第2話 ライブ

「よっ、随分と遅い登校だな。アラタ」

「色々あったんだよ」

「ほう、そいつは興味深いな。話してみろよ。親友である、吉田龍よしだ りゅうによ」

「何故にフルネーム?」

「その方がかっこいいだろ」

「そうか?」


 教室に入ると、大学で唯一の友達である龍が話しかけて来た。

 龍は茶髪の爽やか系イケメンだ。愛想もよくてノリもいいから、大学ではかなりモテている。


「んで? 何があったんだよ? アラタが授業サボるなんて初めてだろ」

「あー……話すと長くなるんだよなぁ」

「もしかして、昨日の飲み会の後、東城さんと何かあったのか?」

「まぁそんなところだ」

「へぇ、あんなにベロベロに酔ってたのに何があったんだよ?」

「授業終わったら話すよ。俺もお前に色々と聞きたいことがあるし」

「そか」


 そこまで言うと、ちょうどいいタイミングでチャイムがなる。

 とりあえず今は授業に集中しよう。学生の本分は勉強だしな。


 ――――

 ――


 授業が終わり、俺と龍は大学近くの喫茶店に来ていた。今日とっている授業は、さっきので終わりだからこの後は2人共フリーだ。


「んじゃ、早速聞かせてもらおうか」

「あぁ……実はな……」


 俺は東城とあったことをこと細かく話した。こんなことを気軽に人に話すべきじゃないことは分かってるんだけど、ぶっちゃけ頭の中で整理が出来てないし、気持ちがテンパっているから、誰かに聞いてもらいたかった。


