第5話 東城音葉の弱点
「あの〜東城さん?」
「なんだね、桜木君?」
「何故にネカフェなんすかね?」
「そりゃ、ここが最高のスポットだからですよ」
最高のスポット……ねぇ……
うん、まぁ分からんでもないよ。ネット使い放題、ドリンクにアイス食べ放題、漫画読み放題だしね。そんでもって、料金はお財布に優しいプライスレスだもんね。
でもさぁ、デートでここをチョイスするってどうなのよ? 俺、結構ウキウキワクワクで東城に着いて行ったんだよ。なのにネカフェって……
「むぅ……何か不満そうだね」
「めっちゃ不満だよ」
「でも、桜木君1人じゃ絶対に入れない、カップルシートだよ?」
「まぁ、そこだけは満足してる」
そう。俺達は今カップルシートに居た。正直、俺の人生では無縁だと思っていたから、そこそこテンション上がっている。
「じゃあ聞くけど、桜木君はどこだったら満足したのさ?」
「そりゃ、いい感じのカフェとかお洒落な雑貨屋だよ」
「今どき、デートでそんなとこ行かないよ。夢見過ぎ」
えぇ……そんなこと無いと思うんだけどなぁ。
「あ、コーラ取って」
「はいはい」
「ありがと。ん〜、やっぱコーラ最高!」
「その気持ちは、すげぇ分かるけど、ちょいと行儀が悪くないか?」
東城は、俺の膝に頭を乗せて寝っ転がっている。膝枕というやつだ。
んで、そのままの体制で、コップに入ったコーラをストローで飲んでいる状態だ。
「もぅ……口うるさいお母さんじゃないんだから、そんなこと言わないでよ」
「なら、言わせない行動をとってくれ」
「ん〜それは無理かなぁ。だって私、ダメ人間だし」
「あぁそう……」
ダメ人間契約を結んでいるから、それを言われると何も反論出来ないな。
「そういえば、さっきから何読んでいるの?」
「キ〇肉マン」
「あぁそれ面白いよね。私も好き」
「マジか」
この漫画を女子で好きだって言う人、初めて見たな。
「因みに桜木君が好きな超人は?」
「断然、ラー〇ンマンだな」
「おぉ、いいとこチョイスするね」
「何だかんだで、1番強いと思ってる」
「確かに、いつも大事なところで勝ってくれるからねぇ」
「そうなんだよ」
中学生の頃、よくラー〇ンマンの真似をして、友達にキャメルクラッチしてたなぁ。
「そう言う東城が好きな超人は?」
「私? 私はねぇ、バッ〇ァローマン。やっぱり、1000万パワーは伊達じゃないね」
そうそう。あの強さには驚いたな。因みに俺は、ハリケーンミキサーよりも、王位争奪編で使った、超人十字架落としの方が好きだ。
「おぉ、2000万パワーズだな」
「違うよ。バッ〇ァローマンのパートナーは、モン〇ルマンだよ」
「そんなの知ってるよ。でも、中身はラー〇ンマンじゃん」
「そうだけど、私の中では、ラー〇ンマンとモン〇ルマンは別物」
「うわぁ……出たよ出ましたよ。そういう信者いるよなぁ」
「いやいや、桜木君何言ってるの? そっちの方が邪道だからね」
「何だよ? やるか?」
「いいよ。受けて立とうじゃん」
――――
――
「なかなかやるね。桜木君」
「東城もね」
キ〇肉マントークが白熱して、気が付けば小一時間ほど経っていた。
結局、ラー〇ンマン、モン〇ルマン問題は解決しなかったけど、まぁ満足である。正直あれは、キノコの山かタケノコの里、問題と似たようなものだからな。
とりあえず、1番かっこよくて強いのは、ア〇ル兄さんだってことで落ち着いた。
因みにア〇ル兄さんとは、主人公キ〇肉マンの兄貴のことだ。
「なぁ東城」
「ん?」
「流石に足が痺れてきたから、1回下りてもらっていいか?」
「しょうがないなぁ、分かったよ」
ふぅ……ようやく解放されたぜ。
東城を膝枕するのは、悪い気はしない。むしろ役得であるけど、長時間となると少し、しんどいな。
「せっかくだから、何か映画観ようよ」
「そうだな。東城は何か観たいのある?」
「ぱっと出ないから、桜木君に任せるよ」
「了解」
さて、何観ようかな? 最近、映画館に行ってないから、どうせだったら、観たかったけど観に行けなかったやつにするか。
「お? これあるんだ」
「いいのあったの?」
「うん。これにする」
俺が選んだのは、去年公開されたホラー映画だ。とにかく、怖くて完成度が良いって、口コミの評価がめっちゃ高かったんだよな。
「どれどれ? え……?」
「ん?」
映画のタイトルを見た東城は、顔を引きつらせて固まった。
「ね、ねぇ……桜木君……」
「何だ?」
「こ、これにするの……?」
「あぁ、ずっと気になっていて観たかったんだよね」
「……そ、そうなんだ……」
おっと? もしかして、東城のやつ。
「なぁ、もしかしてさ――」
「べ、別に平気だよ!」
「い、いや、でもさ……」
「全然問題ないから!」
そう言う割には、ありえないくらい顔が強ばっているし、カタカタ震えながら、俺にしがみついているじゃん。
「やっぱ別のにする?」
「だから、大丈夫だってば!」
「とても大丈夫には見えないんだが……」
「うう、うるさい! ほら、再生!」
「あ……」
東城は、やけくそ気味に動画の再生ボタンを押してしまった。
あーあ……どうなっても俺は知らないぞ。
「……っ、……っ、……っ」
あのー東城さん? まだ始まってすらいないのに、鼻息がすごいですよ。
本当に大丈夫か? この映画2時間あるんだぜ。その調子で、最後まで持つんですか?
