七の日厭な日

歩弥丸

また厭な日が始まる

 ――その夜、宿に戻って、軽く身体を流したら、泥のように寝たのだと思う。


 七のつく日はろくなことが無い。


 就職してから最初に怒鳴られたのは四月七日。

「電話一つまともに取れないのか!」

 今にして思えば、そりゃ無茶だと分かる。まだどこで誰がどういう担当を持っているのか分かりもしない内から電話番をすれば、ちゃんと取り次げないことくらいあるし、かと言って自分で答えられるはずもない。

「すみません! すみません!」

「お客さんにとってはお前が新人かどうかなんて関係ねえんだよ!」

 頭をさげながら、ろくなことが無い、と思ったのが始まりで。


 それから少し年の経ったある六月七日。経理の内勤から営業にいきなり移された僕は。

「新規契約二ヶ月連続ゼロだぁ!? 一件契約取れるまで帰ってくるな!」

と、係長から文字通り叩き出された。

 そうは言ってもまともな研修があった訳でも無く、うちの扱うモノに自信がある訳でも話術が巧みな訳でも無く、土地勘すらも無いときた。

 あちこちをダメ元で呼び鈴を鳴らしては追い出され、仕舞いには警察を呼ばれそうになりもして。

 結局どうやって職場に戻ったのか、もう思い出せない。自爆営業でどうにかしたのかも知れない。

 ろくなことが無い、と思った。


 うっかり社用車を塀で擦ったのはある年の八月十七日。

 ガリガリガリガリ、と嫌な音がした。

 係長に電話をしたら、

「そんなもんお前が社に弁償しとけや。自動車保険? ねえよそんなの。だいたい運転何年もしといて今更そんな事故起こすお前が悪いんだよ」

と詰められる始末。

 ろくなことが無い。


 ある年の二月二十七日。月末一日前は営業成績の締め日で。

「はい諸君、今月の最低成績は――――また●●クンでした! よく辞めずにいられるねコイツ! いい加減営業加給よりペナルティの方が大きいんじゃねえの!? 絶ッ対向いてねえと思うんだけどな!」

 係長は僕に面と向かって言った。同僚たちは口には出さないが、目線で、含み笑いで、係長に同意を示す。

 ろくなことが無い。


 ある年の五月七日。思い切って休みをとって、医者に行った。

「簡単な精神診断もしましたが、これはあなた、少なく見積もってい適応障害ですね。仕事行こうとしたら目眩がするんでしょう? 腹痛もするんでしょう? 出来ることなら休職――いや、退職して暫く休んだ方が良い」

 医者は言った。そうは言ってもそれで病休させてくれる会社でもなし(そもそも病休制度あったっけ?)、あんなに言う割に辞表出しても握りつぶされる。夜楽に眠れる薬でも貰えればそれで良かったのに。

 ろくなことが無い。


 ある年の十月十七日。僕は課長に公用車で連れ出された。

「運転は俺がする。お前は黙って横に乗ってろ」

と。

「あの、――様方にお詫びに伺うのでは?」

 そう思っていた。ある商品の手配に行き違いがあって、複数のお客様に迷惑をかけたところだったので、(この頃には僕の方を見向きもしなくなっていた係長に代わって)課長が一緒にお詫びに回ってくださるのだ、と僕は思っていた。そうであれば運転は僕が、いやせめて道案内をしなければ、と。

「黙って乗ってろ」

 ドアを蹴飛ばす音がした。

 暫く走ってたどり着いたのは、山奥の崖だった。

「あの、お詫びに回るのでは――」

「お前な、前『死ぬ気で頑張る』つったよな」

 係長が僕をなじるので、そう課長に言って間に入って貰ったことがあった。

「で、死ぬ気でやって仕事に穴開けた訳だ? もう死ぬ『気』とか要らねえんだわ」

 課長は、崖の下を顎で指した。

「ここから飛び降りろや」

「――冗談でしょう?」

 多分、ひきつった笑いでもしていたのだろう。それが課長を余計怒らせたらしい。

生憎あいにく、本気だ。何年も十何年も仕事やっててどれもモノにならねえ、それだけなら兎も角他人の仕事にも穴開けてヘラヘラしてやがる。そんなヤツ、どこに行ったってモノになりゃしねえ。なら居なくなって貰うのが責任ってモンだろ」

 崖の下を指さした。

「ほら早くしろよ。グズグズすんな。こっちだって殺人犯になりてえ訳じゃねえんだよ」

「嫌です!!」

 思わず泣き叫んでいた。震えてしゃがみ込んだまま、泣いていた。

 課長は、やがてこれ見よがしに溜息をつく真似をすると、僕を置き去りにしたまま社用車に乗って去ってしまった。

 どうやって帰ったのかは、思い出せない。

 ろくなことが無い。


 ――といういやな夢を見た。身体が重い。肩やら腰やら、あちこちが痛む。昨日の祭りで無理し過ぎたんだ。

 明けた朝、日曜日。スマホのカレンダーは「十一月二十七日」を表示していて。

 着信履歴には、未登録の番号から鬼のように着信のあったことが表示されていた。きっと、上司や同僚がことに気付いて、他人の電話を借りたんだ。

 恐る恐る、一件だけ留守電を再生する。

『ニュース見たぞ! 山野温泉だな! そっち行くからな!!』

 聞き覚えのある怒鳴り声だった。

 そうだった。祭りならネット動画だけじゃ無くて、マスコミの取材だって来てたはずだ。それを会社の連中が見たなら。

 ――やっぱり、七のつく日はろくなことが無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七の日厭な日 歩弥丸 @hmmr03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説