第5話 オサナナジミとは

レビュー返しの余裕がすっかりなくなってしまった……!

でも全レビュー、飛び跳ねるほど喜んで読んでます!ありがとうございます!!

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 既に到着していた乗車予定の新幹線に小走りに乗り込む。

 鉄!という感じの入り口にテンションを上げながら、クシナの後に付いて座席へ。


「新幹線、乗るの十年ぶりでほとんど記憶ないし、めちゃくちゃワクワクする」


 小さめなキャリーケースを座席上のラックに入れながら言うと、クシナは揶揄うように、


「しかも十年前は泥のように眠ってたしね」

「そういえばそうだったな……。あ、奥座る?」

「んー、じゃあ遠慮なく」


 ちょっと楽しそうに奥の席へと体を滑り込ませるクシナ。

 隣に腰掛けながら腕時計を見る。


 現在、六時半。

 十時くらいには岡山駅に着く予定だ。


「昔はすごい遠くまで行った気になってたけど、今考えると三時間半か」

「距離は遠くても時間にすると短かったりするわよね」

「それと、子どもの頃の時間って、今より長かった気がする」

「へえ……」


 一般的な感覚で言ったつもりだったが、クシナの反応は想像と少し違った。


「どうしてかしらね?」

「そう訊かれると……」


 どうしてだろうか。

 子どもというところに意味があるとしたら……。


「割合、とかかな?」


 黙って俺を見ているクシナに続ける。


「同じ一時間でも、たとえば俺たちだったら十八年分の一時間になる。でも八歳の子供にとっては八年分の一時間だよね。えーと、時間で計算すると……?」

「15万7776時間分の1時間と、7万128時間分の1時間ってことね」

「相変わらず計算早すぎない……?」

「それほどでも」


 文武両道な幼馴染は肩をすくめて笑う。


「単純計算でも倍以上の差があって、しかも物心つくのなんて四歳くらいなんだから、実際には八歳児にとっての一時間はもっと大きいわけね」

「そうそう」

「それは確かに納得のいく説明だわ」


 新幹線がアナウンスとともに発車する。

 アナウンスの元を辿るように天井を見上げていたクシナが、ポツリとつぶやくように言った。


「──も、同じなのかもしれないわね」


 逆?と聞き返そうとするが、ぐうぅという音に遮られた。

 咄嗟にお腹を抑えて、クシナを見る。

 彼女はきょとんとしてから、吹き出した。


「貴方のお腹は十時間ぶりの食事をご所望みたいね」

「……はい」


 クシナはくすくすと笑いながら、膝の上に乗せていた包みを解き始める。


 もちろん中身は先ほど買ってきた駅弁だ。

 全国津々浦々の駅弁があって楽しい商店街のようなところで買った。


「……本当は貴方の口に入るものは全部、あたしが作ってあげたいんだけどね」

「今日なんか朝早かったし、流石にクシナの負担が大きすぎるって。そもそも、普段から君にやってもらい過ぎなくらいなんだしさ」

「あたしがしたくてやってるんだから、いいの」


 どこか拗ねたように横目で俺を見上げるクシナ。

 俺が気にしないようにそう言ってくれているのは分かっているんだが、申し訳なさは拭いきれない。


「はい。貴方の」


 渡されたのは、イクラたっぷりの鮭弁当だ。

 実のところ、一度、陶器の釜ごと売っている釜飯を発見して大興奮でそれを買おうとしたのだが、「これから旅行に行くのに荷物になるからやめなさい」とクシナに嗜められてコレになった。


