7つの訪れ

鈴ノ木 鈴ノ子

ななつのおとずれ

 由美香の目の前には数冊の薄い冊子のはずなのに、辞書並みに分厚く感じるものが置かれている。それぞれには素敵な表題が印刷されていて、見ていてイライラするイラストが嬉しそうな顔をしてこちらに笑いかけていた。

 全くたまったものではないと、任侠映画のヤクザばりに由美香はそれを睨みつけた。最近、同居でない父方の祖母とよく遊んだせいか、気優しかった性格に歪みが生じ始めているのは由美香も自覚している。


 さて、卓上には、まだ、2つの物が置かれていた。


 1つは読書感想文。


 1つはポスター。


 さらにオマケで自由研究まで付いている始末。


「やるしかない…。あ、明日、学校行こ…」


 国語を開いて鉛筆を持ち机に向かう。少し先生を恨みながら…。


 そもそも、去年までは学校の規定通りの宿題しかなかった。

 あの、素晴らしき「夏休みのとも」だ。まあ、友達なら内容をもう少し優しく、薄くしてくれれば良いのにとは思ったが、友達を完膚なきまでに叩きのめして仕上げると他の課題と共に先生へ提出した。もちろん、評価は良かった。


 だが、最高学年へと進級した際にある1つの問題が発生した。


 赴任してきて担任へと収まった体育会系に属する教師の存在である。きらら姉さんが担任を見て「あれは面倒だ」と言っていたが、あれは予言だったと思える。

 27歳彼女なし、ああ、こんなに暑苦しいのが近くにいれば、相手から涼しいところを求めてクール男子の元へと逃げ去ってしまうだろう、体つきはよく体操選手と言うよりはボディービルダーのような風貌で、頭はスキンヘッド、あのハゲ!がクラスの担任を表す渾名である以上、お察しのレベルのスキンヘッドである。

 問題は体育で熱いならまだよかった。

 先生は全てにおいて熱かった。

 いや、狂っていると言っても過言ではなかった。


 まずは給食。

 まず、ひとときの安らぎを得る場で、余りがでる先生ヤツは必ずジャンケンの輪に入り込んできて、勝負を挑み、勝者となれば奪い取ってゆく。なんと恐ろしいことであろう、私達を思いやる心がないのだろうか?


「勝負は勝負だからな」


 和かなスマイルを浮かべて先生は戦利品のプリンの蓋を取り、一口で口に含みゴクリと飲み干した。もはや、悪魔の所業である。ゆっくりと食べながら優越に浸る時間を捨て、一口に食べるでもなく、飲み干してしまうとは…。確かにアレでは彼女はできないだろう。

 私達、女子一同が納得する出来事だった。


 次は掃除。

 低学年までは机を移動せずに掃除をしていたが、今は違う、他のクラスではないのに、私達のクラスは端に全てを寄せ、箒で掃き、水拭きをして、半面を終えると、残りの反面を同じ手順で掃除を行った。男女問わずにだ。非力な者は時に頑張り、時に周りの手助けを借りながら必死に頑張った。サボリをすれば追加掃除が待っているので、皆で息を合わせて綺麗に終わらせることを目指した。


 次は朝の会、終わりの会。

 朝の会は眠たい目を擦りながらいると、熱血の暑苦しい声、いや、雄叫びに近い音量で連絡事項を読み上げて知らせてくれる。どれくらいの音量かと言えば、隣のクラスの先生が1年間、連絡事項をそれで終えていたくらいの威力である。

 日直は当番で1日にあった事柄を原稿用紙半紙に纏めて作文をしなければならない。当番となれば休み時間を削り必死に書き上げてゆく。強者は一文字を連呼し続けたり、教科書をうまく嵌め込んで読み上げたり、先生の1日の行動を纏めたりとバラエティーにも飛んだ個々の回答で皆を楽しませた。


 次は運動会。

 うちのクラスは1番であった。

 体育教師の立場を異端なく発揮した狡賢い先生は、総合評価から導き出した勝利の確率を元にして、嫌だけれども的確な競技に生徒を配置し私達を勝利へと導いた。当てはめられてつまらないと思えていたが、最後の最後に誰かが1番を取るたびにみんなで喜びあった。


 次は学芸会

 演劇をすることが決まった。

 翌日の道徳の時間に先生が1人の女性を連れてきた。先生ヤツに女がと驚き、教室に美男子が入ってきた時には皆が驚いた。男役と言うらしい。宝塚歌劇団の1人と言っていたと思うけれど、演劇とはどのようなものであるかを教えてくれた。最初は小馬鹿にしていた男子も、最後にはその姿に憧れを抱いたほどで、私達は学芸会の最優秀賞を取り、地域のイベントでも発表し好評を得た。

