第二章 対翼のシミラリティ

序幕 苦労人と苦労人(笑)

 イサナは激怒した。


「副支部長、雨剣うつるぎ隊員の泣き声がうるさいそうです」

「知るかよ、なんでもかんでも私の所に持って来ればいいと思うなよ」


 書類整理に追われた社畜特有の光無き瞳で部下をジッと見つめる。

 部下の女性は少したじろいで、咳払いをする。


「そ、そうおっしゃると思ったので、非番だった傍陽そえひ隊員を呼び出しました」

「えぇ……可哀想すぎるでしょ、非番なのに……」

「そろそろこっちに来るんじゃないでしょうか」

「いや、うん……。──ま、ちょうど良いか」


 ぼそ、とこぼれ落ちたイサナのつぶやきは誰にも拾われることなく宙に溶けていった。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




循守の白天秤プリム・リーブラ】第十支部。

 それは大都会・桜邑おうらの真っ只中にありながら、しばしば"白亜の城"と形容される。


 質実剛健とした白一色の外観は、遠く離れた場所からは巨大なオフィスビルにも見えるだろう。

 けれど、近くで見るとその印象は変わる。


 ステンドガラスの高窓や頭部が尖ったアーチの模様、屋上付近には装飾のための尖塔。

 いわゆるゴシック建築に見られる特徴が多く施されていた。


 街ゆく人々はそれを見て「まるでお城のようだ」と指を差す。


 けれど実際には、それは"城"ではない。

 天使達が集う場所──そこは"大聖堂"であった。


 当然、建物内部にもその特徴は色濃く見える。

 エスカレーターなどの文明の利器と融合した、ネオ・ゴシック調の不思議な空間が広がっていた。


 その上層、生家から離れた隊員たちが暮らしている寮があった。

 その廊下に……、


「ひっく……ぐすっ……うえぇ……」


 泣き声が響いていた。

 通りがかった天翼の守護者エクスシアたちは皆何事かとその部屋に目を向け、扉にかけられた名札を二度見する。


 部屋の中では泣いている少女の前でオタオタするもう一人の少女がいた。


「も、もう大丈夫。分かったから泣かないで──ルイちゃん……」



「──うえぇぇぇぇえええええええ……!」



 控えめに言って大惨事だった。

 事の経緯は非常に明快である。


 一週間前に起きた【救世の契りネガ・メサイア】の大規模攻勢。

 その最中、ヒナタと〈剛鬼ゴウキ〉が激闘を繰り広げていた事を知ったルイが突然泣き始めたのである。


「ごめんなさいぃ……!」

「こ、この前も聞いたよ……? 大丈夫だから……」


 ちなみに事件直後にヒナタはそれを伝えており、──本日は”思い出し泣き”だった。


「ぐすっ、……違うの、そうじゃないの……ワタシ信じなかったの……」

「信じなかった、って何を……?」

「………………それは言えない」

「ええ……?」

「……うぅ」


 頑なに詳細を語りたがらないルイにはヒナタも正直困惑していた。

 しかし、これ以上泣かれて同僚天使たちに不審な目で見られるわけにもいかない。

 ゆえにヒナタは、


「よしよし。だいじょうぶだよ、ルイちゃん?」

「────」


 ルイの頭を抱き寄せ、撫でた。


「ほら、わたしはケガもしてないから。ね?」


 慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、ルイの髪をく。

