だ」
「でもまぁ、道路自体は混雑してなくて助かったぜ」
確かに、そこだけは救いだな。
車がほとんど通ってないから、思いのほかスムーズに進んでいる。この感じだと、ライブまでは余裕で間に合いそうだ。
「うし、着いたぞ」
「あぁ、ありがと」
ライブハウス近くの駐車場に車を停めて、俺と龍は急いでライブハウスに駆け込んで行った。
――――
――
「あちゃ〜、やっぱり、全然居ないな」
「まぁ、今回ばかりは仕方ないな」
俺達の他に居たのは、ほんの数人だけだ。合わせても、ギリ20人いないくらいだ。
「まぁ、プラスに考えれば、AGEを最前列で見れるってことに感謝しようぜ」
「だな。前に来た時は大分後ろの方だったもんな」
「あぁ。俺達で盛り上げてやろうぜ」
「おうよ」
そうこう話しているうちに、ライブ開始の時間になった。
今日のライブはAGEのワンマンじゃないから、別のバンドが初めに出てきた。
因みにAGEの出番は最後。つまり、大トリを任せられているってことだ。
頑張れよ、東城。ちゃんと見てるからさ。
―
「んー、やっぱり全然居ないね」
「仕方ないよ。この天気だし」
舞台袖から、フロアの様子を見ていた、璃亜と栞菜が残念そうに言う。
私もさっき、チラッと見たけど、いつもお客さんで満杯のフロアが、スカスカになっているのに違和感を感じた。
「あ、龍君来てくれている」
「桜木君も居るよ。音葉」
「そっか」
「あれ? 何か反応薄くない?」
「そんなことないよ」
そっか。桜木君、ちゃんと来てくれたんだ。にひひっ、よーし! やる気出てきた!
「それにしても、久しぶりだよね」
「何が?」
「こんなにガランとしたライブだよ」
「そうかもね」
まるで、初めてここのステージに立った時、みたいかも。あの頃は、チケットノルマキツかったなぁ。
「それじゃ、今日は初心に帰ったつもりで、全力でやろ!」
「って、音葉はいつも全力でしょ」
「にひひ〜、まぁね。でも、それは栞菜と璃亜も同じだよね?」
「もちろん!」
「うん!」
「だよね。にひひっ」
何も変わらない。
私達は何時だって、全力で歌って、全力で演奏してきた。それが、たかが台風ごときで変わらないんだ。
「よしっ、それじゃ行こっか!」
「うん!」
「ええ!」
何時ものように気合いを入れてから、私達はステージに向かう。その途中で、先にステージに上がっていた、人達が帰ってきた。
「お疲れ」
「ごめん。あんまり、盛り上げられなかった」
「大丈夫。後は任せて」
「うん。よろしく」
すれ違いざまに、上げられた手にタッチをする。ここでライブをする人達とのルーティンみたいなものだ。ライバルであって仲間。私達はそういう関係だ。
「……」
う〜ん。やっぱり冷たいな。
いつも肌で感じる、熱気のようなものが、今日はあまり感じられない。
いや、これでも始まった時よりも随分とマシになった方かな。
「あれ〜? どうしたのみんな? あんまり盛り上がってないじゃん」
私がの声に反応したのは、前にいる数人程度か……他の人達は後ろから、つまらなそうにただ眺めている。
会場を見回すと、桜木君達が不安そうな顔で見ている。そんな顔しなくても、大丈夫だよ桜木君。見ててね。
「テンション低いね。でも大丈夫! 私達がこれから、みんなの感情を爆発させてあげる!」
そう言ってから、一度、栞菜と璃亜を見てから1つ頷く。
「それじゃ、1曲目いくよ! ダンス&ピストル!」
『理不尽な世の中だ
賢いバカが偉い世界
そんなもんは ぶち壊してやるさ!
私の銃弾で!
ピストルを片手に踊って撃ち抜くよ!
踊れっ ダンス! バン! ダンス! バン!
リズムに乗って
もっと ガン! ステップ! ガン! ステップ!
ノリよくさ
バカな大人共よ
使えない権力者共よ
お前らの時代はもう終わりだ
消えて 失せて しまえ!
ガンステップダンスバン!
嘘ばかりの世界だ
ずるい奴が勝つ世の中だ
正直に生きていくのが
バカみたいだね
嫌だね いらないね こんな世界は
だったら私が ぶち壊してやるさ!
ピストルを片手に 踊って撃ち抜くよ!
踊れっ ダンス! バン! ダンス! バン!
激しくっ
もっと ガン! ステップ! ガン! ステップ!
舞踊れっ
行きづらいなら 気に入らないなら
自分で変えてやるのさ
ピストル片手に踊って笑って撃ち抜くよ
ガンステップダンスバン!』
(オオォーー!!)