「う、うぅ……ひっ!」
映画が始まって、冒頭のところで既に、ビビりまくっているよ。まだ人物紹介とか世界観の説明ぐらいしかやってないぞ。どこに怖がる要素あるんだよ。
しかしまぁ、東城の意外な弱点発見だな。これは、少しからかって見るのもアリだな。よしっ
「あ、飲み物がなくなったな。俺、ちょっと取ってくるわ」
「だだだ、ダメ!」
「いやでもさ」
「ダメったらダメなの!」
立ち上がろうとする、俺の腕を掴んで無理矢理座らせる。しかも、すごい力だ。どうやら、意地でも行かせないつもりだな。
「お、お願いだからぁ……どこにも行かないで……」
「っ……わ、分かったよ……」
くそ……それは反則だって。そんな、涙目で言われたら、もう行けないじゃん。
「…………」
気が付くと、東城はさっきよりもガッツリしがみついていた。
東城のおっぱいが俺の腕に、これでもかってくらい挟まれている。こいつは、非常にまずい。意識が腕に集中して映画の内容が全く入ってこない。
「……ぅ」
「……」
「……ひっ」
「……」
待て待て、まだホラーシーンないぞ。いったい何でビビっているんだよ。いや、そんなことよりも、腕に挟まったものが凶悪過ぎる。俺にはこっちの方が怖いんだが。
「…………うひっ」
あ、ああ! 東城さん!? そんなにくっついたら、更に深みにハマってしまうって!
てか、もうしがみついているって、レベルじゃないよ!? 足まで巻きついていますって!
「…………う、うぅ」
「……」
やばいぞ。いよいよ展開も怪しくなってきた。多分、そろそろ来る頃だ。
『ギャー!』
「ああぁぁーー!」
「痛い痛い痛い!」
案の定、不気味な髪の長い女の幽霊が、飛び出してきた。
それと同時に、東城が耳元で悲鳴をあげながら、とんでもない力で抱きついてくる。
ダメだこいつ。恐怖で力加減がバカになっているぞ。
「い、いやっ! あっあぁ!」
「痛い! 痛いって東城!」
指と爪が、くい込んでいるって! ああ! でもその分おっぱいが! おっぱいがダイレクトで俺の腕に! 痛いけど、おっぱいの感触が気持ちよ過ぎる!
「うぎぁいやぁー!」
「うおっびっくりした!」
「うやうやいや!」
「いてててっ!」
こいつまた悲鳴あげやがった。
だから指がくい込んでいるって! どんな力だよ! 握りつぶす気か!
「〇#☆¥*△□!?」
「ついに言語すら失った!?」
「〇#$¥☆%*□△ー!」
「いでぇー!」
腕噛まれた!?
いや、ちょっと待ってくれ! そのまま首を振らないで! 食いちぎられる!
あぁでも! おっぱいが太ももが当たって最高だぜー! ヒャッハー!
「あうあうわうわう」
「何だって?」
「ど、ドア……手が、」
「あぁはいはい。そうだね」
幽霊に追いかけられた主人公達が、どっかの部屋に逃げ込んだはいいが、ドアの隙間から手が出てくるっていう、まぁよくあるやつだ。
それに東城さんは、大いにビビっていらっしゃる。
「#△+*○□¥☆%!」
本当に大丈夫なのか?
