第8話 甘やかして、甘やかされて

「ふぅ……私、もうお腹いっぱい」

「俺も……」


 俺と東城は、2人揃ってパンパンになった腹を摩りながら言った。

 やばいな。マジで腹がはち切れそうだ。こりゃ下手に動いたら、今食ったのを戻してしまいそうだ。


「残りはどうするの?」

「明日食うしかないね」

「うぅ……明日もかぁ」

「多少アレンジするから、我慢してくれ」


 当初の予定では、俺の家でささやかな打ち上げである、すき焼きパーティーだったけど、残念ながらそれは中止になった。

 理由は、外で猛威を振るってる台風のせいだ。

 夜には通り過ぎる予報だったんだが、台風の進行はゆっくりになって、さらにその勢いを強めていた。

 帰っている途中で交通規制が入り、大渋滞に捕まって、打ち上げはまたの機会ということに決まり、早めに帰ることになった。

 おかげで、多めに用意したすき焼きを2人で処理する羽目になったのだ。


「あぁ……お腹キツい……」

「大丈夫か?」

「ギリギリね。とりあえず、少し横になる」


 東城はそう言うと、ノロノロと立ち上がって、ソファーにゴロンと寝っ転がった。


「食後すぐに寝っ転がるのは、あんまり体に良くないぞ」

「大丈夫だって。それに今はこっちの方が楽」

「まぁ、確かにそうだけどさ」

「桜木君も横になっちゃいなよ」

「……そうするか」


 自分で言っといてなんだけど、正直なところ俺も横になりたい気持ちでいっぱいだったんだよな。ぶっちゃけ、すぐに横になったからといって、速攻でどうにかなる訳じゃないからな。ここは、欲望のままに動くとしよう。

 俺は、ソファーの上に置いてあるお気に入りのクッションを枕にして、カーペットの上に寝転がる。


「にひひっ、桜木君もどんどんダメ人間になっていくね」

「この程度で、ダメ人間なら世界中の人がダメ人間だよ」

「あー確かにそうだね」

「だろ?」


 そこで会話が途切れる。いつもだったら、東城が何かしら話を振ってくるんだけど、流石の東城も今は喋る気力もないようだ。まぁ、俺としても今はその方が楽でありがたい。とりあえず、今は少しでも体を休めたい感じだ。