 そのクシナは「朝だから軽めに」と選んだサンドイッチを開封していた。

 二人でいただきますと手を合わせて最初の一口を食べる。


 口の中でイクラが弾けて鮭の油と溶け合う。


「ん〜、朝から贅沢……! そっちは?」


 俺と同じく頬を緩ませながら食べていたクシナが飲み込んでから、


「美味しいわよ。──はい」


 食べかけのたまごサンドを差し出してくれる。

 齧り付いてみれば、ふわふわのパンとたまごが口に幸せを運んでくれた。


「こっちも美味しいね」

「そう、よかった」


 口の中の幸せを噛み締めるように笑う幼馴染。

 今度はこちらが、鮭とイクラをご飯に乗せて慎重にクシナの方へ。

 彼女は頬にかかる横髪を耳にかけながら、落ちないように素早くぱくりとそれを食べた。

 それから味わうように目を瞑って、何度も頷く。


「うん。とっても美味しいわ」

「よかった」


 二人して今日最初のご飯を満喫していると、横の通路から、


「おやおや、いいねぇ」


 目をやれば、ご年配の婦人が俺たちを見て口に手を当てて微笑んでいた。


「新婚旅行かい?」


 問われて、クシナと顔を見合わせる。

 それから同時に笑って、


「新婚? あはは、ご冗談を」

「幼馴染二人で、思い出の場所を見に行くだけですよ」


 ご婦人の微笑みが、強張った。


「オサナナジミ……? そ、そう。最近の若い子達は進んでるのね……」


 再びクシナと顔を見合わせる。


「ん、なんか俺たち進んでることした?」

「いつも通りのことしかしてないと思うけど……」

「お、おほほ、お邪魔しちゃ悪いので失礼するわね」


 首を傾げているうちにご婦人はよろよろと歩いて行ってしまった。


「なんかヨロけてたけど大丈夫かな……?」

「もう新幹線走り出してるからかしらね」


 そんな摩訶不思議な一幕がありつつも、出発から一時間が経とうかという頃。


「あ、富士山」

「え、マジ?」

「うん、ほら」


 クシナに袖を引っ張られ、窓に顔を寄せる。

 富士山より先に目に入ったのは一面の黄色──菜の花畑だった。


「うわっ、すっごい満開の菜の花!」


 驚きを共有するようにクシナを見ると、


「────」

「…………っ」


 予想より、ずっと近くに、彼女の相貌があった。

 二人揃って、息を詰める。


 冗談抜きで親の顔よりも長い間見てきたはずの、幼馴染の美しい紫瞳。

 魅入られるようにして固まっていたのは、どれくらいだろうか。


 彼女の熱い吐息が唇に触れて、思い出したように顔を離す。


「ご、ごめんっ」

「べつに……」


 下を向きながら謝ると、なんでもないように応えるクシナ。

 しかし視界の端ではその膝が擦り合わせるように動いていて、彼女の羞恥心も分かってしまう。


「あ、富士山……」


 クシナの小声に弾かれるように顔を上げた時には、窓の外には菜の花畑しか広がっていなかった。


「ま、まあ、帰りに見ればいいでしょ」

「そ、そうね」


 二人でわたわたと話している最中も落ち着かずに泳いでしまっていた目が、こちらを見ていた視線とぶつかる。

 視線の主、通路の斜め前の方で固まっていたのは先ほどのご婦人だった。


 彼女は困ったように笑う。


「お、お邪魔しちゃって申し訳ないわねえ……」


 俺たちは顔を見合わせ、同時に顔を逸らした。




 それからしばらくして。


「ふあぁ……」


 朝が早かったこともあって眠気が回ってきていた。

 俺ほど露骨ではないが、クシナも若干眠そうだ。

 いつもより目尻が垂れているし、触れ合っている肩から感じとれる体温が高い。


「ちょっと寝よっか」

「ん、そうね」


 そう会話した途端、許されたように眠気が強まる。

 すうっと力が抜けていき、隣に寄りかかり合うようにして意識が暗くなった。




「……キ、イブキ」


 ゆさゆさと揺られて、目が醒める。


「んあ、もう着いた……!?」


 時計を見ると、まだ出発から二時間といった程度だ。

 到着までにはあと三十分ほどある。

 だったら何故、とクシナを見ると、


「新幹線の良さって途中下車できることよね」


 彼女は少女のように無邪気な笑顔を浮かべる。


「次の駅で降りない? 寄り道したくなっちゃった」

「珍しいね。クシナがそういうこと言うの。全然良いけど」


 本当に今日は珍しい彼女を見てばかりな気がする。

 俺としては嬉しいのだが。


「次の駅ってどこ?」


 クシナが答えるより前に、


『まもなく、京都です』


 アナウンスがその答えを教えてくれた。



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