第3話 同棲の始まりと餌付け

「いやぁ、怒られたねぇ」

「あぁ……佐々木さんめっちゃ怖かった……」


 あの後、佐々木さんに全てを話した結果、2人揃って怒られた。あまりにも怖すぎて、もう少しで泣いちゃうところだったぜ。

 まぁ、怒られた原因の大半が、ダメ人間契約だったのは言うまでもない。佐々木さんは大反対だし、松田さんは結構ガチめのドン引きだった。

 佐々木さんが東城に色々とやめろと説得していたから、多分この契約は無くなるんだろうなって思いながら、ボケっとしていたら気が付いた時には、東城は佐々木さん達を言いくるめていた。いやはや……本当に恐ろしい子だよ。

 まぁそんな訳で、俺と東城のダメ人間契約は予定通り決行となった。


「それにしても、東城の家が近所だったなんてな」

「うん。それについては、私もビックリしたよ」


 同棲のスタートが今日からとの事で、とりあえず必要な物だけを取りに、東城の家に行ったんだけど、まさか歩いて数分のバリバリ近所だとは思わなかった。

 世間は狭いって言うけど、あれは結構マジなんだな。


「てかさ、家に物無さすぎじゃね?」

「まぁ、元々物がないってのもあったけど、必要ないのは、朝のうちに全部捨てたからね」

「行動力が凄まじいな」

「にひひっ、それが私のいいところだからね」

「なるほどね」


 ま、こんくらいの行動力がなかったら、ダメ人間契約なんて言ってこないか。


「着いたぞ。ここが俺ん家」

「そして、私の家になるところね」

「そうだな。ほれ、入ってくれ」

「うん。えっと、ただいまかな?」

「ん。おかえり」


 ただいま、か……

 何か少し変な感じだな。

 まぁ、それも直ぐに慣れるか。なんせ、最低でも2年は一緒に暮らすことになるんだからな。


「おぉ……思ってたより広いんだね」

「まぁな」


 なんて言ったって2LDKだ。

 どう考えても、1人で暮らすには広すぎるくらいだ。


「あ、そこの部屋は空いてるから、今日から東城の好きに使ってくれ」

「分かった」


 ようやく、この部屋を有効活用出来たな。ここに来てから、1回も使ってなかったんだよな。


「こりゃ、結構家賃が高そうだね」

「いや、家賃の心配はしなくてもいいよ」

「それはダメだよ。そういう契約でしょ」

「あー違う違う。家賃は親持ちなんだよ」


 ありがたいことに、家賃と大学の学費は親に払ってもらっている。その代わり、光熱費や生活費は自分持ちだ。


「なるほどね。でも、別に家賃も私が出してもいいよ」

「いや、それはやめてくれ。この契約が親にバレるのは、ちょっと都合が悪いんだ……」

「そっか。なら仕方ないね」


 助かるな。

 大した理由がある訳じゃないけど、正直この件に関しては深く踏み込んでほしくない。


「さてと、早速で悪いんだど、細かいルールとか確認とか決めちゃおうか」

「賛成だ」


 東城が持ってきた荷物を一旦、テーブル横に下ろして、俺達はソファーに座った。


「それじゃ、まずは私が払うお金について確認しよっか」

「だな。まずさっき言った通り、家賃は必要ない」

「となると、食費と光熱費がメインかな?」

「まぁそうなるな」

「因みに月にどのくらい使ってるのかな?」

「ちょっと待ってて」


 俺はそう言って、棚に置いてある家計簿を持ってきて、東城に見せた。


「まぁこんな感じだな。食費はだいたい2〜3万程度で収めている。光熱費は、電気代以外は全部最低料金だ」

「わぁ……桜木君って結構マメなんだね」


 東城は家計簿を見ながら驚いていた。

 まぁそれも当然かな。俺の場合、レシートや領収書なんかは全部取っているし、その日使ったお金もこと細かく記録してある。

 学生でここまでやっているやつなんていないし、下手したらその辺の主婦もやってないだろう。


「うーん。この家計簿を見る限りだと、8万くらいあれば余裕そうだね」

「そうだな」


 まぁ、実際のところ6万あれは普通に生活出来るんだけどな。ただそれは、俺1人だった場合の話だ。東城もとなると、確かに8万は必要になるだろう。


「了解。んじゃ、とりあえず15万渡しておくよ」

「いや待て待て、流石にそれは多すぎだろ」

「余ったら、次の月に回していいよ。それにこの中には、桜木君が自由に使っていい金額も入ってるから」

「分かった。それでいいよ」

「了解。あ、足りなくなったら言ってね」

「多分大丈夫だと思うけど、了解だ」


 かなり太っ腹だな。でもまぁ、何があるか分からないし、お金はあるに越したことはない。

