第20話 鈍感系


 姉様、姉様、と同じ言葉がループする。

 消えゆくエコーの中で鮮明に残るのは先ほど自分が吐き捨てた台詞。


『人に凄んでおきながら、自分は〈刹那セツナ〉を恐れているんだろう?』


 ──おおおおおお俺は推しのお姉さまに何という口の利き方を!?!?!?


 いきなり突きつけられた自身の愚行に、内心頭を抱えるイブキ。

 一方のミスズリも、突然の発狂に何事かと目を丸くしている。


「そういえば苗字までは言うてなかったなぁ。御子柴みこしばミスズリや、ウチのフルネーム」


 若干、自己紹介の声音が引き気味だった。

 イブキは呆然と二人を見比べる。


 方や、墨色のベリーロングヘアーと、紅蒼の虹彩異色オッドアイを持つ着物美人。

 方や、黒髪に金のインナーカラーやメッシュの入ったミディアムヘアーと、蒼の瞳を持つ西洋風お嬢様。


 顔立ちも、前者は糸目に近い妖艶な美貌で、後者はぱっちりとした猫目の強気な美貌。

 どちらも美人ではあれど、かなりタイプが異なる。


 きょろきょろと首ごと動かしていると、入室から今まで頑なにこちらを見なかった妹君──ミラがギロリと目つきを鋭くした。


「なにか文句でもありますの、愚民の分際で」

「……なんか当たり強すぎませんか?」

「あ゛?」

「イエ」


 先ほどまではミスズリのことを知らないキャラだと思っていたが、それが「ミラの姉」だとなると話は変わってくる。


 確かにネームドキャラではない。ビジュアルすらも登場していない。

 けれども「ミラの姉」という存在は、他ならぬミラ本人の口から作中にて語られている。


 曰く、自分よりも優秀。

 彼女たち・・のようになるために研鑽を積んでいる、自分にとっての目標とまで明言されていた。


 その語り口からして「いずれ登場する予定のキャラだろう」とは目されてはいたのだが……まさか直接お目にかかる方が先とは……。


 『わたゆめ』において血筋というのは重要だ。


 正史の現代においては、血の権威も特権階級の威光もほとんどが失われた。

 しかし『わたゆめ』世界には本来の歴史とは違って天稟ルクスがある。


 世界のバランスすらも容易く変えうるそれには「遺伝によって継承される可能性が高い」という性質があった。

 雨剣うつるぎルイの『魅了』のように変則的なパターンも含めれば、天稟ルクス/代償アンブラのおよそ七割以上は血に由来すると言われている。


 当時はかげりを見せはじめていた華族の威光だが、天稟ルクスの発現により一転。

 現代に至るまでに、強力な天稟ルクスの発露と継承によって華族はかつての栄光を取り戻していたのである。


 そんな青い血を持つ彼らを筆頭に、強力な、あるいは特異な天稟ルクスを共有することで有名な母子おやこや姉妹は数多い。

 今まさにイブキの障害として立ち塞がる御子柴みこしば姉妹もそのうちの一組だ。


「おおかた、血ぃ繋ごうとるのに似てへんなぁとか思うとるんやろ」

「はあ???」


 応えず、ミラの眼光から逃れるように顔を背ける。

 この胸中の焦りを、勘の良い姉妹に悟られないように。


(ミラ様の姉……って、天翼の守護者エクスシアじゃないぞ!?)


 『わたゆめ』で明らかになっているミスズリの所属は──威錫の統制者キュリオテス

 天翼の守護者エクスシアよりもエリートの集まる場所だった。


 無論、イブキは威錫の統制者キュリオテス天翼の守護者エクスシアよりも上だなどとは考えていない。オタクなので。

 けれど事実として、前者は後者よりも精鋭が集まるとされている。


 だからこそ、天翼の守護者エクスシアにしかなれなかったミラは威錫の統制者キュリオテスの姉を追いかけるべく、故郷を離れた地にて奮闘するのである。


 それがどうだろう。

 今、ミラはイブキの目の前で『追いつくべき目標ミスズリという姉』と並び立っている。


(まさか……この世界のミラ様は、威錫の統制者キュリオテス……?)


 そう考えれば、説明がつくことも多い。


 例えば、ミラがかつて養成学校スクールの東西戦に姿を見せなかったこと。

 あれは『ミラが姿を見せなかった』のではなく『ミラの戦闘シーンをテレビで映せなかった』のだろう。


 なぜなら威錫の統制者キュリオテスは任務柄、自らの天稟ルクス代償アンブラを秘匿すべきだからだ。

 その意味で、メディアへの露出によって犯罪抑止力となる花形・天翼の守護者エクスシアとは真逆のスタンスである。


(彼女らの所属が威錫の統制者キュリオテスなら、いっそうクシナとは会わせられない……っ)


 クシナがお話・・してくると言ったのは御料列車。

 その護衛は当然威錫の統制者キュリオテスが務めているはずだ。


 ミスズリがあちらの威錫の統制者キュリオテスに「イブキとクシナは二人で松江に来た」と報告したら。

 そして「〈乖離カイリ〉の正体はイブキだった」とまで伝えてしまったら。

 列車を襲撃した〈刹那セツナ〉をクシナと結びつけて考えるのが自然だ。


 それだけでハキリの死という真実までは辿り着かれないだろうが、一度クシナがハキリに成りすませることが露見してしまえば、櫛引ハキリの庇護という抑止力は大きく削がれる。