(AGE最高ー!)
1曲目が終わる頃には、会場のボルテージが一気に跳ね上がっていた。さっきまでの空気が嘘のようだ。
そうそう。これだよこれ。ライブは盛り上がらないと面白くないよね。
さぁ、こっからもっと盛り上げていくよ!
「ありがとう! まだまだいくよー! みんな、私達にしっかり着いてきて!」
――――
――
「イエーイ! お疲れー!」
「おつおつ!」
「お疲れ様」
ライブを終え、私達は控え室でささやかな打ち上げをしている。と言っても、缶ジュースで乾杯するくらいだけどね。本格的な打ち上げは、後日かな。
「いやぁ、楽しかったね」
「そうだね。今日も大成功って言ってもいいんじゃない? だよね、栞菜?」
「うん。お客さんも満足してくれたと思う」
「だよねだよね! にひひっ」
なんせ最後は、アンコールまでもらっちゃったもんね。当然、私達はそれに応えて、急遽もう1曲披露した。
これを成功と言わずして、何が成功かって話だよね。
「やっほー」
「みんなお疲れ」
「あ、龍君!」
控え室に桜木君と璃亜の彼氏の吉田君がやって来た。
本当は関係者以外入って来ちゃダメなんだけど、店長にお願いして特別に通してもらった。
璃亜は、嬉しそうに松田君に飛びつきに行った。私も、同じように桜木君の方へ向かう。
「ねねっ! どうだった?」
「あぁ、最高だったよ」
「にひひっ、ありがと!」
桜木君にそう言ってもらえるだけで、頑張った甲斐があったよ。嬉しくて、自然と笑顔になっちゃうな。
「佐々木さんもお疲れ様」
「はい。ありがとうございます」
桜木君は、後ろで私達を見ていた、栞菜にも労いの言葉をかける。
うん。やっぱり、桜木君はみんなに優しいな。そう……みんなに平等に優しい。それが桜木君のいいところなんだけど、今は今だけは、それがちょっと嫌だな……
「ねぇねぇ、桜木君」
「うん?」
「頑張った私に、何かご褒美はないのかな?」
「急だな……」
「まぁ、今思いつたからね」
「具体的に何をして欲しいの?」
「それは桜木君が、考えないとダメだよ」
「えぇ……」
私がそう言うと、桜木君は少し困った顔をする。ダメだなぁ、つい桜木君の困った顔が見たくなって、こんなことばかり言っちゃうんだよね。我ながら、性格が悪い。
でも、何だかんだで桜木君は、いつも私の1番してほしいことをやってくれるから、やめられないんだよね。
「とりあえず、今はこれで我慢してくれ」
桜木君はそう言うと、私の頭を優しく撫でる。
うん。正解だよ。
「にひひっ」
「何だよ?」
「なーんでもないよ」
「そうですか」
ありがとね。
桜木君。
「さてと、そろそろ帰ろうぜ。雨が酷くなって来たしさ」
「そんなに酷いの?」
「来る時より、酷くなってるね」
あらら……そりゃ大変だ。
もうちょっと、余韻に浸っていたいけど、帰れなくなったら大変だもんね。
「龍。悪いけど、車を近くまで持ってきてくれないか?」
「分かった」
「全員乗れるよな?」
「後ろはちょっとキツくなるけど、多分大丈夫だと思うぞ」
「そっか。んじゃ頼むわ」
「オッケー」
そう言って、吉田君は車を取りに行った。
「あ、そうだ。みんなはこの後、何か用事ある?」
「私はないよ」
「東城が用事ないのは知ってるよ。俺が聞いているのは、佐々木さんと松田さん」
「私も特にないですよ」
「私も」
「そっか。なら、この後、うちでご飯でも食べて行く? すき焼きの用意したんだ」
「いいんですか?」
「もちろん。この天気じゃ、外で打ち上げ出来ないでしょ? だから、変わりと言っちゃ何だけど、どうかな?」
流石、桜木君だなぁ。
そんなことまで、考えてくれたなんて。
「それって、龍君も来るの?」
「あぁ、龍も誘ってるよ」
「なら、私も行く」
「オッケー。佐々木さんは?」
「じゃあ、私も参加します」
「あいよ」
「じゃあ、みんなですき焼きパーティーだね!」
うーん……本当は、2人で食べたかったけど、仕方ないかな。
「おーい。車持ってきたぞ」
「おう、サンキュ。んじゃ、みんな行こうぜ」
「はーい」
「うん」
「よろしくお願いします」
まぁ、何はともあれ、今日のライブも大成功だ。
とりあえず今日は、この喜びをみんなで分かち合うとしますか。
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