第6話 幼馴染の風物詩

本日10/16、本作メインヒロイン・傍陽ヒナタの誕生日になります!おめでと〜!

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 百年前、天稟ルクス代償アンブラが世界にもたらされたことによって様々な変革が起こった。


 ”新宿”という日本随一の大都市が存在しないことは、その代表例と言って差し支えない。

 今では彼の地は”桜邑おうら”と名を変え、正史における”新宿”は見る影もない。


 であれば、この世界において正史と異なるものが他にもあるのは道理であろう。


 仮に俺以外に正史からこの世界への来訪者がいるとして、彼らが”新宿消滅”と同じくらい驚嘆するであろう変化が二つ・・ある。


 その一つが、ここ。


「実は俺、京都って初めて来るんだよね」


 京都に初めて行くとなった時、ほとんどの観光客は京都駅を出てすぐの景色を期待と共に臨むだろう。


 なんだか古風な石畳の道が続いていて。

 寺社仏閣がそこら中に建てられていて。

 民家もTHE・和風といったものが並んでいて。


 なんかこう、とにかく良い感じの日本!みたいなのを偏見を持っている気がする(ド偏見)。


 だが実際のところ、その京都観は誤りだ。

 駅を出て……なんならホームを降りた時点で、端的に言って「めちゃくちゃ近代的な建物」が目に飛び込んでくる。


 そうして偏見と共に思い描いていた京都と現実が異なることを知り、若干の落胆を胸に観光を始めることになるのだ(ド偏見)。


「現代日本だぞ。そんな古風なわけないだろ」とは前世の小学校時代、京都から引っ越してきた松岡君が皆に言い放ち、教室を混沌の渦に陥れた有名な一言である。


 ……なんの話だったっけか。

 そうそう。京都ビギナーズの想像する京都と、実際の京都はだいぶ乖離してるよ、というのがこの話の趣旨。


 ──そんな正史からやってきた来訪者こそ、この光景に驚くに違いない。


「なんというか、こうも『想像通り』だと逆に変な気分だな」


 なんだか古風な石畳の道が続いていて。

 寺社仏閣がそこら中に建てられていて。

 民家もTHE・和風といったものが並んでいて。


 新宿──もとい桜邑おうらで見られるような近代的な建物なんて一つとして存在しない。

 それを臨む俺はいま、京都駅に立っていた。


「そういえば、中学校でも高校でも修学旅行は京都じゃなかったものね」


 感動に打ち震えている俺の横で「普段通りの景色ね」とばかりに、すんとして腕を組んでいるのは我が親愛なる幼馴染。

 さもありなん、彼女はこの景色を見慣れているのだから。


京都出身の・・・・・クシナからすれば新鮮味ないか」

「そうね。……まあ多少の郷愁くらいはある、のかしら……?」


 自分でも判然としない様子で小首を傾げている。

 十年も前な上に、街並みも当時とほぼ同じとくれば、新鮮味などなくて当然か。


 ぼんやりと街並みを見ていたクシナだったが、ふいとそれらから目を逸らし、その視線の先には街全体を示す案内板があった。

 描かれているのは、前世でも見たことのある碁盤状の街の俯瞰図。


 先述の通り、街並み自体は前世と異なり古風なものだ。

 しかしそれは、他の都市と比べて京都の発展が遅れている、などという意味では決してない。


 むしろ外観からは及びもつかぬような、利便性に富んだ内部が広がっていることだろう。


 であれば、なぜ外観だけが昔と変わらぬままなのか。

 決まっている。需要があるからだ。


 古式ゆかしい──すなわち、格式高い街並み。

 これらを至上とする、由緒正しき血を引き継ぐ者たちが、いるのである。


 彼ら、人呼んで”華族”と。


「正直、”古臭い連中”が蔓延っている中心区に用はないわ」


 クシナは美しくも表情の乏しい面差しで言った。

 その紫瞳が街の俯瞰図の東側を見やる。


「そして当然、東にも用はない」


 そこに書かれた文字は俺にとっても馴染み深いものだ。


 ──【循守の白天秤プリム・リーブラ】第二支部。


 正義の拠点で二番目に古い歴史を持ち、二番目に巨大な規模を誇る支部。

 それはみやこの東側のほとんどを占めていた。


「さすがに旅行に来て、全面戦争はごめんだね。まだ死にたくない」

「まったくね。だから、あたしたちが向かうのは逆」


 彼女の言葉に釣られて、俯瞰図の反対側──西区を見る。


 中心区、東区とド派手に正史と異なる京都をして、言ってしまえば最も地味な区画。

 そして、最も正史に近い区画だった。



 ♢♢♢♢♢



 高貴でも近寄り難くもないし支部物騒でもない西区は、観光名所としてこの世界でも広く知られている。

 こうした土地柄も、俺がここが最も正史の京都に近いと思う由縁だ。


 そんな区画を歩いていれば当然、徐々に観光気分にもなろうというもの。

 自分で言うのもなんだが……意外なことに、ここではしゃいだ・・・・・のは俺ではなく、連れの幼馴染だった。


「もうすぐ夏だし、風鈴なんかも風情があっていいわよね」

「そう言って毎年買い貯めた風鈴で二つ目の棚が埋まりそうなんですけども」

「あ、じゃあ扇子せんすにする? それとも団扇うちわ? 夏祭りなんかじゃ竹の団扇うちわがとっても風流で良いと思うわ」

「この前、何万円もする白檀扇子買ったばかりですよね」

「あっ、良い茶葉があるわ。氷で出して飲みましょうよ。暑い日に美味しいわよ」


 道の両側に並ぶ土産物屋に目移りしながら、あっちへこっちへと行ったり来たり。口を開けば、「風情がある」と「風流で良い」。


「今シーズンの大お買い物祭りがここで来たか……」


 目をキラキラさせて忙しなく物色しているクシナを後ろから見守りながら、独りごちる。


 何年くらい前からだろうか。

 我が幼馴染には、こうして年に何回か季節の風物詩を買い漁る日が来るのだ。


 ショッピングに目がないあたり、普段は完璧超人な彼女には珍しい、年相応の乙女な部分である。


 正直、可愛いので問題は何一つない。

 平時なら喜んで付き合うところだ。平時なら。


「──さすがに旅行始まったばかりなんだから自重しよっか?」

「うぅ……」


 これが世にも珍しい、俺に叱られるクシナである。

 年に一度見られるか見られないかの風物詩・・・だった。



 ♢♢♢♢♢



 そんなこんながあって。

 完璧超人な彼女らしくないクシナの手を引っ張って、観光区を抜けてくると、ようやく彼女が平常心を取り戻してきた。


「んんっ……失礼したわね。取り乱したわ」

「たまには良いと思うけどね」


 恥ずかしがっているのか微妙に頬が赤い彼女をフォローする。

 すると彼女はじいっとこちらの顔を見てから、自分の頬に片手を当てた。

 まるで、その熱を確かめるように一度目を瞑って、


「──ふふっ」


 月見草の花が開くように、そっと微笑んだ。

 なんだか見てはいけないような心地すらして、目を逸らす。

 それと一緒に話題も逸らすように、


「そういえば、まだどこに行くのか聞いてなかったね」

「ああ」


 隣に並ぶ幼馴染が、頷く気配がした。


「この観光地のはずれにね」

「うん」

「あたしの義母かあさんのお墓があるの」


 予想外の言葉に一瞬耳を疑ってクシナを見る。

 彼女はまっすぐにこちらを見返して、言った。


「昔話をしましょう。貴方とあたしが出会うよりも、ほんの少しだけ昔の話を」



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