第21話 俺は知ってるんだ
尋問の場と化していた小部屋から離れたミスズリは、研究所の白い壁に背中を預けた。
話し声が届かぬくらいには距離を空けたことを確認し、蛇を模したイヤリングに触れる。
「ん、もう
すると、耳元で声が鳴る。
『──つい先ほど、天堂カルマ様の近衛隊との通信が途絶えました』
自身の所属する【
ミスズリは少し言葉を詰まらせてから、
「……状況は?」
『申し訳ありません、全くの未知です。最初に信号が途絶えてから、およそ一分にも満たない間に全ての近衛の信号がなくなっています』
オペレーターの声音は緊迫感に満ちていた。
『この報せは第二支部所属の全
融通が効くことに感謝しながら、ミスズリは窓の外へ目を遣る。
宍道湖を挟んだ向こう側には線路が敷かれている。
この巨大な湖の横断には、人の足なら二時間はゆうに掛かるだろうが、列車ならそう長くは掛かるまい。
(クシナはんか? それとも……)
ミスズリは、囚われの身にも関わらず不敵な笑みを浮かべていたイブキのことを思い出す。
「宍道湖なぁ、
しれっと予防線を張りながら、ミスズリは尋ねた。
「もうちょい詳しゅう教えとくれやす」
♢♢♢♢♢
なんで
ガタガタと震える俺の頭には二つの可能性が浮かんでいた。
片方はそうであったらいいなという択、もう片方はそうでなかったらいいなという択。
前者、
生まれてこの方、『接触』の
この"
じゃなきゃ、とっくに発見されてる。
…………さて、現実を見よう。
そろ〜りと目線を上げると、鋭過ぎて人体に刺さるレベルの視線が俺に突き刺さる。
眼光の主は勿論、プライド激高お嬢様ことミラ様である。
俺は咄嗟にそのまま目線をスライドさせて、あたかも別方向を見ようとして偶々視界に入っちゃいました☆みたいな顔をする。
元々、庶民かつ男ということで中々に厳しい視線に晒されていたが、これほどまでではなかったはずだ。
寝て起きたら関係性が悪化していたってことは、寝てる間に何かあったとしか考えられない。
よく考えたら戦闘していた場所とは違う部屋に移動してるし、誰かが俺をここまで運んだのだろう。
……ミラ様しかいないわ。
かつてヒナタちゃんに不埒な真似をした時と同じような焦りを覚えるが、思えば好都合でもある(と、頑張って思い直す)。
捕まっている状態から脱出するとなれば、必要となるのは相手の隙だ。
一番良いのは相手が油断していること。
しかし、今回の御子柴姉妹のような天地がひっくり返っても油断しないような相手に、それは望めない。
そのことは、俺を捕える際に二人がかりで包囲網を敷いていたことからも察せられる。
であれば第二に、相手の冷静さを奪うのが良い。
ヒナタちゃんとの初戦闘(というか逃亡)でも、ルイとの殺し合い(というか一方的な殺し)でも、そうしてきた。
推しの敵になったので、残念なことに俺は彼女達を動揺させるのには長けてしまっている。
それは三人目のミラ様だって同じこと。
今回は向こうがお冠なので、手っ取り早くその”怒り”を使ってしまうとしよう。
相手を苛立たせたいなら、相手にとって痛いところを突くのが一番だ。
──ミラ様の場合なら、
「なあ」
こちらが息を吸った段階で鋭い視線をぶつけてきたミラ様に、薄ら笑いを浮かべて尋ねる。
「君、なんで
彼女は目を細め、次のこちらの言葉を伺っていた。
「途中まで火を使ってたのに、最後、急に速くなったよね。超スピードの
「ふんっ」
尊大に鼻を鳴らして、腕を組むお嬢様。
「何を言うかと思えば。そんなもの敵に答えるわけないでしょう。大体、
如才ない返答。
しかし、先ほどまで激情を隠しもしなかった彼女が急に冷静な態度を露わにしていることこそ、むしろ怪しい。
自分の
けれど、俺は知っている。
腕を組むのは、御子柴ミラが冷静たらんとする時の癖だということを。
ファンブックでね!
