第6話 夏祭り

 キーンコーンカーン……


「んっんー! ようやく終わったな」

「あぁ」


 今日最後の講義が終わった。

 はぁ疲れた……やっぱ、90分って長いわ。


「しかし、夏休みだってのに何で講義があるのかねぇ」

「知らね」

「でもまぁ、夏休み中の講義はこれで最後だ。残りの2週間はゆっくりさせてもらおうぜ」

「だなぁ」


 と言っても、課題で出されたレポートがあるんだけどね。あれがなかなか大変だ。


「アラタはこの後すぐに帰るのか?」

「そのつもりだよ。家に居るダメ人間の世話をしなくちゃいけないからね」

「なるほどね」


 東城のやつ、ちゃんと昼飯食ったかな? 一応、冷蔵庫に作り置きを入れて置いたけど。

 てか、そもそも起きているかすら怪しいな。


「順調そうなの?」

「まぁ、それなりだよ」


 東城と同棲を初めて、数週間ほど経った。それで分かったことは、東城はとにかくだらしないってことだ。

 ゴミは片付けない、服は脱ぎっぱなし、朝は全く起きないで昼まで寝ている。数えればキリがない。


「龍もすぐに帰るのか?」

「いや、俺はこの後デート」

「松田さんと?」

「そう。夏祭りに行きたいんだと」


 あぁ、そういや今日は夏祭りか。道理で駅前が混雑してたのか。


「アラタは東城さんと行かないのか?」

「今のところ行く予定はないよ」

「ほーん。せっかくなら、誘ってみれば?」

「いや、やめとく」

「何で?」

「単純に俺が嫌だからだよ。知ってるだろ、人混みは苦手なんだ」

「なるほどな」


 ましてや、今日やる夏祭りは、この辺じゃ1番大きなやつだ。人の量がえげつないことは、簡単に予想出来る。


「あ。あぁ……」

「ん? どうした?」

「やっぱり、夏祭りに行くわ」

「急にどうした?」

「これだ」


 スマホを開いたら、東城からメッセージが来ていた。内容は夏祭りのお誘い。


「ははは、こりゃ断れないな」

「全くだ」


 東城から送られてきたメッセージは、17時に駅前集合。来なかったらパロスペシャル! だった。流石にパロスペシャルは、食らいたくない。


「んじゃ、一緒に行くか」

「だな」


 ――――

 ――


「あ、龍君ー!」

「璃亜ちゃん。お待たせ」


 俺と龍が待ち合わせ場所の駅前に着くと、そこにはもう、東城達が待っていた。あ、佐々木さんもいる。


「遅いよ。桜木君」

「これでも、急いで来たんだけどなぁ」


 講義が終わったのは16時半だ。んで、今は16時50分。遅刻はしていない。


「こら、音葉おとは。文句言わないの」

「えー何? 栞菜かんなは、桜木君の味方なの?」

「味方も何も、桜木君を急に呼び出したのだから、文句を言うのはおかしいって話でしょ」

「ぶぅー、私、正論嫌い〜」

「そんなの知らないわよ……」


 ははは……佐々木さんも大変だなぁ。


「まぁまぁ、無駄話はその辺にして、そろそろ行こうぜ」

「うん。私も龍君に賛成〜」

「なら、私も賛成!」

「はぁ……もう……」


 佐々木さんは、こめかみの所を押さえて、大きなため息を吐きながら項垂れる。

 うん、その気持ちはよく分かるよ。


「まぁ佐々木さん。俺は気にしてないから大丈夫だよ」

「何かすいません」

「だから大丈夫だって。ほら、俺らも行こう」

「そうですね」


 俺達を置いて、先に歩いて行ってしまった、東城達を2人でゆっくりと追いかける。


 ――――

 ――


 おぉ……こりゃ思った以上に賑わっているな。

 祭り会場の河川敷に行くと、かなりの人でごった返していた。


「これは、1度はぐれたら合流は難しそうですね」

「ですね」

「なら、待ち合わせ場所でも決めとく?」

「だな。じゃあこの先にある神社にしとくか」


 あそこは出店もやってないし、ちょうどいいだろう。それに最後にやる花火の、いい穴場だったりする。


「オッケーだ」

「私も異議なし」

「私もそこで大丈夫です」

「東城も大丈夫だろ?」

「うん、大丈夫だよ」

「んじゃ決まりだな」


 待ち合わせ場所を決めて、俺達は会場に入っていく。


「さて、まずは何する?」

「私は龍君と一緒ならどこでもいいよ」

「俺も璃亜ちゃんと一緒ならどこでもいいぜ」

「いやん。龍君かっこいい!」

「はっはっは! だろぉ」


 こいつら、めっちゃイチャつくな……完全にバカップルだわ。


「じゃあ私は桜木君と一緒がいい!」


 東城はそう言うと、俺の腕にしがみついて来る。


「急に抱きつかないでよ……」

「えぇ〜いいじゃん別に」


 それがあんまり良くないんですよ。あなたのおっぱいさんが、俺の腕に挟まってますからね? そのせいで、俺の心臓はドッキドキのバックバク何ですよ。


「じゃあ、花火が始まるまで、各々自由行動にしますか?」

「あ、それいいね! 栞菜ナイスアイディア!」

「俺も賛成だ」


 こいつら、ノータイムで返事しやがったな。どんだけ2人で居たいんだよ。


「音葉は?」

「まぁいいんじゃない? 桜木君もそれでいいよね?」

「みんながいいなら、俺は構わないよ」

「じゃあ、決定だね。行こ、龍君」

「あぁ。んじゃ、また後でな」


 そう言って、龍と松田さんは腕を組みながら行ってしまった。


「佐々木さんは、俺達と一緒に回ろうぜ」

「え? いいんですか?」

「じゃないと、佐々木さんが1人になっちゃうでしょ?」

「ま、まぁ……そうなんですけど……」


 あぁ……これあれだな。

 俺と東城に気を使っている感じだな。別に俺らは付き合っている訳じゃないから、気にしなくてもいいのに。


「東城も佐々木さんが一緒でもいいよね?」

「うん。全然いいよ」

「決まりだね」

「ありがとうございます」


 よかったぁ〜

 ここで、東城が嫌だとか言ったら、どうしようかと思ったぜ。まぁ、東城に限ってそんなことはないか。


「それで何からしますか?」

「とりあえず、適当に腹ごしらえしたいな」

「あ、なら私、たこ焼き食べたい」

「いいねぇ。佐々木さんは?」

「それなら……綿あめがいいです」

「オッケー、なら順番に行こうか」


 ――――

 ――


「ふぅ……お腹いっぱい」

「私もです」

「同じく」


 流石に食い過ぎたな。

 東城と佐々木さんのリクエストである、たこ焼きと綿あめに加えて、いか焼きに小籠包、中華まんと焼きそばとチョコバナナ。

 こんだけ食えば、もう満腹だ。


「それにしても……本当に桜木君のものは、音葉持ちなんだね」

「まぁね。桜木君とはそういう契約だからね」


 改めて思うと、やっぱりこの契約ってすごいよな。遊びや外食の費用は全部、東城持ちだ。

 今は違和感しかないけど、そのうちこれが当たり前だと思い出すのかな?