「マジで?」

「マジなんだよなぁ……」


 俺の話を聞き終わった龍は、顔を引き攣らせながら言った。

 うん、まぁそうなるよな。


「東城さんマジでやべぇな」

「あぁ、超やべぇ」

「その契約、断ることは出来なかったのか?」

「断れたら、こんな状態になってないよ」

「でもさ、東城さんの言ってること無茶苦茶だぜ? ちゃんと話せば、何とかなっただろ」

「まぁ、確かに何とかなったかもな。でも、話が大きくなったらまずい」

「あぁ……なるほど。確かに下手したら、アラタの実家に話が行っちまう可能性があるな」

「そういうことだ」


 俺が地元を離れて、東京で一人暮らしをしていられるのは、実はかなり奇跡に近い。高校の時に親父を説得するのに随分と苦労したんだよな。

 因みに龍は、ガキの時からの付き合いだ。

 だから、俺の実家事情を知ってる。知ってるからこそ、今の話が親父の耳に入ることのやばさが分かる。


「ごめんな。俺がアラタをライブに誘っちまったばっかりに」

「それについては、気にしなくていいよ。行ったのは俺の責任だし。それにこんなことになるなんて、普通は予想出来ないって」

「そう言ってくれると助かるよ」


 俺がライブに行ったのは、龍の誘いがあったからだ。

 龍は、東城のバンドに所属しているベースの子と付き合ってる。その流れで、ライブに行って打ち上げに参加することになった。


「俺の方から、璃亜りあちゃんに言っとくか?」

「璃亜?」

松田璃亜まつだ りあ。俺の彼女の名前だよ。昨日教えただろ」

「あぁ、そういえばそうだったな」


 どうにも、昔から人の名前を覚えるのは苦手なんだよなぁ。最低でも2〜3回は聞かないと覚えられない。


「んで、どうする?」

「あー……いいや」

「何でだよ?」

「ほら、この件でバンド内で揉めたら大変だろ?」

「お前……相変わらずお人好しだよな」

「こういう性分なんでね」

「まぁ、それがアラタのいいところか。同時に悪いところでもあるけどな」


 おっしゃる通りですな。この性格のせいで、高校の時は随分といいように使われたもんな。


「ところでアラタさんや」

「何かな、龍さん?」

「結局のところ、東城さんとやったのか?」

「それが分からないんですよ……」


 あの後、そのことについて東城に聞いたんだけど、はぐらかされたんだよなぁ。


「なるほど。つまり、童貞(仮)ってことですかな?」

「まぁ、そうなりますな」

「それは……モヤモヤするってばよ……」

「まったくだってばよ……」


 全ての真相は、東城のみぞ知るってやつだ。

 はぁ……気になって夜も眠れねぇぜ。


「でも、アラタさんや。東城さんの裸は見たんだよな?」

「あぁ、バッチリとな。既に脳内フォルダに保存済みだ」

「単刀直入に聞こう。どうだった?」

「一言で言うなら……最高だった」

「詳しく聞こうか」

「まずは、あの顔の良さだ。そこらの女子よりも圧倒的に可愛い。そんでもって、海外の女優並のスタイルだ。出ているところはしっかりと出ていて、引き締まっているところはしっかりと引き締まっている。そして何よりも! AVでは味わうことの出来ない、リアルなエロさ! 鼻血が出るかと思ったぜ」

「な、なるほど……」


 出来ることなら、自らの手で触れてみたかった。それだけが、非常に悔やまれる。何故あの時に俺は、手を出せなかったのだ!


「なぁアラタ。これは親友の吉田龍としてではなく、紳士として聞く。だから、お前も紳士として答えろ」

「分かった」

「お前、実はかなり東城さんとの同棲を楽しみにしているだろ?」

「もちろんだ」

「あわよくば、最後までやりたいと思ってないか?」

「当たり前だぜ」

「ゴムは用意したのか?」

「抜かりない。さっきア〇ゾンで1カートン注文した」

「ローションは?」

「問題ない。それも1ケース注文済みだ」

「アラタ、お前最高に紳士だぜ」

「当然だぜ。俺ほどの紳士がいるかよ」


 この契約にはかなり問題があるとはいえ、男としては、最高のシチュエーションであることは間違いない。

 だから、何が起きても大丈夫なように準備を怠る訳にはいかないのだ。


「あ、そうだ。お前この後何か用事あるか?」

「いや、特にないぞ」

「こんなのがあるんだが」


 俺は財布から、2枚の紙切れを取り出して龍に見せる。


「これって、今日のライブのチケットじゃん。どうしたんだ?」

「東城にもらった」

「アラタは行くのか?」

「まぁ、せっかくもらったからな。それに俺は昨日のライブは聞いてないし」

「あぁ、そういえばそうだったな」


 ライブハウスには行ったんだけど、東城のライブが始まる直前に電話がかかってきて、対応している間に終わってたんだよなぁ。だから、チケットだけ買って、肝心なところを逃した、バカなやつになっちまったということだ。


「どうする?」

「んじゃ、行こうかな。璃亜ちゃんをビックリさせてやりたい」

「決まりだな」


 ライブは16時からだ。それまで、龍と適当に時間を潰してから、ライブハウスに向かった。


 ――――

 ――


「しかし、すげぇ混んでるのな」

「まぁ、AGEはインディーズではかなり人気バンドだからな。チケット代と物販で、それなりに稼いでいるらしいぞ。璃亜ちゃんが言ってた」

「ふーん。なるほどな」


 今日はAGEのワンマンライブなのに、既に会場は人でごった返している。少なくとも100人以上はいるんじゃないか?

 東城って実はすごいやつだったんだな。


「お、そろそろ始まるぞ」

「おう」


 会場の電気が消えて、ステージだけが照らされた。そして、東城達が堂々を入ってくる。


「みんなお待たせ! 今日は私達のライブに来てくれてありがとう! めいいっぱい楽しんでいってね!」


 MCの東城がそう言うと、会場のボルテージがグワッと上がる。

 すごいな。たった一言でここまですることが出来るなんて。多分、東城のカリスマ性のおかげだろう。


「それじゃあ、1曲目! サムライMusic!」


『ただいま参上! 切り捨て御免! ハッ!