 鬼気迫る演技が素晴らしいとのことであった。


 次は授業

 全ての教科において100点が貰えた。何故ならテストの答案をできた順番で持って行くと、まず正解のところだけ○がつけられる、全てがあっていれば100点、間違いなら返された。それ以降はヒントを貰ったり、友達に教えたり教え合ったりしながら、100点を目指すのだ。間違いが正され○がつくとき、先生は何処が違ったかを尋ねてきた。理解ができていないと放課後まで教えてくれたりもした。

 おかげである程度まで皆ができるくらいにはなった。休みの日や夏休みにも学校に行けばいたから、質問はし放題で、夏休みだと言うのに教室には誰かしらがいた。


 最後に最初に書いた夏休みの宿題。

 先生手作りの教材である。うちのクラスだけがこの量だ。やる方のみにもなって欲しいが、ページを開けば理解し易く、初歩から学べて悔しいが面白い。


 漢字が苦手なら、中国で暮らせない。


 算数が苦手なら、値切れない。


 理科が苦手なら、混ぜるな危険が分からない。


 社会が苦手なら、ルールが分からない。


 英語が苦手なら、先生も苦手だがこれくらいはなんとかなる。


 読書感想文が苦手なら、自分がどう感じたか書けば良い。


 ポスターが苦手なら、「芸術は爆発だ」を検索して描けば良い。


 自由研究か苦手なら、自分を研究してもよい。


 アドバイスはどれも微妙であったことは間違いないだろう。まあ、分からなければ学校に行くので宿題は全員が無事に提出でき、感想文やポスターや自由研究は度肝を抜く作品が溢れたことは言うまでもない。


 卒業が迫ってきた頃に卒業文集の委員になった由美香は、皆に文集に載せる将来の夢の原稿用紙をクラスメイトに配ってゆく。写真や思い出などをところどころに貼り付けて、先生も貼り付けて、将来の夢が全員分集まった頃に編集後記を委員の皆で書いた

 

 題名は 「unlucky seven」


 やり始めはめんどくさくて、つまらなくて、なんで他のクラスより真剣にやらなきゃいけないのか、と不公平と不幸に嘆いた7回の小さいことや大きいこと、でも、全て終わってしまうと、良い思い出ですetc…。全員で同じ目標に向けて頑張りつつも、できることを分けて頑張るチームワークのできる素敵なクラスでした。

 

 文集は完成した。

 

 学校開校以来のリアリスト文集として名を馳せ、以後、このような文集が先生が最高学年を担当する度に出来上がったと風の噂で由美香は聞いたことがあった。



「由美香!こっち、こっち」


「久美、繭、久しぶり!」


 20歳の記念に私達のクラスは同窓会を開いた。

 同窓会の名前は「unlucky seven」誰が言い出したかは知らないけれど、グループRainが作られて、あの教えの効果はその後の皆の進路にかなり影響を及ぼしている。集まったクラスメイトと久々の再会を喜びあった。皆がお洒落をしている中で由美香は特に輝いている。細面の顔にスラリとした体型ながら出るところは出ているから尚更だ。モデル事務所の担当に町中で声をかけられたこともあるほどだけれど、今も夢に向かって邁進している最中だ。

 男子の何人かが騒ついて由美香を見ていると、遠くから歩いてくるスキンヘッドの人影が見えた。


「あなた!こっち、こっち」


 由美香が声を張り上げて嬉しそうに手招きをする。

 場が凍りついた。

 全員の視線の先にあの頃とほとんど変わらない先生が歩いてくる。恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、ぎこちなく片手をあげて返事を返した。


「えー!」


 クラスメイトが合わせたように驚きの声を上げたのだった。


 再会は些細なことだ。

 先生が体調を崩して由美香が務める病院に入院してきた。ちょうど担当看護師としてついたのも由美香で奇妙な再会となった。

 先生の周りは常に人が訪れていた。卒業した子から親御さんと一緒の子供までひっきりなしに来ては話をしてゆく。体が休まらないから止めるように言ってみても、そうだなぁ、なんてのらりくらりを繰り返しながら返されるだけだ。でも、話をしている先生はどんな時も真剣だった。あの頃と変わらない眼差しで、逃げることらなく、きちんと話を聞いて、そしてアドバイスをしたり、勉強を教えたりとしている姿は、いつしか由美香の心を掴んでいった。

 紆余曲折で逃げ回った先生を必死に口説き落とし、つい2カ月前に入籍を果たしたところだ。自分事のその手の話にはめっぽう弱い先生を、由美香は教えられた通りに最後まで頑張り抜いたのだった。


「では、クラスの再会と、先生の幸せを願って乾杯!」


「かんぱーい!」


 久しぶりに集まったクラスメイトに祝福されながら、先生は満遍の笑みを浮かべている。


 それは成し遂げた私達をいつも褒めてくれた笑みだった。

 

 

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7つの訪れ 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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