 うわぁ……そんな自分めっちゃ嫌だわ。想像もしたくない。

 でもなぁ……これが東城と結んだ契約だもんな。とりあえず、まだ正常な考えが出来ているってことに安心しとこう。


「さてと、お腹もいっぱいになったし、遊びに行こうよ」

「そうだな。花火まではもう少し時間あるし」

「栞菜もいいよね?」

「うん、いいよ」

「それで? 東城は何かやりたいのあるのか?」

「もちろんあるよ! 栞菜は分かるよね?」

「多分、あれでしょ?」

「そうそう。あれあれ」


 おっと? 2人は分かりあっているぞ。俺だけ仲間はずれじゃん。

 てか、あれってなんだよ。気になるな。


「なぁ、そのあれを俺にも教えてくれよ」

「にひひっ、桜木君にはまだ秘密だよぉ〜」

「何でだよ……」

「まぁ、行ってからのお楽しみってことで」

「はぁ……分かったよ。んじゃ、早いとこ行こうぜ」

「うん!」


 ――――

 ――


「東城音葉! 狙い撃つぜっ!」


 なるほど。東城のやりたいやつって、射的のことだったのか。


「音葉は昔から射的が好きなんですよ」

「へぇ、そうなんだ」

「ただまぁ……すっごい下手くそなんですけどね……」

「うん……そのようだね」


 既に10回以上やっているけど、1発足りとも掠ってすらいない。逆によくそんな下手くそに出来るなと、関心しちゃうレベル。


「ぶぅー! 全然当たらない!」


 あーあ……すげぇ膨れっつらだな。今どき小学生でも、あんなに頬を膨らませないぞ。


「桜木君〜、栞菜〜」

「頑張れ頑張れ。そんなんじゃ、立派なガン○ムマイスターになれないぞ」

「オトハ、ガンバレ、ガンバレ」

「お? 佐々木さんモノマネ上手いね」

「えへへ。これしか出来ないんですけどね」

「それでも十分すごいよ」


 一瞬マジで、ハ○かと思ったもん。

 てか、佐々木さんもガン○ム知ってるのか。ちょっと以外だ。


「桜木君も結構詳しいんですか?」

「そこまでではないよ。見てるのは、ほとんどアナザーシリーズだし」

「私もですよ。宇宙世紀シリーズは、話数が多くて」

「そうなんだよねぇ。多分、見始めたらすぐなんだろうけど、それまでがね」

「その気持ち分かります」

「だよね」


 よかった。俺だけじゃなくて。


「ねぇ、ちょっと! 何2人でイチャイチャしてんのさ! 私はこんなに頑張っているのに!」

「別にイチャついてないよ」

「そうだよ。音葉の勘違い」

「どこがよ!」


 あらら、随分とお怒りのようだな。ムキーって感じで、地団駄まで踏んでるよ。

 てか、何回挑戦するつもりなんだか。もう20回は超えたぞ。


「なぁ、まだやるの?」

「取れるまでやる!」


 取れるまでって……せめて、景品に当たるようになってから言ってほしいんだけどなぁ。

 てか、射的屋のおっちゃんよ。もう、十分稼いだんだから、何か1個ぐらいくれてやれよ。


「佐々木さん、どうする?」

「んー、音葉があの状態になると長いですよ」

「あー、やっぱり?」

「はい」


 うーん……時間的にそろそろ行かないと、花火に間に合わないな。

 でも、あの様子だと、マジで取るまでテコでも動きそうにないし。

 はぁ……仕方ないなぁ。


「東城。ちょい代わって」

「桜木君がやるの?」

「うん」

「出来るの?」

「まぁ、少なくても東城よりはマシだと思うよ」

「何それ? ムカつくんですけど」


 そんなこと言ったってなぁ。東城が下手過ぎるのが悪いんだろ。


「まぁいいから。代わってよ」

「やだ!」

「あーじゃあ分かった。引き金は東城が引いて。俺が狙いを定めるから」

「まぁ……それだったらいいけど……」