(ハッ! ハッ! ソーレソレソレ!

 ヨッ! セイッ! ヨーイ! ヨーイ!)

 至極真っ当な常識が

 ウザイと感じたのはいつからだ? Ah……

 息が詰まっちゃうしがらみが

 鎖となって私を縛り付ける

 生きずらいね 煩わしいね

 ならば……断ち切ろうか!

 斬斬斬ざんざんざん! 荒ぶるメロディ

 斬斬斬ざんざんざん! 魂のビート

 刃に乗せて斬りつけろ!

 斬斬斬ざんざんざん! 一刀両断

 斬斬斬ざんざんざん! 乱れ斬り

 私は時代を斬り裂く

 音楽サムライさ! ハッ!


(セイッ! ハッ! ソーレソレソレ!

 エイッ! ヤッ! ヨーイ! ヨーイ!)

 社会の奴隷の大人達

 黙って道を開けなさい

 私様のお通りだい

 これからテメェらに見せてやる

 クソッタレな世の中を斬り裂く

 革命のライブを

 斬斬斬ざんざんざん! 震えるリズム

 斬斬斬ざんざんざん! 轟くソング

 刃に乗せて斬り開け!

 斬斬斬ざんざんざん! 革命の歌

 斬斬斬ざんざんざん! 反逆の音楽

 私は時代を斬り裂く

 音楽サムライさ! ハッ!』


 す、すげぇ……本当にすごいや。


「どうだった? AGEのライブは」

「やっばいな……」


 今まで音楽は色々聞いてきた。流行りの曲やアニソンなんか、とにかく色々聞いてきたけど、こんな気持ちになったのは初めてだ。

 当然なのかもしれないけど、高校の軽音部や文化祭でのステージ発表に出ているやつらとは、圧倒的に演奏のレベルが違う。

 そして何よりも、何とも言えない高揚感がある。

 たった1曲で、完全に心を掴まれたって感じだ。

 間違いなく俺はAGEのファンになった。


「ありがとう! それじゃ次の曲いくよ!」


 東城がそう言うと、会場のボルテージはさらに跳ね上がる。


「せっかくだ。一緒に盛り上がろうぜ!」

「おう!」


 ――――

 ――


「やっほ」

「あ、桜木君じゃん。来てくれたんだ」

「チケットもらったからな」


 ライブが終わって今は、グッズを買った人へのサイン会が開かれていた。

 完全にファンになった俺も、サインを貰うためにCDを購入して列に並んでいた。んで、ようやく順番が回ってきたところだ。


「にひひっ、ありがとう。どうだった?」

「最高だったよ」

「そっかそっか。でも、桜木君なら買わなくてもサインくらいしてあげるよ」

「それはダメだ」


 そう言ってくれるのは、ファンとしてすごく嬉しい。

 でも、それだけは絶対にダメだ。


「ふーん。何で?」

「東城の……いやAGEの音楽は、お金を取れるだけの価値があるからだよ。これは誰にも出来ることじゃないんだ」

「へぇ嬉しいこと言ってくれるね」


 形は違えど、東城がやっていることは俺が目指しているのと同じだ。

 自分が作ったものやったもので、人からお金をもらう。本当にすごいことだ。

 知り合いだから特別だからといって、お金を払わないってのは、俺の中では許せないことなんだ。


「素直な気持ちだよ。だから、後でチケット代は払わせてもらうからな」

「ま、そう言われちゃ仕方ないね」


 東城はそう言いながら、慣れた手つきで、サラサラとサインを書く。


「桜木君はこの後用事あるの?」

「特にないな」

「そっか。じゃあ、少し待っていて。私達もこれが終わったら帰るだけだから」

「了解。外で待ってるよ」

「うん」


 ――――

 ――


 東城からサインをもらって、龍とライブハウスの外で待っていると、楽器を背負ったAGEの面々がでてきた。


「ごめん。待った?」

「いや、そこまで待ってないよ」

「なら、よかった! にひひっ」

