俺とバンド女子のダメ人間契約
宮坂大和
第1話 ダメ人間契約
「いって……」
内側からガンガンと叩かれるような、強烈な頭痛で目が覚める。
「あぁ……くっそ頭いてぇ……そんでもって、めちゃくちゃ気持ち悪いし……」
こりゃあれだ。何度か経験したことのある、二日酔いってやつだな。
「てか……ここどこだ?」
だるい体を無理矢理起こして、辺りを見回して見るが、俺の部屋じゃないってことは分かる。
でっかいベットに、整った内装、どっかのホテルか? でも、何でホテルにいるんだ?
「うぅ……寒い……」
「ん?」
隣から声が聞こえたから見てみると、見知らぬ女の子が寝ていた。しかも裸でだ。
「布団かけ直して……」
「あ、あぁ……」
俺は言われた通りに、布団をかけ直してやる。
まぁ確かに、いくら7月とはいえ朝方に裸だったら多少肌寒いもんな。しかも、部屋は冷房がオンになってるしな。
「……ん?」
いや、ちょっと待てよ。
そもそも何で、裸の女の子が俺の隣で寝ているんだ?
自慢じゃないけど、俺は女の子と裸の関係をするような、イケイケボーイじゃないぞ。何だったら、大学の入学式にインフルエンザになって、友達作りに失敗して今日までの1年半くらい友人が1人くらいしか居ない、寂しいやつだったはずだ。当然、その友人も男だ。だから、女の子との接点なんて存在しない。
あぁなるほど。これは夢か幻のどちらかだな。
きっと、二日酔いだから、頭の中がお花畑で最高にハッピーな状態なんだよ。
うん。そうに違いない。
そう思いつつも、もう一度布団をめくって見る。勘違いしないでほしいが、これは一応の確認だ。早いとこ、このポンコツ頭に現実を分からせてやるための必要な確認だ。
「あ、あれ……? やっぱりいるな……」
ってことは、これは現実なのか? リアルでエアリアル? っと……違う違う。エアリアルはガン○ムしたね。テヘペリンコ!
「うぅん……だから寒いってば……」
「あ、ごめん」
おっとと、いけないいけない。寒いから布団をかけ直したのに、めくったらダメじゃん。
失礼しました。今かけ直しまーす。
「……って! 違うわー!」
「うわっひゃー!」
「お前誰だよー!」
俺は全力で、布団をしっぺがしながら叫んだ。
あっぶねぇ、受け止めきれない現実から逃げるところだった。
「もぅ……いきなり何するのよ」
「何もクソもないよ!? お前誰だよ!?」
「はぁ? 誰って……覚えて無いの?」
「1ミリも記憶にないね! てか、何でそんなに平然としてられるの!?」
女の子は、眠そうに目を擦りながらゆっくりと体を起こす。
いや、てか待て! この子、めっちゃ裸だったわ! ふぁっと、欠伸をしている場合じゃないでしょうが! 服着てよ! 色々どころか、全部見えちゃってるから!
「とりあえずさ、布団もらっていい? 寒いから」
「あ、あぁ……」
俺は言われるままに、手に持っていた布団を手渡した。女の子は、背中から包まるように布団を自分の体にかける。
「えっと……で、何だっけ?」
「いや、まずあんた誰っすか?」
「えぇ……マジで覚えてないの?」
「さっきも言ったけど、本当に分からないから聞いているんだよ」
「うーん。じゃあ、こうすれば分かるかな?」
そう言って女の子は、近くにあるテーブルに置いてあった、赤いフレームのメガネを付けた。
いやいや、メガネを付けて分かるんだったら、苦労しないよ。ん? ちょっと待てよ。見覚えがあるぞ?
アッシュグレーのセミロング。整った顔立ちと、とろんとしたたれ目。そして、この赤いメガネ……うん、見たことあるな。
しかも、俺の記憶ではかなり最近だ。……そうだ。昨日会ったんだ。
「お? その顔は思い出したね」
「もしかして……昨日ライブハウスで、ギターヴォーカルやってた子?」
「ピンポーン! 大正解ー」
そうだった。この子のライブを見たんだった。
だから見覚えがあったんだ。
「まぁせっかくだから、改めて自己紹介しよっか。私の名前は、
「俺は、
「うん、知ってるよ。ほら、そろそろ思い出して来たんじゃない?」
確かにちょっとずつ思い出して来たぞ。
そうだ。俺は昨日、友達に連れられて初めてライブハウスに行ったんだ。んで、その後にこの子のバンドメンバーと、居酒屋で打ち上げをしたんだ。
でも、そこからの記憶がないぞ。少なくとも、記憶がぶっ飛ぶほど飲んだ覚えはないはずなんだけどな。
「どこまで思い出したかな?」
「居酒屋で飲んだところまでだね」
「そっか。んじゃ、何で桜木君が私とここに居るかが、分からないんだね」
「あぁ。出来れば、説明してくれるとありがたい」
「うん、いいよ。簡単に言うとね。私と桜木君は、大人の階段をかけ登ったんだよ」
「……マジで?」
「マジマジ」
うっそだろ……? この20年ちょいの間、ずっと貫いてきた童貞を卒業してしまったのか?