「あれ? 敵に教えるわけないんじゃないの? 二つだと思わせておけばよかったものを」
「……失礼。あまりにも子供染みた発想に、軽蔑の念が堪えきれませんでしたわ」
「子供っぽくて申し訳ない。妄想ついでに聞きたいんだけど──後半の
瞬間、ミラ様の口の端が揺れた。
「以前、たまたま目にしたことがあってね。ほら、俺たちが東京から出てきたって知ってるでしょ?」
「…………っ」
「あ、当たりだったかな?」
「……チッ、忌々しいこと極まりない」
組まれた腕の袖に皺がよるほど強く握られる。
その蒼い瞳は俺に向けられながらも、どこか別の場所を見ているように澄んでいた。
予想通り、
しかし、
「いいでしょう。その
そこまで言って、クールダウンするように息を吐き出す。
「
「な……」
そんな、無茶苦茶な……。
それがホントだったら、いよいよヒナタちゃんが無敵になっちゃう……。
と、思いはするものの突っ込めない。
ヒナタちゃんの
上手くいなしたミラ様を素直に褒めるべきだろう。
が、しかし、悠長に褒めている暇はない。
ミスズリが戻ってくるまで、一刻の猶予もないのだ。
けれど、相手の理論にぱっと見つかる穴はなく、焦りだけが募っていく。
……いや、こうなれば仕方ない。
どういう反応が返ってくるかも推測があっているかも、一か八かの賭けになるが、
「そうそう、こっちも能力──
俺はにっこりと良い笑顔を浮かべた。
「抱き枕になってくれて、ありがとう」
「────」
ミラ様は一瞬、何を言われたのか分からないという表情をした。
それが、瞬きの間に熟れた
「お、おまえ、起きて……ッ」
羞恥と、それを塗りつぶすほどの激怒。
「とても良い抱き心地だったよ、随分と
「〜〜〜〜っ」
犬歯を剥き出しにして唇を振るわせる彼女に追い打ちをかける。
「あ、ひょっとして
最推しにして大事な妹分の
でも、これで相当に頭にキているはずで……。
「…………り」
「ん?」
ミラ様が、腕をだらんと落とした。
「──火炙り」
腰に差していた鉄製の扇子を抜き取ると、ジャッと音を立てて広げた。
一周回ってその表情は、無。
……普通の女子でもセクハラとノンデリで殺されそうな所を、多分『飢餓』の
本当にごめんなさい。
──けど、作戦は無事成功した。
「姉様は場所を変えて情報を、などと悠長なことを言っていましたが……ふふっ」
ミラ様が怪しげな笑みを溢す。もちろん目は笑ってない。
「この場で耐え難いほどの拷問にかけてしまえばいいだけでしょう……ッ!」
その指先が鉄扇の上部をなぞると、炎が弧を描いて纏わりつく。
「ご存知? 古い止血の方法に傷口を炙るというものがありますの」
「……それが何か?」
「切り裂いた瞬間に焼けば、少なくとも失血で死ぬことはないと思わない?」
無表情が、凄絶な笑みに変わる。
「よく味わうがよろしくてよ、
腕が振るわれ──炎の刃が
視界に集中して、慎重にタイミングを見極める。
ある一点を通り過ぎた瞬間、
(ここ……っ!)
俺は縄で縛られた
「────」
ミラ様が驚きに目を見開いていく。
けれど逆上し、全力で放った一撃を止める術はない。
鉄扇は縄の中心に当たると、両足の間をすり抜けるようにして抜けていった。
一気に元の速度で流れはじめる世界。
するりと切れた縄が落ちた。
「あっつ!」
一瞬遅れて炎がかすめたふくらはぎの辺りに熱さが過ぎる。
が、足の勢いを止めずにくるりと回って起き上がる。
「なっ……このっ」
驚愕し、平常心を失ったままのミラ様が再度こちらを狙って火扇を振るう。
普通なら対応できない速度の切り返しだが、俺にははっきり
今度は腕を縛る縄を同じように切って、
「火傷はしたけど無事解放、かな」
「あ、え……」
「追加のお礼。縄まで切ってくれて、ありがとね」
じんじんと痛む両腕に顔を歪めながらも俺は笑い、呆然と口を戦慄かせるミラ様を尻目に床を蹴る。
「待ちなさい、下民──ッ」
ミラ様が後を追ってくる頃には、俺は部屋の外へと飛び出していた。
──────────────────
4ヶ月捕まってた男。
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