第2話 御旗の下に

 "幽寂ゆうじゃくの悪夢"


 10年前の真夜中、大都市・新宿にて、それは静かに幕を開けた。


 始まりは水道管の破裂だったという評論家がいれば、自動車の炎上爆発だったという当時の被害者もいる。


 確かなことは定かではないが、唯一判明しているのは、その中心に一人の少女がいたことだ。


 少女は新宿の各所にふらりと姿を見せた。

 彼女が現れた先々で、街が壊れた。


 水道管、あるいは自動車から始まった悪夢それは、アスファルトの路面を割り、店を爆発させ、その果てにビルを倒壊させた。


 それは正しく、災害だった。


 一夜が明けるころ、副都心が誇った高層ビル群は姿を消していた。

 瓦礫の山だけが広がる、荒廃した世界。


 唯一の救いは、想定よりも・・・・・生存者が多かったこと。

 その中の幾人かが、瓦礫の頂上で朝陽を背負う少女を見たという。


 ──彼女は枯れた黒い瞳で、世界を睥睨へいげいしていた。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 一個人で主要都市一つを壊滅させる。

 それを為した天稟ルクスも不明。

 回避不能の悪夢。

 ゆえに、絶望。


「ごきげんよう、ゼナさん」


 クシナに声をかけられ、影の貴婦人は足を止めた。

 俯きがちだったのか、婦人帽キャプリーヌつばが僅かに持ち上がった。


「……ごきげんよう、クシナさん」


 やや低めの、澄んだ声音が響く。

 彼女はそれから──面紗ベールで隠れているが、おそらく──こちらを見た。


「……そちらは?」

「────」


 今にも身体が弾けるんじゃないかという緊張で、身体が強張る。


「あたしの部下、〈乖離カイリ〉よ」

「……あら、そうでしたか」


 相槌を打ちはしたが大して興味を抱いた様子はなく、彼女は自分がやってきた入り口に一番近い席についた。

 並んで座るクシナとミオンさんの対面だった。


 そこまできて漸く、ふっと身体が楽になる。


「………っ」


 原作『私のた夢』でも、第二席〈絶望ゼツボウ〉が直接現れたことはない。

 俺も彼女の姿を見るのはこれが初めてだったりする。


 世界に知られている中で最も危険視されている人物なのだ。

 初対面で向かい合うとなると、さすがに……。


「別に緊張しなくても大丈夫よ」


 クシナが囁くように言った。


「貴方は適度に距離を置いておいた方がいいけどね」

「………?」


 疑問に思った瞬間──轟音が響いた。


「───っ!?」


 慌てて発生源を見ると、入り口の一つから煙が上がっている。


「うっせえ……」


 ミオンさんが片目を瞑って、頭痛そうにしていた。


「──もうちょっと穏やかに登場しろよな、ツクモ・・・


 それに返すは高笑い。



「くーはっはっはっ! すまんな、〈紫煙シエン〉よ!」



 煙が晴れたところにいたのは、幼い少女だった。

 歳の頃は小学生くらい。

 雑に伸ばされた黒髪は、無造作に後ろで一括りにされている。


 彼女は黒いローブの裾をダボダボに余らせて、腰に両手を当てていた。

 ……見るからに反省している様子がない。


「仕方あるまい! 【六使徒】第五席〈玩具屋ガングヤ〉たるこの我、十時とときツクモが降臨するというのに、舞台が静寂しじまに支配されたままというのは、あまりにも味気ない!」


 【六使徒】第五席〈玩具屋ガングヤ〉。

 第一席、第六席と並んで世に知られていない六人の幹部の一人。


 こちらも原作では、二つ名だけが登場していた人物だ。

 どうやら【救世の契りネガ・メサイア】の道具アイテム全般を生み出しているらしい。

 代表例は、俺たちの認識阻害ローブ。


 組織の中核を担っていると言っても過言ではない大人物だ。

 ……まさかそれが、こんな幼女だとは。

 加えてなんだろう、この……。


 俺が形容しかねていると、クシナがため息をついた。


「はあ……」

「おお! 久しいな、〈刹那セツナ〉よ!」

「ええ……」

「今日はサボらず……む?」


玩具屋ガングヤ〉が俺へと目を向けた。


「むむむ! 〈刹那セツナ〉と同じローブ、ということはなんじが〈乖離カイリ〉か!」

「……はい、そうです」


 気圧されつつ肯定すると、彼女は噛み締めるように頷いた。


「うむうむ。自画自賛で申し訳ないが、──なんというカッコいいコードネームであろうな!!」

「自画自賛……?」

「さよう! 何を隠そう、我ら【救世の契りネガ・メサイア】の現在の名付けネーミングは全て! この我が司っているのだ! 当然、汝のコードネームも我の自信作である!」

「────」


 なるほど、理解した。

 この、そこはかとなく残念な感じ……!