映画は中盤に入ったところだ。今でこれだったら、クライマックスには死んじゃう可能性があるな。
「ひぐっ、う、うぅ……うっ、っ、うぐ……」
「泣いた!?」
おいおい、嘘だろ……ガチ泣きじゃん。どんだけ追い詰められているんだよ。
こりゃ東城のためにも、ここらで見るのをやめた方がよさそうだ。
「あー東城? もう見るのやめようぜ。な?」
「うーうっ、やだぁ……」
「何でだよ……」
「見るのぉ……ひぎぃ!」
意味が分からないよ。そんなになってまで、ホラー映画なんて見るもんじゃないよ。
「ひぐっ、うぅ……っ、うっ、うぐぅ……っ、げほっ、げほっ」
「泣き過ぎて、むせちゃってるじゃん。大丈夫かよ……」
「だ、大丈夫じゃないぃ……」
「なら、見るのやめろよ」
「それはいやぁ……」
そっかぁ、やめないのか。いや、だから何でだよ……マジで意味分かんないよ。
「いやぁー!」
「だから痛いってー!」
――――
――
「……」
「……」
よ、ようやく映画が終わった……
疲れた。本当に疲れた。多分、俺の人生で1番、濃密な2時間だった。色んな意味で。
「……」
東城は真っ赤に泣き腫らした目を、虚空に向けていた。微動だにしない。
「東城? 生きてる?」
「……」
「おーい」
「……なんて事ない、つまらない映画だったわね」
「どの口が言ってんだよ、ふざけんなよ。ぶっ飛ばすぞ」
あんだけ、ギャーギャー騒いでおいて、よくそんな事が言えたな、こいつ。
「ほら、正直に言ってみろ」
「……怖すぎて、死ぬかと思いました……」
「よろしい」
東城は、手の甲で涙を拭きながら言う。残念なことに未だに涙は止まっていないようだ。
「ほら、帰るよ」
「う、うん……」
東城が大騒ぎしたせいで、隣からはうるさいと怒鳴られるし、店員さんから怒られるし、散々だった。
これ以上は、お店の迷惑になるし、何より俺が早く帰りたい。
「東城?」
「あ、あのね……?」
「ん?」
「腰が抜けちゃって、立てない……」
「マジかよ……」
東城は頑張って立とうとしているけど、全く立てる気配がない。それどころか、足がガクガクと震えまくっている。
「はぁ……仕方ないなぁ。ほら、背中に乗って」
「……ありがとう」
「いいよ」
俺は東城をおぶって、部屋から出る。会計の時に店員さんから、何やってんだこいつら? みたいな目で見られたけど、完全スルーさせてもらった。
あ、因みにしっかり出禁になりました。
「おぉ、真っ暗だな」
日もすっかり落ちていて、空は真っ暗だ。まぁ、あっちこっちに街灯があるから、そこまで暗い訳じゃないんだけどね。
「しかし、東城があんなに怖いのが苦手だと思わなかったな」
「あれだけは、どうしても無理なの」
「じゃあ何で、ホラー映画見たんだよ」
「あれだよ。怖いのが苦手だけど、心霊番組とかは見たくなっちゃうやつ」
「なるほどね」
結構いるんだよなぁ。そのタイプの人間。
「桜木君は、怖いの平気なんだね」
「まぁ、そうだね」
「信じてないの?」
「ん〜どうだろうね。実際に見たことないからなぁ」
最終的には、俺に害がなければ、いてもいなくても、どちらでもいい。
「あ、今日のこと秘密にしてね」
「えぇ〜、どうしようかなぁ」
「本気で怒るよ」
「分かった分かった。分かったから、首締めないで」
「もう……」
危ねぇ……スリーパーで、絞め落とされるかと思った。
「約束だからね」
「うん、了解」
「絶対だよ。喋ったら許さないんだからね」
「大丈夫だよ。誰にも言わないから」
言われなくても、初めから誰にも言うつもりはない。
だってねぇ、あんな無様な姿は、普通知られたくないもんね。俺だってやだもん。
自分がやられて嫌なことは、人にやらない。これ、生きていく中で大事なことだ。
「なぁ、東城?」
「なに?」
「1つ素朴な疑問があるんだけどいい?」
「うん。いいよ」
「お前、この後、トイレとか風呂とか大丈夫なの?」
映画では、幽霊がトイレから這い出て来たり、いきなり風呂から出てきたりしたんだよな。
あれは、嫌でも思い出すはずだ。
「あ、ああ……」
「東城?」
「な、何で忘れてたのに、思い出させちゃうの!」
「そいつは悪かったよ。でも、大事なことだよ?」
「む、むりぃ……」
「ですよねぇ〜」
うん、まぁね。聞く前から分かってはいたけどさ。こうも、予想通りの反応だとはなぁ。
「きょ、今日は、トイレもお風呂も1人では無理……」
「じゃあどうするの?」
「さ、桜木君と一緒に?」
「いや、それは流石に無理でしょ」
「じゃあ、お風呂には入らない! トイレは漏らす!」
「勘弁してくれ……」
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