「っ……」


 くっそ……可愛いな。

 ラブホで見た時は悪魔みたいだったけど、今はドキッとしちまう。ほんと、色んな意味で怖い女の子だよ。


「もぅ龍君! 来るなら来るって言ってよ。ビックリしたじゃん!」

「ごめんって。急にアラタに誘われたんだよ」

「アラタ? あぁ、昨日の」

「どうもっす」


 この子が龍の彼女の松田璃亜まつだ りあさんか。

 背中まで伸びているウェーブのかかった、クリーム色の髪。少し幼さが残った顔立ちをしている。そして、人懐っこい喋り方をしているな。

 なるほど、龍好みの女の子だな。


「今度はちゃんと覚えろよ。この子が俺の彼女だぞ」

「今回は覚えたよ」

「ん? どういうこと?」

「アラタは、人を覚えるのが苦手なんだよ。だから、璃亜ちゃんのこと覚えてなかったんだ」

「すいません……」


 こればっかりは、もう謝るしかない。自分でも直そうと思ってるんだけど、なかなかね。


「となると、私のことも覚えてない感じですね」

「あ、はい。すいません……」

「大丈夫ですよ。では、改めて自己紹介しますね。私は佐々木栞菜ささき かんなです。AGEではドラムやってます」

「佐々木さんですね。俺は桜木アラタです」


 モデルのようにスラッとした体型で、黒髪のショートカット。言葉遣いも丁寧で、落ち着いた大人の女性って感じだな。


「あ、今日のライブ最高でした。俺、すっかりファンになったっす」

「ふふっ、ありがとうございます」


 おぉ……佐々木さんめっちゃいいな。

 何か、東城とはまた違った良さがあるわ。


「ちょっと桜木君。なーに、デレデレしてんのさ」

「別にしてないよ」

「嘘ばっかり。鼻の下伸びてたよ」

「……そんなことない」

「はーい! 鼻触った!」

「うぐ……」


 しまった。こんな初歩的なトラップに引っかかるなんて……


「どうやら、マヌケは見つかったようだな」

「お前は、空条〇太郎かよ……」

「にひひっ、これ1回やってみたかったんだよね」

「ち、夢が叶ってよかったな……」


 くそ、羨ましいな。俺もそのセリフ言ってみたかったわ。今度チャンスがあったら絶対に言ってやる。


「音葉は桜木君と仲良いだね」

「まぁねぇ」

「昨日の今日で、何かあったの?」

「いやぁ、実はね。昨日は桜木君とラブホでお熱い夜を過ごしたんだよ。ねぇ〜、桜木君」


 ちょっと待ってくれよ……その言い方は、色々と誤解を招くぞ。

 え? てか、やっぱり俺ってやったのか? 大人の階段登っちゃったのか!?


「ねぇ龍君。音葉の言ってることって、マジなの?」

「俺も詳しくは知らないけど、多分マジだな」

「ワオ。音葉やるじゃん」

「にっひっひっ、まぁねぇ」


「ちょっと桜木君? 詳しく話を聞かせてもらってもいいですか?」

「い、いや……そのですね……これには色々と深い訳がありまして……」

「はい。ですから、ゆっくり詳しく話を聞かせて下さい」


 いやいやいや! 佐々木さん怖いって!

 めっちゃ笑顔なのに目が全く笑ってないですよ!?


「わぁ〜、栞菜ってば怖い〜」

「誰のせいだと思っているんだよ!?」

「はいはーい! 私でーす!」

「うん、素直でよろしい。いや、違うわ!」

「おぉ、いいノリツッコミだね」

「ほら、桜木君。ふざけてないで早く行きますよ」

「ど、どこに行くんですか……?」

「さぁ? それは桜木君次第ですね」


 あぁ……これってもしかして、俺死んじゃうのかな?

 せめて死ぬ前に、童貞を卒業したのかしてないのか知りたかったぜ……

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