おいおい、我がムスコよ。お父さんは知らないぞ。
「てか、そろそろ下の隠したら?」
「あ……」
そういや、俺も裸だったんだ。呑気にムスコと話してる場合じゃなかったな。
えっと、何か隠す物は……マクラくらいしかないな。仕方ない。今はこれでいいか。
「失礼しました……」
「いえいえ〜、大変元気なムスコさんのようで」
「いえいえ、ただのきかん坊ですよ」
……俺は何を言っているんだ?
「それで、あのー……どういった経緯で、その……大人の階段を登ることになったのか教えてくれないか?」
「桜木君が酔った勢いで私を襲った」
「え……?」
おっかしいな……耳が壊れたのかな? 何か今、今日イチどころか人生で1番受け入れ難い言葉が聞こえたんだが……。
「なーんてねっ! ウソだよ〜ん」
「お、驚かせないでくれよ……」
マジで心臓が止まるんじゃなくて、破裂するかと思ったぜ……
童貞卒業と同時に刑務所へレッツゴー! するとことだったな。ついでに、人生終了だ。
ん? てことは、俺はまだ童貞のチェリーボーイってことになるのか。
あるれぇ? 安心したのに酷く残念な気持ちでいっぱいだぞ。
「えっと……じゃあ何でこうなってるんだ?」
「ん〜? それは私が、桜木君を酔わせてお持ち帰りしたからだよ」
「いや、もうそういう冗談はいらないから」
「にひひっ、残念。これは本当だよ」
マジかよ……
え? なに? 俺、女の子に逆お持ち帰りされちゃったの?
仮にそれが本当だとして、意味がわからないぞ。
俺と東城さんは、昨日会ったばかりだ。お互いのことなんて、全くと言っていいほど知らない。一体何の為に?
「なぁ、そもそもの話なんだけど、俺は昨日記憶が飛ぶほど飲んだ覚えがないんだが」
「そうだね。桜木君はほとんど飲んでなかったね」
だよな。
俺は酒はあんまり得意じゃない。それに自分のキャパは把握している。だから、人前で酔いつぶれる真似はしないはずだ。
でも実際問題、こんな訳の分からない事態になってるんだよな。
「だからね。これを使ったんだ」
東城さんはそう言うと、ベッド横に置いてあるバックから、透明なピルケースを取り出して見せた。
「何だそれ?」
「スピリタスカプセル。聞いたことない?」
聞いたことある。世界一アルコール度数が高い酒を薬みたいにしたやつだ。
ヤリサー御用達で、女の子を無理矢理お持ち帰りする時に使う、マジでやばいやつだ。
確かに、あれを使われたら全てが納得出来る。
「目的は何だ?」
「にひひっ、いい目をするねぇ。ゾクゾクしてきちゃった」
可愛い顔でイタズラっぽく笑っているけど、今の俺には、悪魔のように見える。
「ねぇ、桜木君。私とさ1つ契約をしてほしいんだよね」
目的はそれか。
一体どんな契約を持ちかけてくる気だ?
「その名もダメ人間契約」
「だ、ダメ人間契約……?」
「そ。ダメ人間契約」
「それはどんな内容なんだ? 正直、意味が分からない」
「まぁ簡単に言うとね。お互いにダメ人間になろうってこと」
「はぁ?」
ますます意味が分からないぞ。
わざわざ自分から進んで、ダメ人間になろうだなんて、バカとしか思えない。
「桜木君って、ライトノベル作家を目指しているんだよね?」
「あ、あぁ……何で知ってるんだ?」
「昨日聞いたからだよ」
あー、そう言えばそんなこと言ったかもしれないな。よく覚えてないけど。
俺は大学に行きながら、ラノベ作家を目指している。ネット小説に投稿しながら、色んなレーベルの新人賞に応募している。まぁ、結果はどれもこれもイマイチなんだけどな。
「私は今のバンドで有名になりたい。そのために頑張っている」
「ちょっと待ってくれ。いきなり何の話だよ。俺はその契約について詳しく聞きたいんだが」
「焦んないでよ。ちゃんと説明するからさ」
「……分かった」
「私はね。今はバンド以外のことは極力何もしたくないんだよ。主に掃除や洗濯、ご飯の用意みたいな身の回りのことだね。それを桜木君にやってほしいんだ」
あぁなるほど。そういう事か。
要は、バンド活動以外は何もしない出来ないのダメ人間ってわけね。
「んで? 俺はどんなダメ人間にされるんだ?」
「お金だね」
「どういうことだ?」
「今後、桜木君のお小遣いや生活費なんかは全部私が払う」
「なるほどな……」
つまり、俺はラノベ作家っていう夢を持ったヒモになれってことか。
「どうかな? 悪くない契約だと思うけど」
「そうだな。悪くはない」
「なら――」
「だが断る」
「おぉ……ジョ〇ョネタ」