 その豊満な胸に抱かれたまま、動きを停止していたルイは──、


「────」

「ルイちゃん……あれ? ルイちゃん?」

「────」

「寝ちゃった……」


 ルイは、スヤァ……と目を閉じて脱力していた。

 正確には気絶なのだが、ヒナタの知るところではない。


 よいしょ、とルイをベッドに寝かせる。

 しばしの間、彼女の頭を撫でてからヒナタは部屋を後にした。




「失礼します、傍陽です」


 相棒を寝かしつけたヒナタは副支部長室へとやってくると、木製のドアをノックした。

 はいよー、という気の抜けた声を確認して中へ入る。

 無駄な物がない、質素な執務室だった。


「さて、傍陽隊員。君には話があります」


 机に肘をついた部屋の主人・信藤イサナが口火を切る。

 その厳かな雰囲気に背筋を伸ばした。

 そして語られたのは、


「うんマジでありがとう、雨剣ちゃんの処理してくれて……」


 へにゃ〜と気の抜けたセリフだった。

 肩透かしを喰らったヒナタから、一気に緊張が抜け落ちる。


「処理って……」

「いやぁ、まあ、私はさっき報告を受けたばかりなんだけどね? 私の部下がね? 勝手に傍陽ちゃんを呼んだワケよ。私じゃなくて、部下がね??」

「いえ、今日は暇だったので別に良いですけど……」

「ひんま! いいなぁ暇! 私も欲しいなあ!」

「めんどくさい……」


 ヒナタが正直な感想を漏らした時だった。


「ああ、そうそう。それで──〈乖離カイリ〉は捕まえられそう?」


 イサナは、にこやかな表情で問いかけてきた。


「────」


 思わず、息を呑む。

 それは一瞬。

 ヒナタはすぐに眉尻を下げ、目を伏せる。


「……申し訳ありません。次は、必ず……」

「いや、別に責めるつもりはないんだよねぇ。だって傍陽ちゃん、他の事件は今の所100%犯人捕まえてるしさぁ」


 謝るヒナタに、イサナはヘラヘラしながら言葉を重ねる。


「けど、まあ、だからこそ? 気になっちゃうよねぇ、その〈乖離カイリ〉ってどんな奴なのかさぁ」

「………っ」


 どんな人か。

 それはとても難しい質問だ。


 かつてのヒナタを導いてくれた人で、再会してからも憧れた人。

 けれど、いつの間にか敵対組織に身を置いていた人。

 その正体に気付かぬときは敵愾心も湧いたけど、そんな自分を何度も助けてくれていた人。

 ずっと仕舞い込んでいたけれど、世界で一番、大好きな人。

 そして、かわいくて愛しくて──食べてしまいたい人。



 ───は……?



 そのとき、声がした。

 間の抜けた、思わず漏れてしまったような声だった。


「え?」


 ヒナタは顔をあげるが、イサナは変わらず執務机にぐでっと肘をついている。

 口を開いた様子もない。

 ならば、今の声は……、


「どうかしたー? 傍陽ちゃん」

「あ、いえ……なんでもありません」

「そっか。ならいいけど」


 そう言ってから、イサナは居住まいを正すと、へにゃっと笑った。


「まあ、自分が捕まえられない相手について聞かれるのも複雑だよね。また今度改めて書類にまとめてもらうかもだけど、そのときはよろしくね?」

「はい、わかりました」


 それ以上の追求がなかったことに、ヒナタは密かに胸を撫で下ろしていた。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 副支部長室を後にする可愛い新人を、イサナは手を振って見送った。

