かわいい(かわいい)


「あ、ねこ……」


 そう言ってヒナタが足を止めたのは、百年祭が大々的に行われている大通りまであと少しという路地でのことだった。

 イブキも足を止め、視線の先を追う。


 そこには、一匹の猫がいた。

 全身黒いが、四肢だけは白くなっていて、靴下を履いているようにも見える。

 命名・クツシタ。


 しばし彼女はクツシタを見ていた。

 その撫でたそうな、──物欲しそうな横顔に向かって一言。



「……食べちゃダメだよ?」



「──食べませんよっ!?!?」



 ヒナタはびっくり仰天してイブキを見上げた。


「お、お兄さんっ、わたしのこと何だと思ってるんですかっ!?」

「食いしん坊天使」

「食いしん坊じゃないです! ……て、天使はその、嬉しいかもですけど……」


 後半、唇をもにょもにょさせて、す〜っと視線を逸らすヒナタ。

 それからはっとして、思い出したように、ぷいと顔を背ける。


「もうっ、お兄さんのいじわる!!」

「────」


 イブキはにっこり笑う。

 生涯に一片の悔いもなかった。


 ……などと馬鹿なことをやっている間も、クツシタは毛繕いをやめてジッとこちらを見ていた。

 結構騒いでいたのだが逃げもしないとは、肝が座っているらしい。


「……可愛いですね」


 いつのまにかヒナタの視線はクツシタに戻されていた。

 興奮して少しばかり頬は紅潮し、瞳はキラキラと輝いている。


「うん」


 イブキは思わず頷いた。



「かわいい(ヒナタちゃんが)」



 瞬間、ヒナタの背筋に電流が走る。



「………っ!!(私が言われたみたいっ!)」



 その通りである。

 だが、彼女がイブキの内心に気付けるはずもなく……。



「そ、そ〜ですよねっ。可愛いですよねっ?」



 ヒナタは全力で乗っかりに行った。

 こんなチャンスは滅多にない、とばかりの猛攻である。

 なお、よくある。


 実際アホオタクイブキはクツシタでなくヒナタだけを真っ直ぐに見て頷く。


「うん、めちゃくちゃかわいい」

「〜〜〜〜っ!!」


 ヒナタの全身に、二度目の電撃がほとばしった。

 見る見るうちに耳が赤くなる。


(ね、猫のことを聞いてるだけだもん。別にいいよね……)


 誰かに言い訳しながら、もじもじと身体を揺する。

 そんな推しを見て、イブキの限界オタクメーターは一瞬で振り切れた。


「超かわいい。本当にかわいい。天使だよね」

「……っ! っ!! 〜〜〜っ!」


 アホが二人に、白けた視線を送るネコ一匹。

 生ぬるい春の風がその場を撫でていった。




──────────────────

武篤狩火さま。

とても素敵なレビューをありがとうございます。物書きの先輩にそう言っていただけること、とても光栄に思いますm(_ _ )m

これからも読んでくださる方々に楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いします……!

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