「たまたまだ……」
お金の心配をしなくていいのは、確かにデカい。バイトも辞められて、今までバイトしていた時間を執筆作業に回せるしな。
だけどそれだけだ。
「理由を聞いてもいいかな?」
「単純に意味がないからだよ。俺は現状の生活に全く困ってない。だから、東城さんの契約を結ぶ必要性がないんだ。それに、その契約を結んじゃったら、ダメ人間っていう不名誉な肩書きが付いちゃうだろ。それは避けたい」
「ふーん、なるほどねぇ。でもダメだよ」
「は? 何がダメなんだよ」
「正確には、桜木君には拒否権がないって言った方が正しいね」
何でそうなるんだよ。意味が分からないぞ。
「よく考えてみてよ。何でわざわざ私が、桜木君を酔わせて、ここに連れてきたと思う?」
「……」
そこなんだよな。今の話で、そこだけがどうしても分からなかった。
「じゃあヒント。私はその答えを言っているよ」
「答えを言っている……?」
今までの会話の中に答えがある。
どこだ? 起きてから全てのことを思い出せ。ま、まさか……。
「にひひっ、気がついたみたいだね」
おいおい……冗談だろ? もしこれが当たってたら最悪だぞ。でも、これしか思いつかないのも事実だ。
「ねぇ桜木君。性犯罪になりたくなかったら、私と大人しく契約して」
「性格が悪いにもほどがあるぞ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「……」
お互いに裸でラブホのベッドの上にいる。状況だけ見るなら、間違いなく事後だ。
それだけだったら、まだいい。ただ問題なのが、俺が昨日の記憶がないってことだ。この状態で東城さんが俺に襲われたって言えば、話はかなり変わってくる。
「にひひっ、どうする? 桜木君」
「なっ……」
東城さんは布団を脱ぎ捨てると、俺の首に腕を絡めて耳元で囁いて来た。情けないことに全く動くことが出来ずされるがままだ。
「私とダメ人間になろうよ」
「……わ、分かった……その契約のるよ」
「あれ? 意外と素直だね。もうちょいごねるかと思った」
正直、東城さんの策には穴が結構ある。だから、やりようによっては俺に勝ち目はあるにはある。
ただ、余計な揉め事は可能な限り起こしたくない。そっちの方が俺にとっては一大事だ。
「俺にも色々あるからな……」
「桜木君のそういうところ結構好きだよ」
ち、何ドキッとしてるんだよ。俺は……
「東城さん。契約について、具体的なことを教えてくれ」
「うん、了解。あ、その前にさん付けはしなくていいよ。私達同い年だから」
「分かった」
同い年だったのか。てっきり、1つ2つ年上かと思った。
「まずはね。これから、私は桜木君の家で一緒に暮らすから。あ、実家暮らしって嘘は通じないよ。桜木君が一人暮らししてるってのは昨日聞いたから。ついでに、寝ている間に免許証を見て確認済み」
しれっと怖いこと言うなよ……てか、昨日の俺色々と喋り過ぎじゃね? お酒って怖い。これから飲まないようにしよう。
「桜木君ってバイトしてる?」
「まぁ一応」
「なら、それも辞めて。じゃないと、私の方の契約が守れなくなる」
「分かったよ。でも、流石にすぐは無理だぞ。バイト先に迷惑がかかる」
「その辺は考慮してるから大丈夫だよ」
「因みに契約の期限はいつまでだ?」
「とりあえず、桜木君が大学を卒業するまでかな。延長するかは、その時に決めるってことで」
「分かった。他はあるか?」
「うーん。ぱっと思いつくのはこのくらいかな。後は、その都度決めていこう」
「了解だ」
やれやれ……これで俺はダメ人間の仲間入りか。人生何があるか分からないもんだねぇ……
「それじゃ、これからよろしくね。桜木君」
「あぁよろしくな」
「そういえばさ」
「ん?」
「学校大丈夫なの?」
「え……?」
東城に言われて、携帯で時間を確認する。
や、やっべぇ……もう一限始まってるじゃんかよ。
「ま、まぁ……必修じゃないから大丈夫ということにしとこう……」
「なんかごめんね……」
「気にするな。俺のミスだから。でも、二限の必修だけは出席しないとやばいな」
「なら、早く出ちゃおうか」
「そうだな」
この後、急いで準備をして大学に向かった。幸いなことに、俺達が居たラブホは大学の近くだったから二限に間に合うことが出来た。
因みに、もう東城との契約は始まっているらしく、ラブホ代は東城持ちとなった。
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