 そして、扉がしまって数十秒ほど経ったのち、



「???????????」



 イサナはめちゃくちゃ首を傾げた。


「え、え? はい? どういうことですか? なにかとんでもない情念を見てしまった気がするのですが……???」


 琥珀色の眼はまんまるに見開かれ、切り揃えられた緑髪がさらりと垂れる。


「え? 傍陽さん・・って〈乖離カイリ〉と知り合いなんですか? というか、好きなんですか? ……略奪? んんんん???」


 先の大襲撃の際にも冷静沈着に対応してみせた副支部長が、絶賛大混乱中だった。

 そのせいで本来のである丁寧な口調が思わず出てしまっている。


「ど、どうしましょう。──傍陽さんの頭の中・・・、意味がわかりませんでした……」


循守の白天秤プリム・リーブラ】第十支部副支部長、信藤イサナ。

 彼女の天稟ルクスは、《読心》だった。

 そして、


「整理が追いつかない心を読んだのは久しぶりです……。あやうく、こちらの心の内を伝えてしまうところでした……」


 読心代償は、『伝心』。

 心を読んだ相手に、自分の心の中も知られてしまうことであった。


 使い勝手の悪さで言えば、どこぞの青年にも引けを取らないだろう。

 なにせ心を読んだことすら伝えてしまうので、心を読む意味が全くない。


 完全に打ち消しあってしまう天稟ルクス代償アンブラ

 しかし、イサナはかなりの頻度でそれを行使し、なおかつ相手にもそれを悟らせていない。


 その絡繰りは単純明快。

 彼女は天稟ルクスを行使する時、


 自我の一切を排除し、ただ相手からの情報を受信するだけの機械として自分を使う無私の境地。

 心を完全にコントロールせねばできない、鋼の精神力の賜物であった。


 ──その精神力を持ってして、先ほどは《読心》を打ち切らざるを得なかった。


「まさか傍陽さんの内心が、あんな……」


 ずり落ちかけた三つ編みカチューシャを両手で直す。


「こほん、──まじかぁ……」


 ちなみに彼女が普段、本来の固い口調とはかけ離れたヘラヘラした口調でいるのも、なるべく脳の負担を減らすためという理由がある。


 ゆるい口調に戻してから、背もたれに寄りかかる。

 そもそも順番に整理するならば、


「傍陽ちゃん、普通に裏切りなんだよなぁ」


 大攻勢の後も【救世の契りネガ・メサイア】の構成員を捕まえていることを考えれば、敵に与しているわけではないと言えるが、〈乖離カイリ〉に対してのそれは普通にアウトである。


 しかし、決定的な協力をしたわけでもなければ、こちらの情報を与えているわけでもない。

 普通ならそれでもアウトだが、それで除隊&拘留といくにはヒナタの才能は大きすぎるとイサナは考えている。


「しかも〈乖離カイリ〉も別に天秤リーブラの敵ってわけじゃ……いや、傍陽ちゃんの敵ってわけじゃなさそうな行動してるしなぁ。マジでどういうつもりなんだ……」


 しばらく上を向いて、


「うん、わけわからん」


 イサナは考えることを諦めた。

 そもそも情報がまったく足りていない。


 ちょうどそのタイミングで、机に積み上げられた書類が崩れた。


「うわ〜、いまの私の頭の中みた〜い……」


 彼女は見るも無惨な机上の惨状にげんなり。

 が、散らばった書類の一枚に目をひかれる。


 内容は、前回の〈剛鬼ゴウキ〉麾下構成員による大攻勢によって、議員や出資者から第十支部への不審が募っているといったもの。


 ただでさえ〈乖離カイリ〉の件があると言うのに、次から次へと面倒事が現れる。


「──あっ」


 だっる……と言いかけたイサナの脳裏に閃きが走った。

 議員も、出資者も、敵の構成員ですらも。


「全員ココ・・に呼び出しちゃえばいいのか」


 私って天才、と。

 苦労人メイドはにんまりと笑った。





 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 指宿いぶすきイブキは自邸のソファーで縁側の外を眺めていた。

 ほけ〜っと気の抜けた顔である。


 彼には最近思うことがある。


 幼馴染クシナと暮らしていて。

 推しヒナタと久しぶりに再会して。

 カフェ店主ユイカと仲良くなって。

 推しの親友ルイに狩られそうになって。

 悪の幹部ミオンと幼馴染の板挟みになって。

 ……なにより推しヒナタの距離感がバグってて。



 ──俺の周り、女性率高すぎね……?



 まあ、こんな世界だし今更なのだが。

 あげく唯一知ってた男ゴウキは推しとぶっ飛ばしたのだが。


 だが、どうにも納得がいかない。


 イブキは思った。

 切実に思った。



 ──男の友達が欲しい、と。



「…………」

「……なにか変なこと考えてるでしょ」


 ちなみにさっき転びそうになって天稟ルクスを使ったので、彼はいま幼馴染と手を繋いで座っている。




─────────────────

果たしてイブキくんに男友達はできるのか!?

次回、イブキ死す!

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