「……やべ」


 やっちまったな……完全に寝てたわ。

 まぁでも、満腹状態で横になれば、こうなるのは当たり前の話か。

 スマホの時計を見ると、19時半を過ぎていた。となると、小1時間くらい寝てたことになるのか。


「ま、そうなるよな」


 ソファーの方に目を向けると、規則正しい寝息をたてながら、気持ちよさそうに東城が寝ている。

 起こすのもなんだし、しばらくこのまま寝かせておくか。


「さて」


 とりあえず、片付けだな。

 食器は食ったままにしてあるし、残ったすき焼きも皿に移さないと。後は、風呂の用意もか。

 少しめんどくさいけど、まぁ仕方ない。時間が経つともっと面倒になるし、さっさとやっちまうか。


 ――――

 ――


「んっ、んん?」


 ある程度、片付けが終わった頃にソファーで寝ていた東城が、ノロノロと起き上がる。


「おはよう」

「うん、おはよう……」


 まだ眠そうに、目を擦りながら気の抜けた声で応える。


「私、どのくらい寝てた?」

「2時間くらいかな」

「あらら、結構寝てたんだね」

「疲れてたんだろ。仕方ないさ」

「そだね……」


 東城はそう言いながら、何かを探すみたいにキョロキョロと辺りを見回している。


「ほい」

「ん、ありがとう」


 俺はテーブルの上に置いていた、メガネを渡してやる。

 フレームが曲がるといけないから、外してあげていた。


「東城って結構、目が悪いんだね」

「まぁね」


 外した時にちょっと覗いてみたら、相当強めのレンズが入っていた。掛けてなくても、少し気持ち悪くなるくらいだった。


「コンタクトにしないの?」

「あれ、怖くて入れられないんだよねぇ」

「なるほどね」


 そういう人たまにいるよな。

 まぁ、確かに異物を目に入れてるようなものだもんね。多分、俺も入れらない。


「桜木君は、視力いいの?」

「いい方だね。両目とも2.0」

「羨ましい……」


 東城は、少し拗ねた感じでプクッと頬を膨らませる。

 おいおい……リスみたいで可愛いな。


「外、落ち着いたね」

「だね」


 俺が起きた頃には、雨も大分弱くなっていて風も止んでいた。さっきまでが、ピークだったっぽいな。


「お風呂沸いてるけど、先に入る?」

「いや、私は後でいいや。桜木君が先でいいよ」

「ん、了解」


 ――――

 ――


「上がったよ」

「相変わらず、早いね」

「そうかな?」


 俺が風呂に入っていた時間は、だいたい15分くらいだ。別に普通だと思うんだけどな。


「ちゃんと体とか洗ってるの?」

「失礼だな。洗ってるよ」

「まぁ、それならいいけどさ」


 え? もしかして、俺って臭かったりするの? ちょっと不安になってきたんだけど。……とりあえず、これからはもうちょい長風呂しとこうかな。後、体ももっと丁寧に洗おう。


「んじゃ、私も入ってくるね」

「あいよ」


 東城が風呂に向かったのを見送ってから、ソファーに身を預ける。

 やっぱ、風呂上がりはこうやって、ダラっとするのが1番だよな。


「あ、そういえば」


 忙しくて忘れていたけど、今日って、この間応募した新人賞の1次審査の発表日じゃん。

 俺は、スマホで発表ページにアクセスをして結果を確認する。


「そっか……」


 俺はスマホをテーブルに放り投げて、力なくソファーに倒れ込んだ。

 結果は落選。何度も見返したけど、俺の名前は載っていなかった。


「くそ……これで何度目だよ……」


 ここまで来ると、自分の才能の無さが嫌になってくる。ネットで書いてる方も、あんまり見られてないし、たまに見られても、高評価を付けられるわけでも低評価を付けられるわけでもない。有象無象みたいなものだ。

 こんな調子で、ラノベ作家になれるのかな?