 この際、もらえる物はもらっておくとするか。


「次は私のことなんだけど、基本的に自由にさせてもらうね。具体的には寝たい時に寝て、遊びたい時に遊ぶ感じかな」

「んで、俺が東城の身の回りの世話をすればいいんだろ?」

「うん。掃除洗濯にご飯やお風呂の準備、その他もろもろだね」

「了解した」

「あ、でも、流石に大学の用事がある時はそっちを優先していいから」

「それはありがたいけど、いいのか?」

「もちろん。大学は、桜木君の将来に関わるからね。それを邪魔するのは違うから」

「助かるよ」


 よかった。実はそこだけが、ちょっと心配だったんだよな。


「とりあえず、こんなものかな?」

「だね」

「じゃ、これからよろしくね。桜木君」

「こっちこそ、よろしく頼むよ。東城」


 俺は東城から差し出された手を握る。契約の握手ってところかな。


「それじゃ、早速ダメ人間モード発動〜。あ、私の荷物、部屋に運んでおいて。後、ご飯の用意もよろしくねぇ」

「はいはい」


 東城は、だらしなくソファーにゴロンと寝転びながら言う。

 すっごい切り替えの早さだな……

 てか、無防備過ぎないっすか? 可愛らしいおへそが見えてますよ。


「桜木君」

「ん?」

「私のお腹見てるのバレバレだよ」

「す、すまん……」

「にひひっ、桜木君のエッチ〜」


 俺は東城のからかった視線から、逃げるように荷物を持ってリビングから出た。これ以上あそこに居たら、またからかわれそうだ。


 ――――

 ――


「うん。こんなものかな」


 東城の荷物を部屋にぶち込んでから、俺は今日の夕飯を作っていた。んで、今ちょうど作り終わったところだ。

 本日の献立は、鶏もも肉の照り焼きと野菜炒めだ。


「おーい、東城。ご飯出来たぞ」

「……」


 って、寝ていらっしゃるよ……

 ほんとにもぅ……無防備にもほどがあるってば。てか、メガネ付けっぱなしじゃん。フレーム曲がっても知らないぞ。


「東城さ〜ん。起きて下さい〜」

「……うぅん」

「起きないとイタズラしちゃうぞ」

「うん……」


 え? 今オッケーもらった?

 だって今、うんって言ったよね? 聞き間違いじゃないよね?


「……」


 よ、よし……やるぞ。俺はやるぞ! 据え膳食わぬは男の恥ってやつだぜ。


「え、えい……」

「う、ううん……?」


 お、おぉ……や、やわらけぇ……それなのに、プニプニとした弾力まである。例えが安直になるけど、マシュマロみたいだ。

 これが、女の子のほっぺたか。


「なに、してるの……?」

「あ、あー……」


 しまったな。少しプニプニし過ぎてしまったようで、東城が起きてしまった。


「質問、答える」

「ちょっとした、イタズラすっね」

「ふーん……」


 東城は、むくりと起き上がり、ぐーっと大きく伸びをしてから、まだ眠そうな目で俺を見る。


「ねぇ桜木君」

「何でしょう?」

「普通、ほっぺじゃなくて、おっぱいの方じゃない?」

「……」


 いや、まぁ……うん。

 俺も最初は、その魅力度満点のおっぱい様をつつくつもりでしたよ。でも、直前でチキりましたよ。だってねぇ……ほら、俺って多分まだ童貞ですから。そんなイケイケゴーゴーの精神は持ち合わせてないんですよ。


「別に触ってもよかったのに」

「からかうなよ……」

「にひひっ」


 ったく……そういうのは、冗談でもやめてくれよ。本気にしちゃうだろ。

 まぁ……本気なったところで、出来るかどうかは別問題なんだけどね。


「あ、いい匂いがするね」

「そりゃ作りたてだからね。すぐに食べる?」

「うん。よろしく」

「あいよ」


 やれやれ……何となくだけど、今後も同じようなことで、からかわれそうだな。

 それに今の感じで分かったけど、早くも俺と東城のパワーバランスが確定してしまったようだ。


 ――――

 ――


「おぉ! これは美味しそうだね!」

「そう言ってもらえると、嬉しいよ」

「いやぁ、まさかこんなに、ちゃんとしたの出てくるとは思わなかったよ」


 まぁ、男子大学生が出す夕飯にしては、かなり家庭的だろうな。


「桜木君って、料理上手なんだね」

「自慢じゃないが、結構自信があるね」


 料理は子供の頃からずっとやってたからな。同年代のやつらよりは、出来る自信がある。それに俺自身、料理することは結構好きだったりする。だから、多少凝ったものを作ることも、全然苦じゃない。


