〇〇しないと出られない部屋に入れられた僕たちの最適解

@aki_ira

第1話 ファッションビッチと中二病の僕

 帰宅部の僕はあのとき確か教室を出て、まっすぐ家に帰るつもりだった。しかしどこかで意識が途切れた。次に目を覚ましたのはドアも窓もない二十帖ほどの部屋だった。何となく頭が痛い気がする。そのうえいつも感じている倦怠感がいつにもまして強い。

 夢でも見ているのか? それにしてはこの頭痛や倦怠感にはあまりにもリアリティがあった。

 「目ェ覚めた? 沢村」

 声のするほうへ振り向くと、膝を抱えて地べたに座る女子、結城がいた。

 「あんたはクラスメイトの……」

 「なかなか起きないからどうしようかと思っちゃった」

 それほど長く時間が経っていたのだろうか……。しかし腕時計は秒針の速さで長針が動き、ポケットのスマホの電波は圏外となっており、間もなくしてバッテリーが切れた。聞くところによると結城もそうであったらしい。

 「ここはどこだ? 何だっていうんだこの場所は。お前はいつからここにいる? 僕はどうしてここにいるんだ?」

 矢継ぎ早に問いかける僕を静止して、結城は困った顔をした。その表情を見て僕も我に返る。

 「あ……、ごめん、どうも気が動転していて」

 「いや、あたしも気が付いたらこんな場所にいてさ、どうしようかって焦ってたトコ」

 「ここにはいつから?」

 「分かんね。でも気が付いたらここにいて、それからあんたの目が覚めるのには、そうだね――体感でしか把握できないけど、三十分くらいあったんじゃね?」

 ついはやる気持ちから語気が強くなり、聞きようによっては怒号ともとれたかもしれない僕の言葉についてを一切咎めず、「まあ、ひとりぼっちじゃなくてよかったわ」と不安げながらもちいさく笑った。メイクをしているのに変わりはないのに、教室で見るより幾分か幼く見えた。

 「で、この部屋について……」

 立ち上がって部屋の隅々を探ってみる。まず最初の印象のように、見たところドアなどはないので隠し扉は……、と考えてもみたが、部屋を一周、いたる壁を軽く叩いてもそれらしい音はしない。突起物どころか汚れひとつもない、これほど殺風景な部屋だ。ほかに仕掛けがあるとも思えない。どうしたものか。だれかが助けに来てくれるだろうか? いや、スマホのバッテリーが切れるのみならず圏外になるような環境だ。もしかしたらまだ見つけられていない仕掛けがある可能性は? 結城も必死に部屋を探したらしいが二人とも何の成果も挙げられなかった。ずっとこのままいるというのは? 馬鹿を言うな。

 「あーくそ……、どうしたらいいんだ」

 「……沢村さあ。怒ってる? それか苛立ってる?」

 「え? いや、いやそんなことないよ。うん、そんなことない」

本当は図星だったかもしれないそれを半ば強引に切り裂いた。結城と会話するのは今日この件でようやくほぼ初めてと言ってもよいものだが、どうやら彼女の生来の性格としては他人に強く出られない、下手に出てしまう、そしてどころか、この非日常的な出来事のことを指しておいてなお、今にも泣きだしそうな顔で縋るように僕の機嫌を伺ってきた。教室での人目を気にしない朗らかでやかましい笑い声を思い出す。

 僕なんかに、そんなことしなくたっていいのに。

 そう言えないのは、こんな状況下で同学年の女子と二人しかいないにも関わらず、気の利いたことのひとつもできない己の情けなさからだった。あるいは自戒。

 かと言って意気地のなさを反芻したり己を戒める言葉を頭のなかに並べたところで状況は何ひとつ進展しない。先ほどまで下ろしていた腰だったが、すこしでも手がかりはないか――その思いでふたたび立ち上がり、はじめ確認した場所から順番に見て触ってときには耳をすまして、を繰り返し始めたときだ。

 「ねえ! 見て沢村! ほら! 見て!」

 天井付近を高ぶった声音で派手なネイルが施された指先が小刻みに震えながらもまっすぐを指す。

――セックスをしないと出られない部屋――

僕たちは目を真ん丸とし、結城に至っては両手で顔を覆っていた。その隙間から見える耳は哀れなほど上気していた。

「……セックスしないと出られない……」

「やめろよ! セック……なんて軽々しく言うなよ!」

 そのとき僕はおや、と思った。

 僕の知り得る限りの結城は教師からいくら注意されても制服を着崩すのをやめず、派手なメイクやアクセサリーで着飾り、その周りにいる男女も彼女と同じような人種のように思えた。そしてそんな彼女らを根拠のない自尊心で嘲っていた節もある。だから僕はとっくにその地点(僕はいまだ到達していない地点だが)などとうに過ぎていると思い込んでいた。

 ところがだ。

〝セックス〟という単語に気を取り乱している様子は、こちらまで居た堪れなくなるほどだ。とは言え、かくいう自分も経験はないのだが。にしても、正しいのかはさておき、最低限の知識くらいはある。聞きたくもないのに聞こえてくる教室での下世話な話は耳に入っているからな。僕は少し意地悪をする。

「……もしかしてセックスしたことない?」

「は、はあ!? んなわけないじゃん! バカにすんなし!」

 上気させた頬をさらに熱を持たせて一生懸命口だけの反論をする。しかし今、今このときまで知る由もなかった僕のなかに眠る加虐心がねじれ始める。

「本当? 本当に? じゃあさ、セックスのやり方、教えてくれない? 僕、見ての通り童貞なんだよね」

「……っ!」

おっと。しまった。さすがにいじめすぎたかもしれない。慌てふためくというより、感情が言語化できていないように見受けられた。鯉のように口をぱくぱくさせて、潤ませた目で僕を見つめてきた。

(うーん……、どうしたものか)

 気の強い一軍ギャルがファッションビッチであろうが、ここが「セックスしないと出られない部屋」だろうが、終わりは見え切っていた。

 処女(推定)と十七年間童貞の僕がここに閉じ込められて脱出できると思うか?

 結城には悪いが、申し訳ないことにここから出る算段はない。食べ物の支給があろうと用を足すためのスペースを設けてもらおうと、もう僕は覚悟を決めていた。そう、覚悟を、決めていた。文字通り童貞という勲章を胸に刻み、この無機質な部屋で朽ちていくほかない。さようなら、楽しくも退屈でもなかった人生よ。

 するとそのとき、天井付近のパネルの文字が変わった。

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