七つの不運に見舞われる男

磯風

七つの不運に見舞われる男 

 その男は、毎日必ず七つの不運に見舞われた。


 今日も起きた時から、彼は少々憂鬱そうに掛け布団をはねのけた。

 その端が顔に当たって、カバーの縁が左目に入った。

 痛かったらしい。

 左目を擦ってしまったせいでいつものコンタクトレンズが入れられず、仕方なく眼鏡を掛けコンタクトは会社で入れようと鞄に入れた。

 ……ひとつ目。


 朝食は途中で近所のコンビニで買うから、何も食べずに着替えてすぐに家を出る。

 コンビニに行ったら、いつものたらこおむすびが売り切れてしまっていた。

 ……ふたつ目。


 そのコンビニで買うのを諦めて、会社の近くの駅のコンビニで買うことにした。

 電車に乗り、会社の近くまで来て……朝食を買い忘れてしまったことに気付き、いつもは素通りしてしまうパン屋で惣菜パンを買った。

 会社でそれを食べながら仕事を始めた時に、飲み物を買い忘れていたので珈琲を入れた。

 その時、ワイシャツに珈琲をはね飛ばしてしまった。

 ……三つ目。


 午前中の客との打ち合わせが終わって、資料を整理してからランチ。

 ランチ後に洗面所に行き、コンタクトを入れた。

 これでやっと通常の感じに戻ったと思っていた矢先、午後一番の会議ではラップトップの調子が悪くなってしまった。

 自分だけ接続が上手くできずに、紙の資料を別の人に印刷してもらって出席する羽目になった。

 ……四つ目。


 結局ラップトップの調子は戻らず、自席ではなく少し離れた場所のデスクトップを借りることになり、その日はそのまま仕事をした。

 自分のラップトップへのオンラインでの同期ができなかったので、今日作った資料や議事録などはUSBメモリに入れておく。

 明日までに直らなければ、またこの使いづらいデスクトップでやるしかないなと溜息をつきつつ、情報システム部からの返答を待っていたが復旧はしなかった。


 新しいラップトップが手配されるのは明後日だと言われてしまった。

 明日はリモートワークのため、必要なデータなどを上司の許可をもらって全部USBメモリに入れて帰宅。

 会社のシステムと繋がっていない、自分のPCで作業しなくてはならなくなった。

 ……五つ目。


 必要な資料を全部持ち帰る羽目になったので、帰り道で夕食を食べに行かずに一度家に戻ってから食事に出た。

 定食屋で簡単に済ませようと思っていたが、混んでいてなかなか店が決められなかった。

 なんとかは入れた店は、あまり量がないパスタ店……

 しかも、大好きなカルボナーラがなくて、頼んだミートソーススパゲッティでまたしてもシャツに跳ねを飛ばしてしまった。

 ……六つ目。


 夜中にお腹が空くだろうし、明日の朝の分の買おうと道路を渡ったいつもと反対側のコンビニに入った。

 思っていたよりいい品揃えで、今度からこっちにしようと決めた。

 おむすび、サンドイッチ菓子パン……と買い込んで、家に戻るとマンションのエレベーターがなかなか来ない。

 後ろには三階、四階に住んでいる人も待っているから、途中で止まるだろうと思い階段で上がることにした。

 五階まではちょっとキツイが、早く風呂に入りたかったので頑張った。

 ……七つ目。



 こんな感じで、毎日ちょこちょこと、そしてたまにげんなりするような不運が訪れる。

 だが……その男は、あまり自分が不運だとは思っていない。

 この程度なら平気と達観しているのか、途轍もなくおめでたい思考なのか。


 そうではない。


 この男は七つの不運に見舞われると、七つの幸運にも与れる男だった。

 すべての不運はすべての幸運だと自覚しているから、まったく不運に凹むことがないのである。

 不運の反動の幸運は、当日中か翌日くらいには答え合わせができる。



 ひとつ目。

 目を擦ってしまってコンタクトを入れられなかったために、眼鏡で会社に行ったら客が偶々同じメーカーの眼鏡をしていて話が盛り上がった。

 すっかり打ち解けて初取引先だったにも拘わらず、緊張もなくいい関係を築けた。


 ふたつ目。

 コンビニでたらこおむすびが売り切れていたのでレジに寄らず、その時にレジ近くにいた厄介な客に絡まれずに済んだ。

 元々そのコンビニの店員と揉めていた客が何人かいたらしく、巻き込まれていたら会社に遅刻したかもしれなかった。


 三つ目。

 惣菜パンが結構美味しく、珈琲をはね飛ばしてしまったためにずっと背広を着て仕事をしていた。

 偶々来ていた人事部長に、仕事をしているところを見られていたみたいだが背広のせいで良い印象を持ってもらえたらしい。

 課長に褒められた。


 四つ目。

 翌日、リモートワークで会社のシステムと連携が取れなかったため、電話などで確認をとりつつ自宅PCで持ってきたデータから資料作成をしていたら急に部長から連絡が入った。

 何事かと思ったら、ウイルスメールが送られてきていたとかで点検中のためシステムダウンしているらしい。


 部長が必要だったデータを俺がUSBに入れることを許可したと課長に聞いたみたいで、それをプリントアウトして持って来て欲しい……と言われた。

 昼前に届けたら、午後の大切な取引先との会議に必要だったから助かったと感謝され、昼食をご馳走になってしまった。

 かなり美味しい和牛の高級店だった。


 五つ目。

 午後、システムが復旧したものの昨日の会議のデータが全部消えてしまったらしい。

 昨日のうちに紙の資料を取り出し、USBに入れていたものがあったのでなんとか短時間で復旧できた。

 夕食を課長から奢ってもらえた。

 海鮮料理の旨い居酒屋だった。

 そしてリモート日に出社させたからと、別の日にリモートを振り替えてもらえた。

 その日が大雨だったので、出社しなくて済んで助かった。


 六つ目。

 調べたらミートソースのシミは食器用洗剤で落とすといいらしかったので、家で落とそうと思ったが近くのクリーニング店で染み抜き無料のキャンペーン中だった。

 そこに頼んだら珈琲の染みもミートソースも綺麗になったし、クリーニングも安くできた。

 家で洗うより楽だったし、仕上がりも綺麗で大満足。


 七つ目。

 マンションのエレベーターが、なかなか来なかったのは不具合で扉が開かなくなったせいだった。

 その後、動いたので管理会社は大丈夫だと思ったようが、自分のあとに待っていた三階と四階の人が乗り込んだ時にまた止まったようだ。

 その人達は、四時間ほど閉じ込められたらしい。



 ……というのが、不運の答えだった。

 そして、今日も七つ目の不運……付き合いたいと思っていた会社の同僚に意を決して告白しようとしたら、他の男が告白している現場を見てしまった……という、なかなか可哀相なものだった。


 この時に告白しなくてよかった、と答え合わせができたのは一週間後だった。

 彼女には既に付き合っている男がいて、三股をかけていたことが発覚。

 しかもその男のひとりが随分と荒っぽく、暴力沙汰に発展した。

 一週間前に彼女に告白した男は……全治三週間という怪我をしてしまった。



 こんな風に、彼の不運には幸運が隠されている。

 だが……もしも、一日のうちに八回目の不運が来たら……その時は……果たして幸運の答えがあるのかどうかは……彼自身も知らない。


 彼に八回目の不運が訪れないように、願うばかりである。

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七つの不運に見舞われる男 磯風 @nekonana51

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