 桜邑でのイブキとクシナの平和は、あくまでハキリの威光のもとで保たれているのだ。


(いま俺にできるのは……)


 拘束された手足に力を入れてみるも、硬く縛られた縄はぎりぎりと音を立てるのみで、微塵も動かせそうにない。──なら、動かせるものを使うまで。


「なあ、ミスズリさん」

「お前っ、軽々しく姉様の名を──」

「んー?」


 いきり立つミラを抑えて、ミスズリが続きを促す。

 予想通り会話に応じてくれることに内心ほくそ笑むイブキ。


「俺のこと、見逃してくれないかな?」


 ミラの視線が鋭さを増し、ミスズリは薄ら寒さを覚えるような微笑みを浮かべた。


「それがまかり通ると思われなはる理由ワケは?」

「〈刹那セツナ〉が、来るからさ」


 冷や汗を隠して、余裕の笑みを取り繕う。


「いま解放してくれるなら、二人のことはあの人・・・には言わないでおく」

「…………」


 全力の虚勢に、ミスズリは感情の伺えない沈黙を返す。

 イブキは固唾を呑んで反応を待つ。


(いま俺にできるのは──向こうに『櫛引ハキリがここに来ている』と信じ込ませること)


 〈刹那セツナ〉とクシナが別人だと思われているからこそ、かませるハッタリだった。

 そして、この嘘の利点はもう一つ。


「俺は別にいいけど、このままだとクシナより先にあの人が来ると思うよ?」


 万が一にでも『〈刹那セツナ〉=クシナ』の図式が成り立たないよう、相手の意識にハキリの存在を刷り込めること。

 これが功を奏するのは、この事件が収束した後だ。


 ミスズリ達はイブキとクシナが二人だけで松江まで来ていることを知っている。

 けれど、ここまで断言されてしまうと、ハキリがあらかじめこの街にいた可能性を捨てきれないし、後から追いついてきた可能性も視野に入れてしまう。


 御料列車を襲撃したのはハキリで、クシナはどこかに隠れ潜んでいただけ、と考えるようになるだろう。

 この思考の誘導こそ、イブキが〈刹那セツナ〉の秘密を隠し通すために仕掛けた罠だった。


(もちろん、言葉通り、ハキリさんを恐れて解放してくれるのが一番なんだけどさ)


 当然、威錫の統制者キュリオテスがそう甘いはずはない。


「下手な脅しやね」


 ようやく口を開いたミスズリは、イブキの脅しを一蹴した。

 ただその真剣な表情を見るに、交渉内容を完全なブラフだと切って捨てられはしなかったらしい。


「ミラ、場所変えるで」

「分かりましたわ」

「…………っ」


 姉妹のやり取りに息を詰まらせるイブキ。


(うわぁ……さすが、的確に最善手を打ってきたな)


 ここへハキリが来るのが問題なら、ここじゃない所へ移動すればいい。


 イブキとクシナの旅の様子を少しでも見られていたのなら、その親密さは無論知っているはず。

 その片割れの身柄は押さえてあるのだ。クシナだけ呼び出すことなどいくらでもできよう。


(〈刹那セツナ〉の秘密はどうにか誤魔化せそうだけど、どっちにしろここから逃げなきゃヤバいな。……自力で)


 現状、可能性を分散させているというだけで、依然として〈刹那セツナ〉とクシナは背中合わせの状態。

 ほんの少しでもきっかけがあれば、〈刹那セツナ〉の正体がクシナであることに気づかれる恐れは十分にある。


 むしろミスズリやミラという勘の良い敵の前で、尻尾を掴まれないと楽観視する方が難しい。


 逆に言えば、〈刹那セツナ〉と対峙さえしなければ、その正体がクシナであるとバレる可能性はほぼなくなる。


(クシナに会わせないよう逃げ切れば俺の勝ち、なんだけど)


「どこに行きますの?」

「せやなぁ、ここからなら……」


 イブキは相談中の姉妹を見る。

 元より油断などしていないだろうが、見張りが二人というのが致命的だった。


(逃げられるビジョンが浮かばない……せめて、一人なら……っ)


 そのこいねがう思いに答えるように、天はイブキの味方をした。


「市街は避けて──ん?」


 ミスズリが片耳に手を当てる。

 それから一瞬イブキの方へ目をやり、


「ミラ、ちょっとここ任せるなぁ」


 部屋の外へと出ていった。

 直前の様子から見るに何か通信が入ったのだろうか。


(──なんにせよ、千載一遇のチャンス……ッ)


 残されたのは、妹ひとり。


 とはいえ一度手も足も出ずに敗北している相手だ。

 ましてや今の彼女はなぜか・・・その蒼瞳に憎悪の炎を宿している。

 簡単に逃げ出せるわけがない。


(なんてモタついてる暇はな────あれ?)


 イブキは静かに自分のコンディションを確認し、


(……………………そういえば代償アンブラ解消されてね?)


 違和感の正体に気づいてしまった。




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( ◜ᴗ◝)ノシ

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