「──厨二病……ッ!」



 俺の戦慄を聞き取ったクシナが瞑目し、ミオンさんが吹き出した。

 〈絶望ゼツボウ〉さんも、ちょっと身体が揺れた気がする。

 そして、当の本人は───、


「…………」


 悲しそうに俯いた。

 その反応で察する。


「……ま、まさか、その厨二病は……」

「……うむ」


 な、なんて、可哀想な子なんだ……。


「まさか、『厨二病』なんて代償アンブラが──」



「素だな」



「素なのっ!?!?」


 じゃあ、なんで悲しそうな感じ出したんだよ!


 クシナが俯き肩を震わせ、ミオンさんが爆笑した。

 今度は絶対、〈絶望ゼツボウ〉さんも身体を揺らしていたと思う。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




「我らが第六席、〈外科医ゲカイ〉の奴ならば此処へ来る最中に会ったが、『どうせ行こうが行くまいがお咎めなど無いだろうに』と抜かして研究室に篭りにいったぞ」


 しばらくして、場が収まったころ。

 席についた〈玩具屋ガングヤ〉──ツクモ(敬称をつける気にはならない……)が言った。


「まあ、先生センセーだしな」

「言うだけ無駄でしょ」


 仲良し二人が肩をすくめる。

 第六席の不参加が決まったところで、コツコツと足音が聞こえはじめた。


 ──幹部、最後の一人。


 つまり、第一席だ。


 固唾を呑んで靴音が鳴る方を見る。

 やがて、その暗い道から現れたのは──見知った顔。


 今日もここへ来るまでに、俺たちは彼女・・の喫茶店を通ってきた。



「こんばんはぁ〜」



 喫茶店主・馬喰ばくろユイカ。


「──え」


 彼女は俺を見て、驚いたでしょ〜?と言わんばかりに、にま〜っと笑った。


 そして、ひょい、と。


 後ろに組んだ手からプラカードを出した。

 そこに書かれていたのは、



『今日も第一席〈覚悟〉は欠席です♡ by〈真実〉』



「…………」


 本日何度目とも知れない脱力感。


「はあ……」

「ふふ、今日のイブキは目まぐるしくて楽しいわね」

「…………」


 ……クシナが楽しそうだから、もうそれでいいか。


 俺が諦めの境地にいると、ユイカさんはプラカードを席に置いた。

 そしてクシナの後ろに立っている俺と同じように、空席の後ろに控えた。


「なあ、ユイカさんって……」

「ええ。筆頭・・の唯一の部下よ」

「まじかい……。結局、大物じゃん……」


 そんな会話がありつつ、第一席の〈覚悟〉さんの不在が決まった。

 残るは第一席の対面にある、七つ目の席のみで──、



「──では、始めましょうか」



 空席だったはずの場所に、人がいた。


 彼女は真白の衣装を纏っていた。

 金細工の施された豪奢な衣服は、神聖かつ清廉な印象を見る者に与える。


 けれど、その印象とは不釣り合いに露出が多い。

 抜けるような白い肌が大胆に晒されていた。


 そして、絹のような白い髪。


 さながら儚く、砕け散りそうな、真珠。

 影の貴婦人を思わせる〈絶望ゼツボウ〉とは真逆の存在。


 そこに嵌められた黒真珠のような瞳が、俺を捉えた。


「はじめまして、〈乖離カイリ〉」

「──……」

「わたくしは〈不死鳥しなずどり〉。救世メサイアの旗手を務めております」


 ───以後、よろしく。


 そう言ってニコリと微笑む、悪の総領。

 俺は驚愕から逃れられずにいた。



 ───この人たち、誰一人として普通に出てこなかった──ッ!




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