 東城はしぶしぶといった感じで、銃を構える。俺は後ろから覆い被さるようにして、支えてやる。

 あ、しまったな。これ、傍から見たら東城に抱きついているみたいじゃん。でも、今さら離れたら、変に意識してるみたいになるし、気付かないフリしとこう。


「で? どれを狙ってるの?」

「あれ」

「何だよあれ……?」


 東城が指さしたのは、ライオンのぬいぐるみだった。ただ……そのぬいぐるみがなかなかの見た目をしている。


「アオライオン。知らない?」

「知らないねぇ」

「人を煽り散らかす、キャラクターだよ」

「クソみたいなキャラクターだな……」


 しっかし……見れば見るほど、腹立つ顔してるなあいつ。人を心底バカにした顔しやがってよ。しかも、中指立ててるんじゃねぇよ。


「まぁいいや。あれでいいのね」

「うん」


 体は小さいけど、頭だけ無駄に大きい、よくあるタイプのぬいぐるみだな。だとすると、頭のところを小突いてやれば、簡単に落ちそうだ。

 ちょうどいい。脳天ぶち抜いてやる。


「よし、この辺かな。東城、やっちまえ」

「うん! 東城音葉、狙い撃つぜ!」


 東城の撃った弾は、眉間のど真ん中にしっかりと当たり、そのままゴトンと落ちていった。


「やった! やたやたっ! 取れたよ、桜木君!」

「おう。ナイスヘッドショットだったよ」

「にひひっ」


 やれやれ……嬉しそうにしちゃってさ。手伝ったかいがあったな。


「ほい、おめでとさん」


 東城が喜んでいる間に、おっちゃんがアオライオンを持ってきた。それを東城は、満面の笑みで受け取る。


「にひひっ、桜木君。ありがと! 大事にするね!」

「お、おう……」

「あれれ〜? もしかして桜木君。照れちゃったの?」

「べ、別に照れてないよ……」


 ちょっとしか……


「にひひっ、桜木君ってば可愛い〜」

「うるさいなぁ」

「栞菜もそう思うでしょ?」

「ふふっ、そうですね」

「佐々木さんまで、やめてくれよ……」

「すいません」


 あの〜佐々木さん? そう言いつつも、クスクス笑ってますよ。絶対に悪いと思ってないですよね?


「はぁ、もう……もういいや。とりあえず、そろそろ行こう。時間ギリギリだ」

「そうだね。行こっか」

「って、くっつくなよ」

「えぇ、別にいいじゃん。ほら、行くよ」

「はいはい」


 ――――

 ――


「おう。遅かったな」

「ま、色々あったんだよ」


 俺達が待ち合わせ場所の神社に行くと、龍と松田さんがもう居た。


「そっちは楽しめたか?」

「それなりにな」

「そっか」

「んじゃ、行こうぜ」

「だな」


 神社の階段を登って、境内に向かう。

 この階段を登ったちょっと先に、少し開けた広場がある。そこが、知る人ぞ知る隠れた穴場スポットだ。


「あ、始まった」

「あぁ」


 月明かりが照らす夜空に、一発のデカい花火が花開く。そこから、次々と様々な色の花火が打ち上がった。


「綺麗だね」

「だな」


 こうやって、花火を見るのは久しぶりだな。少なくても、地元を出てこっちに来てからは、まともに見てない。


「ねぇ、桜木君」

「ん?」


 東城が、俺の服の袖をクイクイと引っ張る。


「来年は2人で来よっか」

「俺でいいのか?」

「ばぁか。桜木君だからいいんだよ」


 来年も一緒に、か。

 そうだな。俺と東城は、少なくても来年までは一緒にいる契約だ。なら、2人で来るのも悪くないか。


「……そっか。分かったよ」

「にひひっ、約束だからね」

「あぁ」


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