「にしても、その、悪いな」

「ん? 何が?」

「ほら、東城の食器ないだろ?」

「あぁ、なるほどね。別に気にしなくてもいいのに」


 これに関しちゃ、完全に気がつくのが遅れてしまった。俺が気が付いたのは、料理してる最中だ。

 本当は味噌汁も付けたかったんだが、入れるものがないから諦めた。

 東城にはマジで申し訳ないけど、白米はラップの上、取り皿はたまたま買ってあった紙皿、箸はコンビニでもらえる割り箸だ。

 明日、早急に東城の食器を買いに行かないとな。


「あ、そうだ」

「ん?」

「桜木君、食べさせて」

「は、はぁ?」


 意味が分からない。何で今の話の流れから、食べさせてになるんだよ。


「ほら、私ダメ人間だしね」

「いやいや……意味不明なんですけど」

「いいからいいから」


 東城はそう言うと、ちょこちょこっと俺の隣に寄って来て、ぽすんと腰を下ろす。


「はい。あーん」

「マジでやるの……?」

「早く〜」


 小さくて可愛らしい口を開いて、早く寄越せと言わんばかりに、パクパクとさせている。まるで、親鳥から餌をもらう雛鳥みたいだ。

 ただ、雛鳥と違うのは、何とも言えないエロスがある。なんと言うか、こう、とてもいけないことをしている気分になるのは、気のせいではないはずだ。


「ねぇ、早くしてよ」

「わ、分かったよ……」


 こ、こうなりゃ、覚悟を決めるしかない。そ、そう、これはただの食事だ。それにお願いしてきたのは東城なんだ。俺はそれに従うだけなんだ。

 俺は若干震える手で、箸を握り、鶏もも肉の照り焼きを取って、東城の口へと入れる。


「むぐ。うん、美味し」

「そ、そいつはよかった……」


 や、やばいやばい! なんだこれ!?

 上手く言えないけど、とにかくやばい! 俺の理性がごりっごりに削られる!


「ん? どうしたの?」

「い、いや……何でもないよ?」


 まずいな……初手で照り焼きを食わせたのは、失敗したな。

 唇に付いた照り焼きの油をペロリと舐めとったから、桜色の唇がテカって色っぽさが倍増しやがった……


「んじゃ、次お願い」

「お、おう……」


 ち、ちくしょう! これまだ続くのかよ! 心臓に悪いにもほどがあるだろ。

 持ってくれよ……俺の理性……


 ――――

 ――


「美味しかった〜、ご馳走様!」

「お粗末様です……」


 東城の腹が満たされ、ようやく餌付け? から解放された。

 いや、もう、本当に疲れた。ここ数年で1番疲れたかもしれん。主に肉体的にじゃなくて、精神的にな。


「さてと、お腹もいっぱいになったし、お風呂に入りたいな」

「洗ってあるから、後はスイッチ押すだけだぞ」

「ん、りょ〜かい」


 戦線離脱! 一時撤退!

 俺は全力で、その場を離れて、台所横に付いている風呂を沸かすスイッチまで逃げる。

 危なかった……あそこに居るのは、俺の精神衛生上よろしくない。ここは少しでも頭を冷ますべきだ。


「はぁ……」

「どのくらいで沸く?」

「まぁ、15分くらいかな」

「分かった。その間に桜木君も食べたら?」

「そうさせてもらうよ」


 東城にずっと食べさせていたから、俺はまだ、一口も夕飯に手をつけてない。てか、そんな余裕はなかったからな。


「んじゃ、いただきます」

「どうぞ〜」


 どうぞって……作ったのは俺なんですけどね。

 まぁ、そんなことを言うのは野暮ってもんか。


「いやぁ、桜木君って本当に料理が上手いんだね」

「まぁな」

「明日からも楽しみにしてるよ」

「おう」


 流石に明日も、これが続くわけないよな? 今日は食器が無かったから、特別だよな? てか、そうであってくれ。マジで頼みます。


「そういや、東城って嫌いな食べ物や食べられない物ってあるの?」


 今日は何となく作ったけど、今後のために東城の好き嫌いは、しっかりと把握しておきたい。


「あーそうだね。とりあえず、こんにゃくだけは避けてほしいかな。昔からあれだけがダメなんだよねぇ。あの、うにゃうにゃってした感触が苦手なんだよね」

「なるほどな。了解した。後は何かある?」

「それくらいかな。あ、因みに炭酸飲料は死ぬほど好き」

「分かった」


 奇遇だな。実は俺も炭酸飲料は大好きだ。特にコーラ。あれが無いと生きていけないレベル。

 まぁ、そんなことはさておき、NGなのは、こんにゃくね。


「あ、お風呂沸いたね」

「そうだな。ちゃちゃっと入って来なよ」

「そうする〜。あ、一緒に入る?」

「うへぇ!?」

「にひひっ、冗談だよ〜」


 こ、こんにゃろ……


「もぅ、桜木君はえっちだなぁ」

「い、いいから早くいけよ!」

「はいはい。それじゃ、お先に〜」


 ったく……本当にもう勘弁してくれよ……

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