「あれ? 桜木君、寝ちゃったの?」


 モヤモヤとする気持ちを落ち着かせるために、少しの間、目を瞑っているうちに東城が風呂から上がって来たみたいだ。


「寝てないよ」

「そっかそっか。んじゃ、いつものお願いしてもいい?」

「はいよ」


 俺はソファーから起き上がって、隣をぽんぽんと叩いて、ここに座るように促すと、東城は俺に背を向けてそこに座った。


「にひひ、よろしくね」

「はいはい」


 俺は予め用意していた、ドライヤーとタオルを手に取って、東城の髪を乾かす。

 最初にやった時に、東城はこれが相当気に入ったらしく、それから毎日やっている。


「加減はいかがですか? お姫さん」

「うむ。今日もいい仕事してますわよ」

「そりゃ、ようござんした」

「にひひ」


 しかし、最初の頃と比べて、随分と髪質が良くなったな。艶も出てきて、サラサラになった。

 やっぱり、ちゃんと手入れすると変わるもんなんだな。

 前はちょっと梳くだけで、どこかしらで引っかかっていたり枝毛があったりで、今時の女の子の髪にしては、なかなか残念だったのにな。


「ちょ、桜木君。くすぐったいよ」

「ごめんごめん」


 いかんいかん。つい、触り心地が良くていたずらし過ぎたみたいだ。


「ねぇ桜木君」

「うん?」

「何かあったの?」

「俺、そんなに分かりやすい?」

「そうだね。すっごい分かりやすい」

「そっか」


 これでも何事も無かったように、振舞っていたんだけどなぁ。どうやら、バレバレだったらしい。

 まぁ、昔からよく顔に出やすいって言われてたもんな。


「それで? 何があったの? 私で良ければ聞くよ」

「新人賞に落ちた」

「ラノベの?」

「そ。しかも1次選考で」

「そっか」


 東城はそれだけ言って、黙ってしまう。まぁ、そりゃそうだよな。こんな話、面白くも何ともない。聞かされたって、ただ反応に困るだけだ。


「ごめん。つまんない話した」

「全然、つまんなくないじゃん」

「え……?」


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。気が付いたら、俺は東城に膝枕されていた。


「えっと……東城?」

「ん?」

「何してんの?」

「膝枕。どうよ?」

「どうって……まぁ、気持ちいいな」


 程よい柔らかと弾力。そして、どことなくいい匂いがする。出来ることなら、ずっとこうしていたい気分だ。


「桜木君」

「ん?」

「モヤモヤ〜ってする気持ちは、我慢しないで吐き出してた方がいいよ」

「別に大したことじゃないよ。今までだって何回も落ちてるし、もう慣れっこだって」

「そういう問題じゃないの〜」


 東城はそう言うと、俺の頬っぺを摘んで軽く引っ張られる


「あのね、桜木君。それって、桜木君が辛いことや痛いことに慣れているってことだよ」

「慣れているならいいじゃん」

「よくないよ。マイナスな気持ちで作るったものはプラスにはならないよ。どこまで行ってもマイナスのままだよ」

「……」

「だからね。嫌なこと、モヤモヤなことは全部吐き出しちゃえ」

「簡単に言ってくれるなぁ」

「まぁねぇ。それに私が思うに、モヤモヤとゲロは吐き出しちゃうのが1番だよ」

「最後のゲロさえなければ、いい言葉だったのに台無しだよ……」

「にひひ〜。ほらほら、早くゲロっちゃいなよ」

「だから、ゲロ言うなっての……」


 参ったな……そんなこと言われたら、全部出ちゃうじゃんか。

 俺が目指しているのは、決して簡単じゃない。上手くいかないのは当たり前。その覚悟でやってきた。いや、やっていかないとダメだった。

 俺に才能が無いのは分かっている。だから、せめて人前では弱音は言わないと決めていた。

 だけど、それが今崩れてしまった。


「今回はさ。結構自信あったんだよね」

「うん」

「それがさ、まさかの1次選考で落選。いやぁ流石にしんどいわ」

「うん」

「しかもさ、前回は最終選考まで残ったんだぜ。だから、今回こそはいけると思ったんだけど……ダメだった。前より酷くなってどうすんだよって話だよな……」


 あぁ……こりゃまずい。全然止まらない。1度話してしまったら、ボロボロと零れて溢れて流れていく。


「よしよし。辛かったね」


 まるで子供をあやすように、優しく頭を撫でられる。

 参ったね。普通だったら、恥ずかしくてこの手を払い除けているんだけど、今はそれが出来そうにないや。


「甘やかされるな、俺」

「甘やかしているからねぇ」

「マジでダメ人間になりそう」

「いいじゃん。一緒にダメ人間になろうよ。そういう契約だったでしょ?」


 そういえば、そうだったな。

 なら、こういうのも悪くはないのかもしれない。


「もう少し、このままでもいいかな?」

「うん。いいよ」

「……ありがとう」

「はーい。いい子だからゲロゲロゲーしましょうねぇ」

「いい子はゲロゲロゲーしません」

「にっひっひ」

「ったく……」


 その後のことは、よく覚えてない。

 多分、似たようなことを言葉を変えて、ダラダラと吐き出していたと思う。

 東城は、俺の言うことを一切否定せずに、時より相槌を打ちながら聞いていくれていた。


 ――――

 ――


「落ち着いた?」

「まぁ……ね」

「ん? 何か歯切れ悪いね」

「……」


 そりゃあね。

 全部吐き出して、スッキリしたはいいけど、冷静になってみると、何て恥ずかしいことをしてしまったのだろう。間違いなく、黒歴史確定案件だよ。

 出来ることなら、今すぐベットに飛び込んで、悶えながら叫び散らしたい気分だ。


「その……なんと言うかさ」

「ん?」

「ありがとな。後、今日のことは秘密にしてくれるとありがたい」

「うん、了解〜」


 マジで頼みますよ。東城さん。

 こんなのが、他の人に知られたら死んじゃいますからね。


「辛くなったら、何時でも言ってよ。その時はまた甘やかしてあげるからさ」

「考えとく……」

「もぅ、素直じゃないなぁ」


 うっせぇ。ほっといてくれ。


「明日からはまた私を、たっぷり甘やかしてダメ人間にしてね」

「これ以上にダメ人間になる気なの?」

「もちろん。私はまだまだダメ人間になるよ」

「ははは……そりゃ大変だ」

「にひひっ」


 でもまぁ、それが俺達の契約だ。それに不思議と嫌な気持ちはない。俺自身もこの契約を気に入っているんだろうな。


「それじゃ、そろそろ寝よっか」

「そうだね」

「大丈夫? 1人で寝れる? 添い寝してあげよっか?」

「うるさい。1人で寝れるわ」

「そっかそっか。なら、おやすみ。桜木君」

「おやすみ。東城」

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